「ヤマト、散歩行こうぜ!」

 風呂に入るのに、時間を置いた方がいいと言う事で、何もする事が無く、ボンヤリとしていた中、窓の外を見ていた太一がそう声を掛けてきた。

「散歩?」
「おう!だって、折角の海なんだぜ!!しかも、人口海岸じゃなくって、天然!やっぱ、行かなきゃだよなvv」

 楽しそうに笑いながら言われるそれに、何の意味があるのか分からないが、嬉しそうな相手に、断る理由など一つもない。

「そうだな……久し振りに太一と海岸を歩くのも、いいだ……」
「だから、どうして直ぐそう言う事言うんだよ、お前は!!」

 ヤマトの言葉を遮って、真っ赤な顔で太一が怒鳴りつける。
 怒られた理由が分からないヤマトは、ただ不思議そうに太一を見詰めた。
 意味が分かっていないヤマトを前に、太一が思わず盛大なため息をつく。

「……いいよ…行こうぜ」

 それ以上何を行っても無駄だと判断して、先に部屋から出る。
 そして、廊下に出た瞬間、太一はもう一度盛大なため息をついた。

「……俺、こんなんで、目的果たせるのかなぁ……」

 呟いた瞬間、顔が赤くなるのを止められない。
 ここに来た本当の目的、それは、きっとヤマトにだけは、言えないかもしれない。

「太一?」

 再度大きなため息をついた瞬間、自分の凭れ掛かっていた扉が後ろから押された。
 それに慌ててその場所を譲れば、ゆっくりと扉が開かれる。

「どうかしたのか?」
「な、何でもねぇって!ほら、早く行こうぜ!!」

 不思議そうに自分を見詰めてくる相手に、慌てて大きく首を振って返してから、太一はそのまま歩き出す。
 そんな太一を不思議に思いながらも、ヤマトもその後を追うように歩き出した。


「気持ちいいvv」

 大きく伸びをしながら、目の前の海を見詰める。

「…そうだな……」

 嬉しそうに笑っている太一を前に、ヤマトが優しい微笑を見せて、相槌を打つ。

「夏だったら、泳げたんだろうけどなぁ……」

 少し残念そうに呟かれたそれに苦笑。確かに、泳ぐには少し季節が遅すぎる。
 今こうして浜辺に立っていると、少しだけ肌寒く感じる海風。

「……悪い……」

 だが、自分の言葉に申し訳なさそうな謝罪の言葉が聞こえて、太一は慌てて振り返った。
 別に、責めたとかそんな風なつもりは全くなかったのに、自分の後ろで落ち込んでいる人物が居る。

「ヤ、ヤマト??」
「……夏の間は、殆どツアーで家に居なかったし、こうやって出掛ける事なんて……」

 どんどん落ち込んでいく目の前の人物に、太一は思わず苦笑を零す。
 本当に、何でも思いつめるヤツだよなぁなんて、思いながら……。

「なぁ、ヤマト。俺は、後悔してないって、言わなかったか?」

 だから、慰めの言葉ではなく、自分が本当に思っている事しか言わない。
 それが、一番だと知っているから…。

「太一?」
「それとも、ヤマトは俺に後悔して欲しいのか?」

 真っ直ぐに見詰めたまま問い掛ければ、慌ててヤマトが大きく首を振って返す。
 それが、彼の答え。

「だったら、落ち込んでないで、少しは俺の事構ってやろうってくらいは、考えろよな!」
「太一……」

 言った後で、真っ赤になって慌てて顔を逸らす太一に、ヤマトが少し驚いたような表情を見せるが、それが直ぐに幸せそうな笑顔に変わっていく。

「……口説く事ばっかりじゃなくって、ちゃんと相手もしろって事だよな?」

 そっと、自分を見ない大切な相手を後ろから抱き締める。
 何時だって、本当に自分が欲しい言葉をくれる大切で、手放せない相手。
 自分がどれだけこの人に救われているのか、きっと相手は知らないだろう。
 自分の仕事の為に、ずっと一人で家に残す事を考えれば、後悔されてもそれは仕方ない事。
 なのに、それでも自分を選んでくれた事を、誇りに思ってくれる人が居る。

 だからこそ、手放せない。

「ば、バカ!勝手な解釈するな!!」

 後ろから抱き締めて耳元で囁いたそれに、耳まで赤く染めて怒鳴る太一に、苦笑を零す。
 久し振りに持てた、二人だけの時間。
 それが、こんなにも幸せだと言う事に、改めて気付かされる。

「太一、体冷えてるし、戻って一緒に風呂……」
「ひ、一人では入れ!!」

 だからこそ、そっと冷えてしまった体を温めるように強く抱き締めながら呟いたその言葉は遮られて、怒った相手がその腕から逃れて、自分を振り返ると舌を出す。
 子供らしいその相手の姿に笑みを零して、それでも断られてしまった言葉に、小さくため息。

 折角の露天風呂。
 しかも、誰も入ってくることは無い備え付けだと言うのに、甘い時間は期待出来そうにない。

「太一、あんまり走るな。転ぶぞ」
「転ぶか!!てめぇは先に帰ってろよ!俺は、一人でここに残る!!」

 自分の注意に、怒鳴り声が返される。それに苦笑を零して、盛大にため息。
 先程までの甘い関係は何処へ行ってしまったのかと、思わずにいられない。

「太一!また風邪引くぞ」

 少し呆れたように声を掛ければ、前で不機嫌そうな顔をして睨んでいる人がいる。
 それを目の前に、ヤマトはもう一度ため息をついた。
 きっと、自分は一生この目の前の人には勝てないと思うから……。

「……帰る…だけど、一緒には風呂、入んないからな!」

 すたすたと不機嫌そのままに自分の元に戻ってきた相手が、ボソリと呟いた言葉に、苦笑を零す。

「分かった……んじゃ、戻りましょうか?」

 諦めたようにそう返して、冷えてしまっているその肩を抱き寄せる。

「……ヤマト?」

 そっと自分の肩を抱き寄せる相手に、不安そうな呼び掛けたのは、怒らせたかも知れ無いと言う心配から……。

「怒ってないさ……それより、明日の予定とかも、考えないとだろう?」

 不安そうに見詰めてくるその瞳に、優しく微笑めば、ほっとしたように相手も笑顔を返してくる。

「マップ情報バッチリだぜ!ガブとアグ、それにヒカリ達に、お土産たくさん買っていこうなvv」

 嬉しそうに笑いながら言われたそれに、思わず笑い返す。
 本当に、クルクルと変わる表情は、見ていて飽きる事はない。

「そうだな…ガブとアグには、海の幸が豊富だから、沢山買っていけるし…」
「よし、決めた!明日は、魚介センター行こうぜvv」
「明日で大丈夫なのか?」
「何行ってんだよ!生モノは、送るに決まってるだろう。その方が、沢山買えるし、新鮮なんだぞ」

 心配そうに尋ねたそれに、キッパリと返された言葉は、どうも主婦臭い。
 本当に、いい嫁になったなぁなんて、思ってしまっても、それは仕方ないだろう。

「何、笑ってんだよ、バカヤマト……」

 自分の目の前で、笑っている相手に気が付いて、不機嫌そうに問い掛ける。

「別に、ただ本当にいい嫁さん貰ったなぁって、思ってただけだから、心配するな」
「……バカ…」

 嬉しそうに返されたそれに、顔を赤くしながら文句を言っても、ただ幸せそうな笑みが向けられるだけだった。





 部屋に戻って、風呂に入り、冷えた体を温めてから、夕食。
 海が近いだけに、沢山の魚介類の料理は、豪勢なものである。

「……美味しかったvv」

 二人で食べきれるかどうかと心配していたそれは、以外にも綺麗に片付けられてしまった。

「太一、食べて直ぐ横になると、体に悪いぞ」
「へへ、大丈夫だって……何か、スゲー幸せって気分だよなぁ……」

 ゴロンとその場に横になる太一に、ヤマトが声を掛けると嬉しそうに返事が返される。
 それは、本当に幸せそうな顔と声で……。

「こんな時間って、本当に久し振りだよなぁ……」
「太一?」

 酔っているのだろうかと心配そうに相手を見れば、真っ直ぐに自分を見詰めている瞳と眼が合う。

「……この温泉は本当におまけだったんだけどさぁ、実はずっと考えてたんだ。ヤマトと一緒に旅行に行く事……」

 忙しいから、本当に一緒に居る時間が少なくって、だから考えていた。
 新婚旅行だって行っていないから、だから、そんなに長期の旅行じゃなくってもいいから、日帰りでもいいから、どこかに一緒に行きたいと……。
 だから、こうして一緒に旅行に来れて、本当に嬉しいと思う。
 自分のこの願いが叶ったのは、ヤマトの事務所の社長やマネージャー、バンドのメンバー達の協力があったから……。
 そして、何よりも、自分を応援してくれた家族や仲間が居たから、今この時間が持てるのだと言う事。

「……ヤマトは、覚えてないかもしれないけど、どうして急にそんな風に思ったのか、分かるか?」
「太一?」

 皆が応援してくれたから、自分は何時だって、後悔なんかしないで居られるのだとはっきりと言える。

「……今日、ヤマトが俺にプロポーズしてくれた日だって、思い出したから……」
「…太一……」

 懐かしそうに呟かれるそれに、ヤマトもそっと瞳を閉じて昔を思い出す。
 デビューが決まった時、自分は一番大切な人にプロポーズした。それは、ずっと決めていた事だから……。
 誰に反対されても、これだけは譲れないと思える想い。
 だから、今一緒に居られる幸せを、大事にしていきたい。

「…俺を選んでくれて、有難うな……その、だから……」
「太一?」
「こ、これからも、一緒に居て欲しいって、事だよ!」

 真っ赤になって言われる言葉は、あの時自分が伝えた言葉に似ている。

「……それは、俺の台詞だ。太一、俺の手を取ってくれて、有難う。そして、これからも、俺の帰る場所で居てくれ」
「…あ、当たり前だ!他のヤツの所に帰るなんて言ったら、許さねぇからな!」

 キッパリと返される言葉に、笑みを零す。
 この人以外の所など、自分は考えられないから……。

「…なぁ、このまま、一緒に風呂、入らないか?」
「なっ!!」

 そして、そっと耳元で囁かれた言葉に、一瞬で太一の顔が真っ赤に染まる。
 君と居られるこの時間が、一番大切で、何モノにも代えられないほど愛しいと思えるから……。
 不機嫌そうに自分を睨み付けて来る相手に、苦笑を零す。
 その答えは、聞かなくっても分かるから……。

「んじゃ、こうしよう!ここ、確かゲーセンあったよなぁ?」

 だから、折角の時間を手に入れる為に、考えついた事は一つだけ。
 相手に絶対に文句を言わせない方法なら、自分が一番良く知っているのだ。
 自分の言葉に、素直に太一が頷くのを確認してから、ヤマトは意地の悪い笑みを浮かべて一つの提案を出す。

「んじゃ、ゲームで賭けようぜ」
「賭けるって、何をだよ……」

 笑みを見せながら呟けば、相手がそれに釣られるように、質問を返してくれる。
 それに、満足そうな表情を見せて、ヤマトは口を開いた。

「負けた奴は、勝った奴の言う事を何でも聞く事!勿論、自信がないなら、なかった事に……」
「絶対に、勝つ!!」

 売られた勝負は、買わなければいけないとばかりに、太一が断言したそれに、ヤマトはしてやったりとばかりの笑みを見せた。


 そして、その後、二人が何のゲームをして、どちらが勝ったのかは、今はまだ分からないままである。