「光子郎!」
ドアを開いて、中に入った。
そして、空と話をしているその人物が、驚いて自分を見詰めてくる。
「どうしたんですか、ヤマトさん?」
肩で息をしているヤマトを前に、光子郎が驚いたように声を掛けた。その表情は、突然戻ってきた自分に驚いているもので……。
「用事があるんじゃ…?」
「用事ですか?いえ、何もありませんけど……そんな事より、太一さんは一緒ではないんですか?」
そんな事を言われた自分の質問に、ヤマトはなんと返していいものか、返答に困ってしまう。ここに戻ってきたのは、連絡が入ったからなのである。
「……ヤマトさん?」
出入り口でもあるその場所で、呆然と立ち尽くすヤマトの姿に、光子郎が心配そうに名前を呼ぶ。
どうも先程から、様子が変だ。
「ヤマトくん、どうしたの?何か、あったんじゃ!」
「えっ?…いや、何も無い……光子郎…」
空の心配そうに言われた言葉を否定して、ヤマトがポツリと光子郎の名前を呼んだ。
「はい、何ですか?」
「……本当に、俺に連絡してないのか?」
再度の質問に、光子郎が不思議そうな表情を見せる。
「……ボクの名前で、何かあったのですか?」
聞き返されたそれに、ヤマトはDターミナルへともう一度視線を向けた。
先程のメッセージは消していないので、それが証拠になるだろうと思ったのだが、確かに自分の目で見たはずのあのメッセージは跡形も無くその文字を消している。
「ヤマトさん?」
「やっぱり何かあったんじゃないの?」
「……光子郎から、戻って来て欲しいって、メールが入って……」
必死で考えるように口に出されるそれに、光子郎が再度首を傾げた。自分は、ヤマトへメールなど送っていない。
「ボクは、メールを送っていませんけど……本当に、ボクからだったのですか?」
光子郎の質問に、頷く事で返事を返す。
「……可笑しいですね…ボクには、本当に送った記憶はありませんよ」
「それは、私も保証するわよ。ずっと、一緒にいたんだから……それよりも、太一は、どうしたの?」
「……太一は、光子郎に幽霊騒動は、デジモンの所為じゃないから安心しろって…」
「デジモンの仕業ではないと、太一さんがはっきりとおっしゃったんですね」
質問すると言うよりは、確認すると言う感じで尋ねられたそれに、ヤマトは頷いて返した。
「もしかして、太一、誰もいないのに誰かと話してなかった?」
「…空、どうしてそれを……」
自分の質問に返されたそれに、空と光子郎が顔を見合わせる。そして、少しだけ間を置いて、口を開いたのは空だった。
「…前に一度だけ、太一誰も居ないのに、誰かと話をしていた事があったの。その時、どうしたのって尋ねたら、『道を聞かれたから』って、はっきりといわれた事があるのよ。でも、私には、誰かが居たようには見えなかったわ」
少しだけ困ったように言われたそれに、ヤマトは驚いて空を見る。それは、確かに今まで一緒にいた太一が見せた姿と同じだったから……。
「光子郎!」
思い出される太一の挙動に、ヤマトは自分自身の愚かさを実感した。
「はい?」
「ヒカリちゃんと連絡取れないか?」
太一の話を思い出せば、この場面で一番動けるのは、ヒカリ以外には考えられない。
「ヒカリさんとですか?」
「多分、ヒカリちゃんしか見えない。だから、呼んでくれ!」
「……しかし、今から呼んだのでは、小学校からこの場所に来るのに、時間が掛かってしまいますよ」
「それでも、何もしないよりマシだ。俺は、もう一度太一の所に戻る。頼んだぞ、光子郎!」
光子郎が頷くのを確認してから、ヤマトはそのまま教室を後にした。
多分、太一はまだあの場所で居ると思うから……。
『太一くんは、あの鈍い彼の事、本気で好き?』
突然の真剣な質問に、一瞬何を言われたのか理解出来ず、太一は首を傾げてその意味を考えた瞬間、顔が赤くなってしまった。
「なっ、何…何で、そんな事……」
確か、自分が質問したのは、何故この場所にこだわるのかと言う事だったはずである。それなのに、逆に自分へと質問をされて、しかも内容がそう言うものだとしたら、慌てない方が可笑しいだろう。
『私、好きな人が居たの……ずっと、一緒に居ようって、約束してくれて、とっても幸せだった……そう言ってくれたのが、この場所だって言えば、私がここに居る理由が分かるんじゃない……』
少しだけ寂しそうに語られたそれは、理由と言えば、確かにそれだけで、十分だ
「……そう言えば、まだ名前聞いてない」
寂しそうな笑顔を前に、太一は何とか明るくさせようと、話を変える。
『……名前?』
突然の事に、一瞬驚いたような表情を見せる相手に、太一はニッコリと笑顔を見せた。
「そう、俺は、八神太一。あんたの名前は?」
『……変な子ねぇ…普通、幽霊相手に、自己紹介なんてしないものよ……』
呆れたように言われたそれに、太一は何も言わずにただ笑顔を見せる。
『…そうねぇ、『幽子』って言う名前はどうかしら』
今思いついたとばかりに言われたその名前に、太一は少し考えてから、はっきりと頷く。
「うん、それじゃ、幽子……さんって、付けなきゃいけねぇ?」
『勿論よ、私の方が、年上なんだから』
ニッコリと笑顔を見せてのそれに、二人で同時に笑顔を見せる。
『本当に、変な子だね、太一くんって……私が、悪霊だったら、どうするの?』
「大丈夫、幽子さんは、悪い霊なんかじゃないって、分かるから……それに、もうここかを離れようって思ってるんだろう?」
質問と言うよりは、確認するように尋ねられたそれに、驚いたように太一を見詰めてくる瞳に、笑顔を向けた。
「俺が、見える霊って、先に進もうとしている人だから……でも、その前に誰かと話がしたかったんだろう?」
『やだなぁ…どうして分かるの……でもね、先に進むって言うのとは違うわ……だって、ここに来るカップルって、私が望んでるカップルじゃないんだもん』
「えっ?」
最後の方に言われたそれは、冷たい響きを含んでいるのに気が付いて、太一は少女へと視線を向けた。
『一緒なのよ…ずっと私の事を護ってくれるって、言ったのに……私の事を見捨てて逃げたあの人と……』
「幽子さん?」
険しくなっていくその表情に、太一はただその名前を呼ぶ。
その瞬間、自分の頭の中にある映像が浮かんできた。
それは、目の前の少女が、車に轢かれる瞬間の映像。そして、それをただ震えながら見ている男の姿。
『本当に、好きだったの……あの人を信じていたのに……貴方の彼だって、きっとあの人と同じ…自分が危なくなったら、真っ先に逃げるのよ』
自嘲的な笑みを見せるその少女を前に、太一は小さく首を振る。
「ヤマトは、逃げたりしない……俺が、逃げろって、言ってもきっとあいつは戻ってくる」
静かな口調でそう言って、太一はゆっくりと目を閉じた。
『……信じてるのね…でも、所詮は、自分が一番可愛いのよ』
「…でも、あんたは、信じたいんだろう?本当は、誰よりも好きだった奴の事を、信じてる」
『嘘よ!信じてなんて居ない。だって、あの人は私を置いて逃げたのよ!!』
悲痛な叫びに、太一は小さく首を振る。
「違う、良く思い出せ。本当に相手が逃げ出したのかどうか!!」
『あの人は、逃げたのよ!!』
自分に言い聞かせるような、その声に、太一は否定するように今度は大きく首を振った。
「……そう思うのは、罪悪感からか?大切な人を自分と一緒に死なせてしまった所為?」
『違う、違う!!』
自分の言葉に、少女が激しく首を左右に振る。そして、太一の言葉をこれ以上聴きたく無いと言うように、その耳を両手で塞いだ。
悲痛なその姿に、太一は一瞬躊躇うように息を呑む。
追い詰めたい訳ではないから、ただ全てを思い出して欲しいだけ……。それは、太一にだけに見えるもう一人の存在を知らせたいから……。
「なぁ、ここで人を脅かせても、前に進めないって事、もう分かってるんだろう?だって、俺には、あんたが見えるから……」
自分に見える霊は、何時だって道に迷っている者ばかりだった。
どうすればいいのか迷っている者、道が見えなくなっている者。そう言う相手しか、今まで見た事はない自分にとって、目の前に居る少女も例外ではないのである。
そして、少女をずっと見守るように傍に居る人物が、自分にははっきりと見えるから……。
「あんたが思い出さない限り、ずっとあんたの傍に居る人には、気が付けないぜ」
『知らない、そんなの分からない!どうして、そんな事言うの?あの人は、逃げたのよ…きっと、あなたの好きな人だって、あの人と同じ……』
「……ヤマトは、絶対に逃げたりしない。そして、君の好きな人だって、逃げてなんていないよ」
『嘘……あなった、嘘吐きね……私の事騙すの?どうして、そんな事するのよ……』
泣き笑うような表情を浮かべながら、その手がゆっくりと太一へと伸ばされる。太一はそれを目の前にしても、ただ真っ直ぐに少女を見詰めた。
『…なら、試してあげるわ……貴方の好きな人だって、きっと、逃げ出すって事……』
冷たい笑みを浮かべながら、その手が太一の首へと回される。太一は、ただその手を瞳を閉じる事で受け止めた。
「……それで、あんたが納得するのなら、いいぜ……ヤマトは、逃げたりしないから……」
『…そう……私も一人で寂しかったの…貴方が、居れば、寂しくなくなるわ』
綺麗な笑みを浮かべて、そのまま手に力が加えられる。息苦しくなる感覚を味わいながら、太一はただじっと瞳を閉じたまま身動きしない。
ただされるがままの状態でいる太一に、少女の顔が泣き出しそうな表情になる。
『抵抗しないと、本当に死んじゃうんだよ!』
そして、首をしめた状態で、声を出した。その少し震える声を耳にして、漸く太一が瞳を開く。
「……だって、俺は…ヤマトを、信じてる…から……」
息苦しさを感じながらも、笑顔でそれだけを口に出す。それに、少女の手が一瞬緩んだ。
「太一!」
その瞬間、自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、太一はそっと優しく微笑んでみせる。
「ほら、な……ヤマトは、絶対に、逃げたりしない……」
『だけど、あの人に私は見えないのよ!貴方を助ける事なんて出来ない……』
「……大丈夫、見えるよ……」
自信に満ちたその表情で言われたそれと同時に、ヤマトが自分たちの前にその姿を見せた。その瞬間、驚きでその瞳が見開かれる。
「太一!」
顔色の悪い太一を見た瞬間、さっと血の気が引いていくのを感じた。だけど、自分には、やはり何も見えない。太一がただその場所に立っているだけ…。
「……そこに、居るんだろう?見えないけど……俺に、太一を返してくれ……」
ぐっと太一の体を抱き締めるようにして、目の前に向けて懇願する。見えないけれど、確かに太一の前に、誰かが居ると分かるから……。
『……見えないのに、どうして……』
自分に訴えかけるその声に、その手が力を無くす。
突然空気が流れ込んできた事に、太一は大きく咳き込んだ。
「太一!」
突然目の前で咳き込んだ太一を心配するように、その背中を擦る。
「大丈夫か?」
「……ああ……それよりも、まだ見えないのか?」
固有を整えた太一が、少しだけ呆れたように呟いたそれは、どう聞いても緊張感など微塵もない。
「……悪かったな…」
「可笑しいなぁ、見えると思ったんだけど……だって、あんたの彼氏が、力を貸してくれてるから……」
『…私の、彼氏??』
言われたことの意味が分からないと言うように、少女が太一を見詰める。
「ずっと、あんたの事見てる。ほら、後ろに居るよ……今なら、きっとあんたにも見えるから……」
優しい笑顔を見せて、太一が伝えたその言葉に、少女はゆっくりとした動作で、後ろを振り返った。
「ずっと、あんたの傍に居たんだぜ。どうして、記憶が変わっちまったのか知らないけど、あんたの好きな人は、逃げたりしてない。あんたを庇うように、その事故で一緒に亡くなってるんだよ」
振り返ったその表情が驚きに変わっていくのを見詰めながら、太一は本当の事を教える。
少女が見せた映像は、嘘のもの。自分を庇って一緒に死んでしまった相手への謝罪から、真実を変えてしまったのだ。
『……ずっと、居てくれたの?』
泣き出した少女に、傍に居た相手の手が優しく頬に触れる。そして、優しい笑顔を見せた。
『ああ…ずっと、ここに……ごめんな、護ってやれなくって……』
すまなそうに謝罪されたそれに、少女は首を左右に振る。それは、長い間、ずっと辛い思いをさせていたと言う事を指していると分かるから……。
『私が悪いの……どうして、貴方が逃げたなんて、そんな事思ったんだろう……貴方は、ちゃんと私を護ってくれたのに……』
泣き笑うその表情に、太一が満足そうな笑顔を見せた。
『…太一くんは、ずっと知ってたんだね……』
「ああ。俺には、その人が見えてたから……」
「幽霊って、一人じゃなかったのか??」
太一の言葉に、信じられないと言うように首を傾げるヤマトに、思わず苦笑を零す。
「……ほら、迷いは消えたんだろう?『幽子』さんは、もう前に進める」
『…そうね……うん、太一くん、私の本当の名前は…』
「有紀さん、だろう?」
『…どうして??』
「ずっと、その人が呼んでたから、だよ……」
ニッコリと笑顔を見せるその姿に、少女も笑顔を返す。
『……迷惑、掛けちゃったね……』
「迷惑なんて、掛かってない。だって、俺はただ道を教えただけだから」
申し訳なさそうな表情を見せる相手に、太一はただ明るい笑顔を見せた。それは、本当に明るく自分達の道を照らし出してくれるモノ。
『……そっか、太一くんは、迷いのある者にとっての、道標なのね……有難う…』
お礼の言葉に、太一はもう一度笑顔を見せた。
そして、何度も頭を下げながら、隣に大好きな人の存在を抱き締めて、少女の姿はその場から、見えなくなる。
「……太一?」
突然疲れたように盛大なため息をついた太一を前に、ヤマトは全く状況が分からず、心配そうにその名前を呼ぶ。
「……ヤマト、鈍過ぎ……」
心配そうに自分の名前を呼ぶその相手に、太一が呆れたようにもう一度ため息をつく。
「……悪、かったな……」
確かに、自分には何も見えなかったのだから、文句など言えない。
「…でも、来てくれて、有難うな……タイミング良く来てくれたから、もうここに幽霊が出る事はないよ」
落ち込んでいるヤマトに、ニッコリと笑顔を見せて、太一は踵を返した。
「さぁてと、空達、待たせてんだろう?早く帰ろ……」
「お兄ちゃん!!」
歩きだしたその瞬間、目の前に現れた妹に、太一は続く言葉を失った。どうしてここにヒカリが居るのだろうかと言う事に、疑問を感じるのは、当然だろう。
「…ヒカリ?どうして……」
「太一さん!大丈夫なのですか?」
「太一先輩!!」
そして、その後ろから、光子郎と空、そして新選ばれし子供達の姿を認めて、太一は思わず盛大なため息を付いた。
「……もしかしなくっても、ヤマトが呼んだな!」
「えっ?いや、だって、俺には、見えないし……ヒカリちゃんが見えるって言ったのは、お前だろう!」
「そう言う問題じゃねぇ!!大体、何で大輔達まで一緒なんだよ!!」
「あっ、それは…光子郎さんのメールで、お兄ちゃんが危ないって言ったら、みんなも一緒に来ちゃったの……そんな事より、お兄ちゃん大丈夫なの?」
心配そうに尋ねられたそれに、太一は思わず苦笑を零す。
まさか首を締められたなんて、事は、秘密にしておこうと思ってしまうのは、やはり心配を掛けたくはないからである。
「大丈……」
「太一先輩、首の所にあるのって、もしかしなくっても手の痕じゃ!!」
大丈夫と言おうとしたその言葉が、大輔のそれによって遮られてしまう。そして、その言葉の所為で、全員が太一の首にくっきりと残されたその痕を見ることになる。
「……太一、もしかして…」
「違う!これは……」
「ヤマトさん!太一さんの首締めたんですか??」
太一が説明をしようとした瞬間、一斉に子供たちの視線がヤマトを睨み付けた。
確かに、この場所に居たのは、ヤマトのみなのだから、そう思われても仕方ないだろう。
「…誤解だ!!」
「では、どうして、太一さんの首にあんなモノが残ってるんです?」
「濡れ衣だ!!」
文句を言われるそれに、ヤマトがただ無罪を主張する声が廊下に響く。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「んっ?」
目の前で繰り広げられているその光景を、少しだけ離れたところで見ていた太一は、ポツリと呼ばれて首を傾げる。
「それって、またなの?」
「……ああ…」
短い質問は、全てを知っている証。だから、太一も短く頷くだけで返事を返す。
「……あんまり、無理はしないでね」
「分かってる…ごめんな、心配掛けて」
ぽんっと優しくその頭を撫でると、太一は騒動の中へと歩き出した。
「お〜い、そろそろ帰らないと、先生に見付かっちまうぞ」
そして、今だに白熱しているそれに終止符を打つ。
「太一、誤解だよな!!」
だが、その瞬間、がしっと両腕を掴まれて、太一は思わず苦笑を零した。
「……酷い、あんなに激しく俺の首閉めたのに、覚えてないのか?」
悪戯を考えついたように、少しだけ拗ねたようにそういった瞬間、目の前のヤマトの動きが止まる。
「……やっぱり、お前じゃねぇか!!」
その後、また白熱してしまったそれに、太一は小さく舌を出した。
本当の事なんて、きっと言えない。
自分にとってあれは、何でもない事だから……。そして、それはこれからも変わらないだろう。
ただ、一瞬の風が流れていっただけの出来事だから……。
― おまけ ―
「お〜い、そろそろ帰らねぇと、先生来ちまうぞ!」
今だに、白熱した言い合いを繰り広げている数人に、太一は呆れながらも声を掛けた。
下校時間は、とっくに過ぎているのだ。小学校とは違って、厳しくないと言っても流石に不味いだろ。
「太一!お前からも、ちゃんと誤解を……」
「太一先輩が、お前がやったって言うんだから、ちゃんと誤れよ!!」
「そうですよ、ヤマトさん。そろそろ認めてはいかがですか?」
助けを求めるヤマトに、大輔と光子郎の冷たい声が掛けられる。そんな目の前の人物達に、太一は思わず苦笑を零した。
「……悪かったって…ヤマトがやったってのは、冗談だから、ほら、帰ろうぜ」
自分の冗談で、まさかここまでの騒ぎになるとは思っていなかっただけに、ため息は止まらない。
「太一vv」
太一の言葉に、嬉しそうなヤマトの声。それに、ほか数名の表情が、険しくなる。
「太一さん、こんな人庇う事は無いんですよ」
「そうですよ!太一先輩、ちゃんと謝らせますからね!」
「うん、お兄ちゃんなんかを庇う必要ないと、僕も思うよ」
最後のニッコリと笑顔で言われたタケルのそれに、太一は再度苦笑を零した。
好き放題に言われているように思うのは、気の所為だけではないようだ。
「ほら、それくらいにしましょう!太一も、ヤマトくんじゃないって言ってるんだから……それとも、貴方たちだけ残る?」
どうした物かと考えている中、パンパンと手を叩いて、その場を〆るような空のその声で、太一はほっとしたように息を吐く。
「でも、空さん……」
それに、反論しようとした相手をニッコリと笑顔で受け止めて、空が太一の腕を取った。
「そう、まだいい足りないみたいだから、私達は、先に帰るわね。ねっ、帰りましょう、ヒカリちゃん、京ちゃん、伊織くん」
そのまま太一の腕を取って、空が歩き出す。それに合わせて、声を掛けられたヒカリ達も歩き出した。
「えっ、ちょっと!?」
突然太一を連れ去ろうとする空に、言い合いをしていた全員が慌てる。
太一は、空に従ってそのまま楽しそうに話をしながら、後ろも気にしないで歩いて行く。
「……で、本当は、何があったんですか?」
太一達の姿が階段を下りる為に見えなくなった瞬間、ポツリとした真剣な声が質問を投げかける。
「…俺にも説明できない……ただ言える事は、ここに出ていた噂の正体が、もう二度と出てこないって事くらいだな……」
「えっ、ちょっと、噂って何だよ!」
光子郎の質問に答えたヤマトに、小学生組み二人は素直に、首を傾げた。それに、光子郎とヤマトは顔を見合わせて苦笑を零すと、もう姿の見えなくなった人を追い掛けるように、歩き出す。
「お兄ちゃん!」
何も言わない光子郎とヤマトに、タケルが呼び掛ける。
「……さぁな……まぁ、言える事は、太一が頑張ったって事だ」
それに足を止めて、ヤマトが振り返って言った言葉に、光子郎も静かに頷いた。
「そうですね、今回は、太一さんが一人で頑張ってくださったんです。……誰かさんは、役に立たなかったみたいですけど」
光子郎の同意の言葉は、最後にしっかりと嫌味が入って居るのに、ヤマトは思わず苦笑を零す。
確かに今回、自分は全く役に立っていないのは認める。しかし、それは自分以外でも同じだったように思うのだ。
「……お兄ちゃんって、鈍いもんね……」
「タ、タケル??」
しかし、それに呆れたようなため息をついて呟かれた言葉に、ヤマトが実の弟へと視線を向けた。
「…噂の真相ぐらい、あの太一さんの首の痣を見れば想像つくよ。どうせ、お兄ちゃんには見えなかったんだよね?」
質問と言うよりは確認するようなタケルのそれに、ヤマトは複雑な表情を見せる。
「一体、何の話なんだよ!俺にも分かるように、話せよな!!」
しかし、一人だけ意味がわかっていない大輔のその言葉で、苦笑が零れた。
「……そうだね、全ては、太一さんの胸の中って事かな」
意味が分からない大輔に、ニッコリと笑顔を見せて真実は全て闇の中へ。
今、その全ての真実を知っているのは、もうこの場には居ないから……。
「お前等、本当に置いてくぞ!」
しかし、そう思った瞬間、こちらを覗き込むようにひょっこりと顔を出したその人物に、その場にいた者達は一瞬驚いたようにお互いの顔を見合わせた。
待ってくれていると分かったから、もうここに残る理由は何も無い。
誰もが、その場に思いを残す事無く、ただ待っている人の場所へと歩き出した。
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