「ヤマト、花火しようぜ」
玄関を開いた瞬間に、向けられた笑顔とその言葉。そして、差し出された袋一杯に入った花火。
「……まだ、花火をするには、早くないか??」
空梅雨と言われている今年は、夜になるとまだ肌寒い。
「ば〜か、デートの誘いしてるってのに、気付けよ」
複雑な表情で言われた言葉に、太一が呆れたように小さくため息をつく。
その言われた言葉に、ヤマトの顔に赤みが刺した。
「お、お前が、そんなこと言うなんて……偽者、太一???」
「……顔赤くして、変な事言ってんなよ。で、するのか、しないのか?」
「する!!」
これ以上ない程に呆れたように言われたそれに、ヤマトがキッパリと返事を返す。
太一の口から『デート』と言う言葉が聞けるなど、これからだって、あるかどうか分からない程珍しい事なのだ。
「よし!ヤマト、もう飯、食ったのか?」
「……一応な。お前は?」
「食ってなきゃ、ここには来てない。まぁ、お袋には、ヤマトん家に泊まるって話してあるけどな」
ヤマトの質問に、サラリと答えて、笑顔を見せる。しかし、その向けられた笑顔に、ヤマトは一瞬違和感を覚えた。
「勝手に決めちまったけど、いいか?」
しかし、その違和感は本当に一瞬で消えてしまう。何時も通りの太一の表情。そして、尋ねられたそれに、ヤマトは慌てて頷いた。
「あっ、ああ……で、花火は、何処でするんだ?」
「人口海岸」
自分の質問に返されたのは、お台場に作られている人口の砂浜。
「んじゃ、ヤマト、バケツ頼むな」
「……分かった。火は、カッチャーの方がいいか?」
「蝋燭付いてる。カッチャー持ってて、こっちを使おうぜ」
嬉しそうに言われる言葉。本当に楽しそうに見えるのに、やっぱり何処か違和感を覚える。しかし、その違和感の理由が分からないまま、ヤマトは言われる通り、花火が出来るよう準備を始めた。
「んじゃ、準備も出来たし、出発!!」
バケツに水を入れて、それを持って家を出る。楽しそうに笑いながら歩く太一を見詰めながら、ヤマトは感じている違和感を必死で考えた。
「やっぱ、ちょっと寒いな……」
長袖のシャツを着ていても、感じる風は、やはり冷たい。
海風は、特にその冷たさを強く感じさせる。そんな風を感じながら、太一が、遠くを見詰めるように、暗く闇に染まった海を見詰めた。
「……太一…」
その表情に、ヤマトは思わずその名前を呼ぶ。何処か儚く見えるその表情。今まで感じていた、違和感の理由……。
「ほら、花火しようぜ!」
しかし、その表情は、次の瞬間には、何時もの明るい笑顔へ変わる。あの違和感を感じる笑顔に……。
「最初は、やっぱり打ち上げ系だよなぁ……んで、ラストは絶対に、線香花火。これで、終わっちまうんだって、思うけど、好きなんだよなぁ」
「太一」
「何だよ、ほら、早く花火、始めようぜ」
無理に明るく見せる相手だから、余計に辛くなる。何時だって、自分のことを頼ってもらいたいと思うのに、どんな時も、その笑顔で誤魔化そうとする相手。
「バカ、辛い事がある時は、無理に明るくするなって、言ってるだろう」
「……ヤマト……」
無理に明るく見せようとするその体を、そっと抱き寄せる。
本当は、そんな時に自分に会いに来てくれるようになっただけでも、かなりの進歩かもしれない。
昔は、ずっと一人で抱え込んでいた相手だから……。
「……ば〜か、辛いから、こうやって、ヤマトと楽しく過ごしたいって、思うんだよ……分かれよ、バカ……」
「太一?」
抱き締めた相手が、自分の背に手を回して返す。そして、甘えたように胸に擦り寄ってくるその仕草に、ヤマトは少しだけ驚いたように、相手の名前を呼んだ。
「辛くなんか無い。ヤマトが、こうしていてくれるんだから……」
「……太一……何があったのか、理由聞いてもいいか?」
素直に甘えてくれるその仕草に、躊躇いながらも問い掛ける。本当は、言ってくれるとは、思えない。それでも、聞かずには居られない事。
「……大した事ねぇって、言いたいんだけど、自分って奴に、ちょっと自己嫌悪してた……そしたらさぁ、ヤマトと花火がしたくなったんだ」
「……説明になってるような、なってないような……」
全部ではないけど話してくれた内容に、ヤマトが、複雑な表情を見せる。確かに、花火をしたくなった理由は分かったが、一体何に対して、自己嫌悪していたのか、それは、分からない。
「なってるだろう?それが、全部。俺が自己嫌悪したのは、ヤマトの所為なんだから、付き合えよ」
「えっ?」
「って、事で打ち上げ花火、『ドラゴン』!ヤマトが、火付けろ!」
すっと袋から出されたそれを、差し出される。それに、意味が分からないながらも、自分の所為で自己嫌悪してしまったと言うのなら、逆らう事など出来る筈も無く、ヤマトは言われるままに、それを受け取って、火を付ける。
仕掛花火のそれは、火をつけた瞬間、その筒から火の花を咲かせた。
「…綺麗だよなぁ……よし、続けて、これだ!!」
「た、太一?」
「いやとは言わせないぞ!」
どんどん袋から花火を取り出しては、押し付けられる。結局、花火の火を付ける係りとなってしまったヤマトは、言われるままに差し出されてくるそれらに、火を付けた。
辺りに響くのは、波の音と、花火の音。鮮やかな火花を見せるそれらを見詰めながら、煙とその火を見詰めて、笑みを浮かべる。
無理やり火付け役になっていたヤマトも、見せられる火の花に、その表情を笑みに変えた。
「打ち上げ終了!手で持つ花火も、殆ど終わったな」
「…そうだな」
15分ほどで、袋一杯に入っていた花火は、残りを線香花火だけにして、終わりを見せた。
「ほい、線香花火。やっぱり、一本づつだよな」
5本ほどの束になっているそれを、解いて、一本をヤマトへと差出し、もう一本を自分で持つと、火を付ける。
パチパチと火玉を作るそれを見詰めながら、暫しの沈黙。
「……線香花火って、スゲー寂しく映るけど、俺、好きなんだよなぁ……あっ、落ちちまった」
ポトリと落ちた、その塊を見詰めて、太一が小さく呟く。
「……太一…」
「花火も、これでラスト。なぁ、俺って、やっぱり自分勝手だよな……」
最後の一本の線香花火に火を付けながら、ポツリと呟かれた言葉に、ヤマトが首を傾げる。
突然の言葉は、自己嫌悪と関係していると分かるから……。
「どうして、そんな風に思うんだ?」
じっと花火を見詰めたまま、太一は何も言わない。
「太一」
だから、そっと名前を呼んで、答えを促す。
「……嫉妬って、スゲー醜いんだな……」
漸く呟かれたそれは、一瞬何を言われたのか理解するまでに、少しの時間を必要とした。しかし、言われたその言葉を理解した時、ヤマトは花火を持っている太一の手を強く引き寄せる。
「って、お前、最後だったのに、落ちちまったじゃ……」
その拍子に線香花火の火玉が、地面に落ちてしまって、文句を言おうと口を開いた太一は、次の瞬間には抱き締められて、その言葉を最後まで続ける事は出来なかった。
「……嬉しい……」
「はぁ??」
そして、本当に嬉しそうに耳元で呟かれたそれに、太一は思わず間抜けな声を出す。
「……お前、俺が嫉妬して醜いって、言ってるのに、『嬉しい』だと!!」
「嬉しいに決まってる!!だって、嫉妬したって事は、俺のこと、好きだって事だからな!!」
自己嫌悪まで起こして反省していた自分が嫌だったのに、『嬉しい』などと言われ、太一が文句を言うように大声を上げれば、そのまま当然と言うように言葉が返される。
怒鳴り声に同じように返されて、太一は一瞬ムッとした表情を見せたが、しかし、言われたその内容に、その表情が、困惑へと変わっていく。
「……好きって……」
「好きだから、嫉妬するんだ。俺なんて、何時もお前の周りの奴等に嫉妬してるんだからな!」
「……って、威張って言う事なのか??」
「…いや、突っ込むところはそこじゃないだろう……俺が、お前の事、好きって、事だ」
自分の質問に少しだけ呆れたようにため息をついてから、ヤマトが真剣に、真っ直ぐ自分を見詰めてくることに、太一は、照れたようにその視線を逸らす。
「……そっか、嫉妬って、好きだから、するんだよな……俺が、ヤマトを好きな証拠だったんだ……」
「そう言う事だ。だから、自己嫌悪する必要なんて無いだろう?」
「……みたいだな……」
そっと呟いた事に返されたそれに、笑顔で相手を見上げる。
ずっと、感じていた自分の醜い気持ちを、簡単に取り去ってくれた事に、心からの笑顔を相手へ向けた。
「……ヤマト、花火、楽しかったな……」
「まぁ、少し早い夏の風物詩だけど、お前と一緒だから、良しとする」
「……偉そうな上に、恥かしい奴……」
「今更だな。ほら、後片付けして帰るぞ。戻ったら、温かいコーヒー入れてやるから」
「……カフェオレがいい……」
ボソリとわがままを言えば、笑顔で『了解』と返される。それに、太一も笑顔を見せて、花火の後片付け。
確かに、少しだけ早い花火も、いいもである。
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