今日と言う日がどう言う日なのか、そんな事は、きっとその人にしか分からない。
 そして、今日、君が生まれた大切な日である事は、やっぱり誰もが知っている訳ではないのだ。


                                    特別な日


「退屈……」

 妹のヒカリも、朝からずっと出掛けている。
 両親も、今日は仕事の為、家には居ない。

 ソファーに身を預けて、太一は盛大なため息をついた。

 何が悲しくって、こんな日に一人でぼんやりとしなくってはいけないのだろうか。
 そして、こんな日に限って、仲間の誰とも約束ができなかった。

 『忙しい』と言っていた仲間達との会話を思い出して、太一はもう一度盛大なため息をつく。

「……寝ちまおう……」

 何もする気にはなれず、テレビも見るものがない状態に、太一はそのままソファに横になると、不貞寝を決め込んだ。

 面白くない時は、その日がさっさと終わるように、寝てしまうのが、一番。
 寝て過ごせば、今日と言う日が早く終わるから……。

「さっさと終わっちまえばいいんだよ、今日なんて……」

 自分が生まれた日だからといって、他の誰かにとっても大切な日とは、限らない。
 誰かにとって特別な日でも、今日は何にもない平日。

 特別なんて事、自分一人だけがそう思っているのだ。

「……特別なんかじゃ、無いか……ただの平日だ…だから、何時も通り終わるのを待つだけ……」

 必死に自分に言い聞かせるように呟いてから、ゆっくりと瞳を閉じる。
 もしかしたら、夢の中で誰かが、自分が生まれた事を喜んでくれるかも知れないと思いながら……。



 どれくらいの時間が過ぎたのか分からないが、突然の電話のベルで、意識が呼び戻される。

「あれ?」

 一瞬状況が分からずに、ぼんやりとしてから、きょろきょろと辺りを見回して、自分を現実へと引き戻した正体に、慌ててその音を止めるように受話器を取る。

「はい、八神……」
『お兄ちゃん!ヤマトさんが大変なの、早くヤマトさんの家に来て!!』

 まだ寝ぼけ状態で電話に出た瞬間、聞えてきたその声に、太一は意味が分からず首を傾げた。

「ヤマトが大変??」
『私じゃ駄目なの、お願いだから早く来て!!』
『太一、ヤマトが酷い怪我で家で寝ているのよ!だから、貴方も早く来て頂戴!待ってるわね』

 ヒカリに続いて空の声までもが切羽詰ったように言葉を告げる。
 そして、そのまま電話は切られてしまった。
 耳に届くのは、通話が途切れてしまった時の不通和音だけ。

 切れてしまった電話と、言われた内容に、太一は素直に首を傾げる。

「……酷い怪我で、何で家に寝てるんだ??」

 そして、疑問に思った事は、誰もが可笑しいと思うような事。
 寝起きの頭でそんな事を思いながら、それでも、太一は小さくため息をつくと今だ持っていた受話器を戻すと、電話に従う為に家を出た。

「……何、考えてんだか………」

 呼び出しはあまりにも突然で、そして無理のある理由。
 他にもっとましな呼び出し方法は思い付かなかったのだろうか?

「馬鹿だよな……」

 突然の電話。
 そして突然の呼び出し。

 思い当たる事は、一つだけ。

 それに、顔がにやけてしまうのは、止められない。
 皆が忙しそうにしていた理由も、今なら理解できる。

「驚かそうとするなら、最後まで通せよな」

 楽しそうに笑いながら、先ほどまで今日が早く終わればいいのに思っていた気分は何処へやら状態で、太一は呼び出した相手の場所へと急いだ。

 ドアの前に立って、大きく深呼吸。

 そして、ゆっくりとした動作で呼び出し鈴を押す。
 その瞬間、中からバタバタと賑やかな音が聞えてくるのを、耳を澄ましながら確かめて、笑みを零す。

 中から鍵が外れる音。
 そして………。

「HAPPY BIRTHDAY TAICHI!!」

 盛大なクラッカーの音と、お祝いの言葉。
 それに、太一は少しだけ擽ったそうな表情を見せた。

「大怪我したヤツは、寝てなくっていいのか?」

 一番に自分を迎えてくれた人物は、電話の呼び出しの時、怪我をして寝ていると言われていた相手。

「お前、分かってて言うか、普通……」

 意地悪で問い掛けられたそれに、ヤマトがため息をつく。
 バレて居る事など、百も承知なのだ。

「お前等、何時から計画してたんだ?」

 そして、後ろの方でニコニコと笑顔を見せている仲間たちへと視線を向ける。

「計画したのは、1ヶ月は前の話かしら。今回は、ヤマトくんが言い出したのよ」
「へぇ……でも騙すんなら、最後まで上手くやれよ。酷い怪我して、家に居るのは変だぜ」
「まぁ、確かに一発でバレる呼び出しだよね……でも、それでも、君が生まれた事を感謝して、こうして祝いたかったんだよ」

 ニッコリと笑顔で言われた丈のそれに、太一はただ笑みを浮かべた。

 本当なら、何でもない日常の筈なのに、今日と言う日は、自分が生まれた日だから、誰かの特別になりたかった。
 そして、そんな自分の気持ちを分かってくれている仲間が目の前に居る。

 自分が生まれた日を特別だと言ってくれる、大切な仲間が……。

「そんな訳だから、もう一度言うわね、誕生日おめでとう、太一vv」
「おめでとうございます、太一さん」

 笑顔で祝いの言葉を伝えられて、太一も思わず笑顔を返す。

「サンキューみんなvv」

 お祝いの言葉に、素直にお礼の言葉を述べて、さぁ特別な日をやり直そう。
 君が生まれた日だから、今日と言う日は特別。

 なんて事のない平日だけど、この世に君と言う存在が生まれてきたから、心から感謝しよう。

 特別な日だからね。