「ヤマトvv」
ハートマーク付きの呼び掛けに、驚いて顔を上げる。
先程まで、大人しく雑誌を読んでいたはずなのに、何があったのか分からないが、上機嫌の太一が目の前に居た。
「た、太一??」
少しだけ上気した頬が、ピンク色に染まっている。
とろんとした瞳が、自分を見詰めてくるのに、ドキッとしない方が無理な話だ。
だが、その理由が分からない。
太一が読んでいたのは、サッカー雑誌。
こんな風になる原因が、自分には思い当たらないのだ。
「ヤマトvv大好きvv」
嬉しそうに自分に抱き付いて来るその姿は、凶悪なほど可愛すぎる。
しかも、言われた台詞は、滅多な事では聞けない太一からの告白。
嬉しい告白の上に抱き付かれて、幸せを感じない方が難しい。
だが突然そうなった原因が分からないだけに、ヤマトは確認するように太一が先程まで居た場所へと視線を向けた。
そして、その原因が目に入る。
「……お前、酒飲んだのか??」
「お酒?そんなの、飲んでないぞ!そんな事より、ヤマトは、俺の事嫌いなのか?!」
無造作に置かれている缶は、自分がこっそり飲もうと思って買ってきていたチュウハイ。
見た目はジュースの缶に見えなくもないが、まさかその1本だけを飲んで、こんな状態になるとは思っていなかっただけに、気分は複雑である。
しかも、目の前では、少しだけ不機嫌そうに、自分が返事をしない事を怒っている太一が居るのだ。
「……嫌いな訳ないだろう……」
「だったら、ちゃんと口に出せ!」
小さくため息をつきながら返した言葉に、満足してくれない太一が要求を出す。
何時もなら、絶対に言ってくれない要求。
お酒を飲んだからと言って、こんな事を言われるとは思ってもみなかった。
「……太一が、好きだ……愛してる……」
何時もなら平気で言える台詞も、改めて聞かれると照れるのは、どうしてだろうか?
そして、自分の言葉に、一瞬にして目の前の相手が上機嫌になるのが分かる。
次の瞬間には、嬉しそうに微笑む姿があって、ヤマトは思わず見惚れてしまった。
「ヤマトvv」
上機嫌で自分に抱き付いて来るその姿は、誰がなんと言おうが可愛い。
力説出来るほどの、その姿に、ヤマトは思わず幸せを噛み締めてしまうのは止められない。
「傍に居てくれよなvv 絶対、約束……」
嬉しそうにニコニコと笑いながら、突然顔を上げたかと思うとその顔が近付いてきて、自分の頬に一瞬だけ軽く唇が触れる。
「た、太一??」
「ヤマトvv」
頬にキスしてから、太一が自分の首に手を回して抱き付いて来た。
嬉しい気持ちと、酔っている相手に、不埒な事を考えてしまう自分に、なんとも言えない複雑な気持ちを感じながら、それでも太一を抱き締める。
「ヤマトからの、約束は?」
そして、ニコニコとしながら質問されたその言葉に、ヤマトは一瞬何を言われたのか分からずに、自分の直ぐ傍にあるその顔を見詰めてしまった。
「太一?」
「ヤ〜マ〜ト!」
意味が分からないと言うように太一を見詰めれば、そっと瞳を閉じて、何かを待っていると言うのが分かる表情を見せられる。
どう考えても、太一が欲しがっているものは一つしか考えつかない。
だけど、今までどんな状態でも、太一からそれを望んだ事は一度も無く、だから、酔っているからといって、こんなおいしい状態が、今目の前に用意されていると言うのが直ぐには信じられないのも、仕方ないだろう。
『……やっぱり、しなきゃ男じゃないよな!』
などと心の中で自分に言い聞かせて、ヤマトはそのまま太一にそっとキスをする。
だが、その瞬間ある事に気が付いた。
「た、太一??」
触れるだけのキスをして、太一から離れた瞬間、その体が自分に倒れてくる。
そして、気持ち良さそうに聞こえてくるそれは、どう考えても相手が寝ていると分かる息使い。
「……この状態で、寝るなよ……」
散々自分を煽っておいて、気持ち良さそうに眠ってしまった相手に、小さく文句を言ってから、ヤマトはそのまま疲れたようにため息をついた。
次の日、朝起きて、ぼんやりとしている太一を見て、ヤマトが苦笑を零したのは言うまでも無いだろう。
そしてそれから、石田家の冷蔵庫に、欠かさずチュウハイが入っているのはここだけの話である。

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