「約束は、約束だろう?」
不機嫌そのままの表情を浮かべている自分に、小さくため息をつきながら言われた言葉。
それに、太一はフイッと顔を逸らした。
「……勝てると思ったのに……」
そして、ボソリと呟いたその言葉に、ヤマトは思わず苦笑を零す。
賭けで行ったゲームは、対戦用のレース。
勿論1位を取ったのは、ヤマトである。
「レースゲームは、得意じゃない……」
いまだに諦めきれないと言った様子の太一を前に、ヤマトはもう一度苦笑を零す。
本当に、負けず嫌いだ。
人の事は、言えないえれど……。
「あれでいいって言ったのは、お前だからな。ほら覚悟決めて、風呂入るぞ」
盛大なため息をついて、部屋へと入る。
その後を、しぶしぶと言った状態で太一が付いて来るのに、ヤマトは複雑な表情を見せた。
「そんなに、俺と風呂入るの、嫌なのか?」
バタンと扉を閉めた瞬間に、思わず疑問に思ったことを口に出す。
一瞬何を聞かれたのか分からなかった太一が、きょとんとした表情でヤマトを見た。
しかし、次の瞬間にはその言葉の意味を理解して、その顔が真っ赤になってしまう。
「バ、バカ……普通、そんな質問するか?!」
「普通じゃなくって、悪かったな。お前が、嫌がっているから、聞いたんだよ」
真っ赤になって怒鳴る太一に、ヤマトも怒鳴り声で返す。
その後、睨みあったまま沈黙。
しかし、その睨み合いは、太一から顔を逸らす事で終止符を打った。
少しだけ拗ねたようにそっぽを向く太一に、ヤマトが不機嫌な表情で口を開こうとしたが、その前に太一が、口を開く。
「……嫌な訳じゃねぇよ……恥かしいんだ!」
ポツリと呟かれたそれに、じっと太一を見詰めれば、耳だけでなく、首筋まで真っ赤になっているのが分かり、ヤマトは顔を綻ばせた。
「お前、本当にそう言うところは、変わらないよな」
「悪かったな!大体、慣れるもんじゃねぇだろう!!」
『いや、慣れるものだろう』そう思ったが、口には出さずに、ヤマトはそのまま苦笑を零す。
「どっちにしても、約束は約束だろう?」
「うっ」
呆れたように小さくため息をつきながら、ヤマトが問い掛けたそれに、太一は言葉を詰まらせて、複雑な表情を見せる。
一瞬考え込むしぐさを見せてから、それでも直ぐに諦めたように大きく息を吐き出して頷いた。
「分〜っているよ!約束だからな!!でも、風呂に入るだけだぞ!!変な事したら、絶対に殴るからな!!!」
投げ槍状態で顔を真っ赤にして、怒鳴る相手に、ヤマトがいたずら心を出して、笑みを浮かべる。
「……変な事って?」
「い、言えるか!」
分かっていて尋ねる相手に、太一の顔がますます真っ赤に染まった。
それを見ながら、ヤマトは楽しそうに笑みを浮かべて、二人並んで風呂場へと向かう。
「で、だからって、この距離はなんなんだ?」
確かに、風呂に一緒に入っている事は認めよう。
しかし、二人の距離は少なく見積もっても2Mは離れているのだ。
「それ以上近付くなよ。一緒に風呂に入ってるんだから、文句は聞かん!!」
プイッとヤマトから視線を逸らして、太一は、更に距離を取る。
「……そんなに、信用がないのか、俺は?」
「お前の場合、信用とかの問題じゃねぇだろう!俺は、ゆっくりと風呂に入りたいんだ!だから、お前の傍には行かない」
断言されたその言葉に、ヤマトは盛大なため息をつく。
この様子では、近付けば容赦なく、殴られると言う事は、長い付き合いからも、いやと言うほど体で体験した事である。
仕方ないと言う様子で、太一から視線を逸らして、見える景色へと視線を移す。
自分から視線を逸らしたヤマトに、気が付いた太一が、ホッと小さく安堵のため息をつく。
少なくとも、これで変な心配はしなくってもいい。
「ヤマト?」
「んっ?」
「のぼせないか?」
しかし、ぼんやりと風呂にはいているだけのこの状態に、先に根負けしたのは、太一だった。
「別に……先に上がって、体洗ってもいいぞ」
だが、返された言葉は、自分が考えていたものとは掛け離れていて、太一は内心焦ってしまう。
「いや、ヤマトが先に体洗っていいから……」
「俺は、もう少し入ってる……お前、長風呂駄目なんだから、早く体洗えよ。のぼせるぞ」
楽しそうに笑いながら言われたその言葉に、太一はむっとした表情をする。
言われている事は、間違っていない。
だが、言った相手の表情が、許せないのだ。
「……分かった、約束も果たせた事だし、先に上がるな!」
だから報復とばかりにそう言って、立ち上がる。
「こらこら、お前まだ体も洗ってないだろう?風呂入った事になるのか?」
「風呂には、入った!んで、お前が出た後に、ゆっくりと入り直し!」
キッパリと言いきる太一に、ヤマトは思わず苦笑を零す。
完全に、臍を曲げてしまった自分の大切な相手に、素直に頭を下げる。
「あ〜っ、悪かった…その、俺としてもはしゃいでいたんだ……こうやって、太一と二人だけで旅行に来た事なんて、なかったからな……」
素直に謝罪されて、部屋の中へ入ろうとしていた太一はその足を止めて、振り返った。
「ば〜か、んな事、分かってんだよ……でも、負けた事が悔しいのは、本当だからな!」
そして呆れたようにそう言ってから、笑みを浮かべて、素直に体を洗う為に、その場に座り込む。
「なぁ、太一」
静か過ぎる中、体を洗う太一を見ていたヤマトが、そっと名前を呼ぶ。
「んっ?」
それに、太一は不思議そうに首を傾げて、自分を呼んだ相手へと視線を向けた。
「背中、洗ってやろうか?」
「却下!お前に洗われるのは、落ち着かない。自分で洗う。でも、お前の背中は、流してやるから、安心しろ」
問いかけられた事に、キッパリと言葉を返して、ニッコリと笑顔。
その笑顔に、ヤマトは何も言えずに、言葉を無くした。
そして、大人しく太一が体に頭を洗っているのを大人しく見ている。
「あんまり見るな!」
その視線を感じて、太一が文句を言えば、ただ綺麗な笑みが返された。
今度は、太一がその笑みで言葉を無くす。
「……終わり!ほら、ヤマトの番だぞ……ヤマト?」
濡れた髪をタオルで軽く拭いてから、ずっと自分を見ているヤマトに声を掛ける。
だが、その問い掛けに、返事が返されない。
その事に不思議に思って、そちらへと視線を向けた瞬間、太一は正直言って、かなり焦った。
「ヤマト!風呂でおぼれるな!!!!」
沈み掛けているその姿に驚いて、慌ててその近くまで行くと、風呂から引き上げる。
「・・…そう言えば、お前だって、あんまり長風呂得意じゃねぇだろう!!!!」
のぼせてしまって、顔を真っ赤にしている相手にそう言っても、きっと相手には聞こえないだろう。
そんな相手を前に、太一は盛大なため息を付く事しか出来なかった。
「気が付いたか?」
時間にして一時間ちょっとくらいで、意識を取り戻した相手に、そっと問いかける。
「…太一?」
「水飲むか?お前、風呂でのぼせて倒れたの、覚えてねぇだろう」
そんな自分に、不思議そうに名前を呼んでくるヤマトを前に、太一はコップに水を入れて差し出す。
「人の事言えねぇぐらい長風呂駄目なヤツが、長々と湯船に浸かっているから、そんな事になるんだぜ。本当、俺等には、甘い関係なんて、程遠いよな」
楽しそうに笑いながらの太一の言葉にヤマトは何とも言えないバツ悪そうな顔をする。
「……まぁ、それが、俺達らしくって、いいんだけどな…」
喧嘩ばかりしてきた事。
知り合った頃は、いがみ合って、反発ばかりで、こんなに掛け替えのない存在になるなんて、思いもしなかった。
今日、あの日にヤマトが自分にくれたプロポースの言葉を今でも忘れられない。
『帰る場所』になって欲しいと言われた。
真剣な瞳を今でもハッキリ覚えている。
ヤマト達のデビューが決まって、一番不安を感じていたのは自分。
その心を騙して、信じていると言い聞かせ続けた自分に、ヤマトは、迷いも無く言葉をくれたのだ。
それが、嬉しくって、そして、何よりも安心させてくれた。
だから、迷う事無く、今こうして自分はここに居られる。
「こうやって、今一緒に居られるのも、あの日、ヤマトが俺に言ってくれた言葉があるからだ。有難うな、ヤマト」
「……太一」
「だから、これからも、俺はヤマトにとって、『帰る場所』であり続けるから、だから、宜しくな」
「それは、俺の言葉だ。これからも、俺の『帰る場所』で居て欲しい……ずっと」
「ああ、約束だ」
「約束、だからな」
どちらともなく、笑みを零して、そっと互いを抱き寄せる。
大切に思う相手の体温を感じて、そっと目を閉じた。
 |