声だけでも聞きたくて

  8月1日。
  今日と言う日は、特別な日。
  だから、みんなと一緒に過ごしたい……。
  誰が言い出したのか、それすら覚えていないけど、あの場所に行こうと言う話になった。
  あの、一年前にちょうど起こった冒険へのスタート地点。
  そして、今みんなが目の前に居る。

                     


「なつかしいわね……たった一年しか経ってないのに・……」

 変わっていないその場所が嬉しくって呟いたその言葉は、みんな同じ気持ち。
 あの冒険は、今でも自分達の胸の中では大切な思い出として残っている。

「……また、ここに来れるとは思わなかったよなぁ……」
「ああ、本当だな…」

 自分の言葉に返ってくるその言葉に、太一は嬉しそうな笑顔を見せた。
 あの冒険で手に入れたものは、きっと一生の中でとっても大切なものだったと思うから…。

「……あたし、パルモンに会いたい!!」

 そして言われた懐かしいパートナーの名前に、皆がそれぞれの思いを口に出す。

「ボクも、ゴマモンに会いたいなぁ……」
「そうですね、あっちの皆さんにお会いしたいですね」

 光子郎も少し寂しそうに呟いた。その手には、相変わらずノートパソコンを持っている。

「そうねぇ……ピヨモン、元気かしら……」

 空も懐かしそうに、青空を見上げた。
 次々に言われるその言葉に、子供達は自分のパートナーへと気持ちを募らせた。

「テイルモン……」
「ボクも、パタモンに会いたい……」
「……そうだな……」

 皆がそれぞれにパートナーの名前を呼び出した時、太一は一瞬考えてから、直ぐにぱっと顔を上げて笑顔を見せる

「……なぁ、みんな!」
「んっ?どうかしたのかい、太一?」

 突然大声を上げた太一に、皆が不思議そうに太一を見詰める。
 そんな皆の視線を感じながらも、太一は嬉しそうな笑顔を見せた。

「デジヴァイス、持ってきてるよな?」

 嬉しそうな笑顔で尋ねられたそれに、皆がそれぞれ互いの顔を見合わせる。
 あの冒険が終わってからも、ずっと身近に置いてあったデジイヴァイス。それを忘れてくるなんて、まず有り得ないだろう。

「持ってきてるけど…・・それが、どうかしたのかい?」

 意味が分からないと言うような表情を見せる丈の質問に、太一がニカッと歯を見せて笑った。

「太一さん!無理ですよ、いくらデジヴァイスがあったとしても、デジタルゲートを開く事は出来ませんよ」

 太一の笑顔と共に、光子郎がその意味を読んで、盛大なため息をつく。

「誰も、ゲートを開くなんて言ってないだろう。それに、やってやれない事は、ねぇんだぜ!!」
「太一・…お前なぁ……」

 強気な太一のその言葉に、ヤマトが呆れたように頭を抱えてしまう。

「……太一らしいけど、私も無理だと思うわよ……」
「でもでも、もしかしたら、パルモン達に会えるかもしれないんでしょう?あたし、やりたい!!」
「ボクも!!」
「私も、テイルモンに会いたい・…」

 次々に言われるその言葉に、年長組は思わずため息をついてしまった。
 自分達としても、テパートナのデジモンに会いたいと思う気持ちがあるので、無下に否定する事など出来ないのである。

「……仕方ないですね……それでは、やってみましょう……」
「そうこなくちゃな!!」

 光子郎の諦めたようなその言葉に、太一は嬉しそうな笑顔を見せた。
 そして、皆がそれぞれ自分の持っているデジヴァイスを手に持つと、全員で輪を作るように立つと全員が、静かに目を閉じる。

「……選ばれし子供が願う。デジタルゲートよ開け!!」

 ギュッとデジヴァイスを握り締めて、呪文のように呟いても、辺りには何の変化も見られなかった。

「……巧くいくと思ったのになぁ……」

 何も起こらない事に、太一は残念そうにため息をつく。
 今日という日。そして、選ばれし子供が皆集まっている今なら、もしかしたら奇跡が起こると思ったのだが、その期待は残念な事に裏切られてしまった。

「そんなに巧く、いかないと言う事だな……」

 ヤマトもため息をついて、手に持っていたデジヴァイスをズボンのポケットに仕舞う。
 皆も同じ意見のようで、その顔は残念そうである。
 そして、太一も諦めたようにデジヴァイスを片付けようとした瞬間、ハッとしたように顔を上げた。

「どうかしたんですか、太一さん?」

 突然顔を上げて、耳をすますようにしている太一に、光子郎が心配そうに声を掛ける。

「今、何か聞こえなかったか?」
「何も聞こえなかったよ、お兄ちゃん・・…」

 辺りを伺うようにしている兄に、ヒカリが返事を返した。
 しかし、その直後に聞こえた声に、全員がハッとしたように顔を上げる。

『・…チ…タイチ!ボクの声、聞こえてる?』

 小さかったその声がハッキリと聞こえた瞬間、太一は嬉しそうに大声で返事を返した。

「聞こえてるぞ、アグモン!!俺の声は、ちゃんと聞こえるか?」
『うん、聞こえるよ。タイチ……みんなも居るの?』
「ああ、空やヤマト達も一緒だ!!アグモン、そっちはどうなんだ?」
『うん、ボク達もみんな一緒だよ』

 嬉しそうに返ってきたその言葉に、皆が顔を見合わせて笑顔を見せ合う。

『ソ〜ラvv聞こえる?』
「ピヨモン!!うん、ちゃんと聞こえるわよ」

 次に聞こえてきたその声に、空が嬉しそうに返事を返した。

『ヤマト!』
「ガブモン!元気にしてるのか?」
『ああ、オレ達は変わらないよ。ヤマトの方こそ、元気なの?』
「ああ、俺だって変わらない……」

 嬉しそうに答えるヤマトの声に、ガブモンの嬉しそうな笑い声が聞こえる。

『光子郎はん、わてですが、お変わりありませんでしゃろうか?』
「はい、テントモンも元気そうで、安心しました」

 テントモンの声に、ホッとしたように返事を返して、光子郎は笑顔を見せた。

『丈!相変わらず、臆病なのか?』
「ゴマモン……キミねぇ・…」
『冗談だって…元気そうだな、丈・…』
「キミもね、ゴマモン」

 ゴマモンの言葉に苦笑を零しながらも、丈は言われたそれを懐かしそうに聞いてる。
 昔から変わらない、少しだけ口の悪いゴマモンのその言葉は、自分を励ましてくれるから・…。

「パタモン!居るよね?」
『うん、居るよ。タケルvv』
『ヒカリ!私も元気だからな』
「うん、テイルモン」

 元気な声が返された事に、ヒカリも嬉しそうに頷いて返す。

『ミ〜ミ!』
「パルモン!!わたし、パルモンに会いたいよぉ〜!!」

 自分のパートナーの声を聞いた瞬間、ミミが少し目許に涙を浮かべながら声を返した。
 その声に、パルモンの寂しそうな声が返ってくる。

『あたしも、ミミに会いたい…・・』
『……オレだって、ヤマトに会いたい……』
『ボクも・・…太一に会いたい…・・』
『私も、ソラとずっと一緒にいたいよ・・…』
『ボクも、ボクだって、タケルと一緒に居たい……』
『私だって、同じだ』

 ミミの言葉を始めにして、口口に言われたその言葉に、皆が一瞬で寂しそうな表情を作ってしまう。
 そんな中、小さくため息をついて笑顔を見せたのは、太一である。

「いいじゃんか!声だけでもこうやって聞けたんだぜ。それに、俺達は、ずっと変わらずパートナーの筈だ」
『タイチ……そうだよ、みんな!!タイチの言う通りだよ。ボク達は、タイチ達のパートナーデジモン!会えなくってもそれは変わらないよ!!』

 太一の言葉に励まされたように、アグモンが明るい声で言ったその声に、デジモン達が納得したように頷きあう。

「そうよね、会えなくっても、私達は、変わらないのよね……」
『ソ〜ラ〜vvピヨモンの事、スキ?』
「勿論よ、ピヨモンvv」
『ミミ、あたしも、ミミの事、ずっとスキだからね…・・』
「パルモン・…私だって、一緒だよ!パルモン!!」
『タケル、ボクもタケルのこと、大スキだからね』
「うん、パタモン!!ボクだって、ボクだってね、パタモンの事、大好きだから!!」
『ヒカリ・・…私は・・…』
「うん、分かってるよ、テイルモン・・…」
『丈、医者になるんだろう?』
「ああ……覚えててくれたのかい、ゴマモン・・…」
『血を見ても、気絶なんてしないようになれよ、丈!』
「ああ。頑張るよ、ゴマモン……」
『ヤマト!オレ、ヤマトのハーモニカ、すごく好きだよ』
「分かった。今度会った時、また吹いてやるよ」
『うん、約束だからね、ヤマト』
『タイチ・・…ボク達、ずっとパートナーだからね』
「ああ・…お前以上のパートナーなんて居ないよ・・…」
『光子郎はん・・…そろそろ・・…』
「はい、分かっています…・この空間が閉じてしまうんですね…・・皆さん・…」

 テントモンの言葉に、光子郎は少しだけ残念そうな表情を見せると皆の方に向き直った。
 そして、それと同時に誰もが、大きく頷きあう。

「分かってる!絶対に、また会おうぜ!!」
『うん、楽しみに待ってるから・・…』

 嬉しそうなその声と共に、また声が小さくなっていく。
 そして、その声が完全に消えたのと同時に、皆が小さく息を吐き出す。

「消えちゃったね……」

 少し残念そうにポツリと呟いたその言葉に、誰とも無く頷いて返す。

「うん、でも、みんなが元気そうで良かった…・・」
「そうだね。ボクもパタモンの声が聞けたから、嬉しかった」

 ヒカリの言葉に、嬉しそうにタケルが声を上げる。それに皆が微笑して頷いた。
 本当に数分の間だったが、確かに自分達は懐かしい声を聞く事が出来たのだ。
 それが嬉しくって、そして、また会えるその日を信じる事が出来た時間。

「・・…ここに来て、良かったな……」
「ああ…」

 ギュッと握り締めたデジヴァイスを嬉しそうに見詰めながら、太一は皆に満身の笑顔を見せる。

「・…それじゃ、帰ろうぜ」
「そうだね、この後、みんなでハンバーガーを食べるってのはどうだい?」
「賛成!!」

 丈のその言葉に、嬉しそうに手を上げたのはミミである。
 それに皆は笑顔を見せると、それぞれに同意した。

 そして、ゆっくりと歩き出す。

 また会える日信じて……。


 階段を降りながら、太一はふと立ち止まりもう一度だけ振り帰った。
 あの冒険があったから、今こうしてみんなと一緒に居られるんだと言う事を感じながら、それを胸に前へ歩く。
 
 そして、その2年後にもう一度デジタルワールドに行く事になるとは、誰一人として考えもしなかった事である。
 新しい選ばれし子供達と共に・……。