― 心に勇気を…… ―


 帰って来た。デジモンの世界から、自分達の世界へ……。
 心配そうに見詰めて来る両親の顔が、驚きから笑顔に変わるのを見詰めながら、俺達はゆっくりと空を見上げた。
 消えて行くデジタルワールドの世界……。今まで自分達が居たあの世界が、ゆっくりと空に溶けるように消えて行く。
 大好きなパートナーと一緒に……。


                                            



 目まぐるしいほどの毎日が、確実に過ぎて行く。
 あの夏休みの出来事がまるで夢の出来事だったかのように……。
 新学期も始まって、ますます忙しい。
 サッカークラブで練習をしながら、太一は不意に空を見上げた。
 真っ青な空は、何処までも広がっている。

「八神!ボーっとするな!!」

 一瞬その空に吸い込まれそうな錯覚に陥りそうになった瞬間、自分に注意の声が掛けられて、はっとした様に我に返った。

「はい、すみません!」

 当たり前の様に過ぎていく時間。それは、立ち止まる事を許さない様に、自分達を追い立てていく。

「太一、どうしたの?」

 練習が終わって、水道の水を頭から被っていた太一は、心配そうに声を掛けられて、蛇口を閉めて水で塗れた頭を左右に振った。

「ちょっと!太一!!」
「あっ…悪い……」

 水が掛かった事に文句を言われて、太一が素直に謝ってから、自分のタオルで頭を拭く。
 元気のない太一の様子に、声を掛けた者はため息をついた。

「本当にどうしちゃったの?」
「……何でもないよ……ほら、帰ろうぜ」

 心配そうに見詰めて来るその瞳に、太一は何時もの笑顔を見せる。自分でだって分かっていないのに、今の自分の感情を説明する事なんて出来ないから…。

「太一!」
「また明日な、空!!」

 片手を上げて走り去っていく太一を、空は呆れた様に見送った。
 確かに、あの夏から時間は流れていく……。




「太一の様子が可笑しい?」

 突然言われたその事に、石田ヤマトは不思議そうに目の前の人物を見詰めた。

「そうなの…時々、ボーっとして、サッカーの方でも上の空状態……話しを聞いても誤魔化されちゃうし…ヤマトくんは何か話し聞いてない?」
「嫌…俺も野球の練習で最近あいつに会ってないから……」
「そっか……もし会った時は、それとなく聞いてもらえないかなぁ?」

 本当に心配そうなその姿に、ヤマトは素直に頷いて返した。
 あの冒険の日々から、自分達は変わった。何がどう変わったのかは、言えないけれど、一つ上げるとすれば、団結力。
 人を思い合えるそんな心を手に入れた。

「それじゃ、お願いね」

 にっこりと笑顔を見せて手を振る空に、ヤマトが頷いて返す。時計を見れば、もう直ぐ休み時間が終わる所。
 空を見送ってから、ヤマトは何気なく空を見上げた。
 青い空。それは、あの冒険をした場所デジタルワールドと同じ空の色。

「……可笑しいかぁ……何を考えてるのか、分かるよなぁ……」

 そんな空を見詰めながら、ポツリと呟いてため息をつく。
 自分も同じだから、この空を見ているとあの冒険の日々を思い出す。
 そして流れていく現実世界とのギャップに戸惑いを感じているのだ。それが、全ての原因。

「感傷的になるなんて、あいつらしくないよなぁ……」

 笑いを零して、聞こえてきたチャイムの音に、ヤマトは意識を切り替えた。
 もう、今は空を見上げる時間は無いから・……。




「太一!」

 ボンヤリとしている太一を見つけたのは、本当に偶然。
 野球の練習が終わって帰っている時に、小さな公園のベンチでボンヤリと空を見上げている太一を見掛けて声を掛けた。
 呼ばれて直ぐに、太一ははっとした様に意識を戻すと何時もの笑顔を見せる。

「…ヤマト・…」

 嬉しそうな笑顔を見せる太一に、ヤマトも笑顔を返した。
 学校が同じでも、クラスが違う所為で殆ど会う事は無い。だから、今日会うのは、本当に久し振りなのだ。

「野球の帰りか?」
「そう言うお前は、サッカーの帰りだろう?」
「・…確かに…」

 自分達の言葉にお互い笑い合う。こんな話しをするのも、久し振りだから……。
 そして、笑い会っていたその声が、自然と消えた時、ヤマトは小さく息を吐き出した、

「……空が心配してたぞ…・・お前の様子が可笑しいって……」
「ああ……」

 ため息をつきながら言われたそれに、太一が短い返事を返す。
 最近、空が自分の事を心配しているのは知っているから……。そしてそれは、空だけではなく自分の妹も同じで……。

「……この空の向こうに、あいつ等が居るんだよなぁ……」

 苦笑を零す様に、太一がまた空へと視線を向けながらポツリと呟く。その言われた事に、ヤマトは苦笑を零した。

「ああ・・…そうだなぁ……」
「……俺、多分さぁ・……」
「分かってる…・感傷的になるなんて、お前らしくないな」

 太一の言葉を遮って、ヤマトがその隣に腰を下ろした。そして、そっと太一の顔を覗き込む。

「あいつ等に会いたいのは、お前だけじゃないさ……」
「…ああ……分かってる……」

 真剣な瞳が見詰めて来るのに、太一は苦笑をこぼした。それは、分かっている事だから……。
 誰もが、今の時間の流れに不安を感じていると言う事に……。

「……けど、この空を見てると、やっぱり・……俺の紋章って勇気なのに、何か軟弱な考えだよなぁ・……」
「…紋章なんて関係無いだろう?」
「ヤマト…?」
「俺だって、この空を見てたら、お前と同じ事を考えるさ……」

 そっと空を見詰めるヤマトに、太一が一瞬驚いたような顔を見せるが、直ぐにそれが笑顔になる。

「ああ、なんかさぁ、俺、お前から勇気貰ってる気がする……って言うか、俺の勇気ってさぁ、やっぱりみんなから貰ってたんだよなぁ……」
「今更だな…・・」

 感心した様に呟く太一に、ヤマトが少しだけ呆れた様に言葉を返した。

「ヒデー!でもさぁ、本当に、この空の向こうにあいつ等が居るんだよなぁ・……」
「ああ……」
「会えると思うか?」
「会えるに決まってるだろう……あいつ等は、俺達のパートナーなんだからな」

 自分の言葉にキッパリと返されるその言葉が嬉しくって、太一は笑顔を見せる。

「……サンキュー、ヤマト……」

 笑顔のまま礼を述べれば、当然の様に笑顔が戻ってくる。そんな何気ない事が嬉しくって、もう一度空へと視線を向けた。
 少しづつ暗闇に染まりつつある空。何処までも広がっているその空の向こうに、自分達は居たと言う事。
 それは、自分達に生きる事の大切さを教えてくれた。そして、大切な仲間を作ってくれたそんな冒険。
 何時かまた、あの空の向こうにいける事を信じて……。

「お前、帰らないとヤバイんじゃないのか?」

 暗くなって行く空を見詰めながら、言われたその言葉に、太一は慌てた様に立ち上がった。

「本気でヤバイ!ほら、ヤマト、帰ろうぜ!!」

 すっと差し出せば、握り返す暖かい手を手に入れた。
 心配してくれる人が居る。そんな些細な事でも、嬉しいと感じられる毎日。
 何気なく進んで行く時間にだって、大切な意味がある。
 そう分かっているけど、時々は空を見上げよう。その空の向こうに居る、自分の大切な仲間達。
 だから今だけは、精一杯の勇気を心に……。何時か会えると、信じられる様に……。




 

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