「嘘だろう……」

 キッチンから聞こえてきたその声に、珍しくリビングでのんびりとしていたヤマトは驚いてソファから立ち上がった。
 その拍子に、自分の隣で仲良く丸くなっていた子猫達も驚いて飛び起きてしまう。

「どうしたんだ、太一?」

 慌ててキッチンに顔を出して、声の主に尋ねる。

「あっ?悪い、聞こえたのか?」

 心配そうに自分に声を掛けてきた相手に、太一は素直に謝った。しかし、その後に続けられたそれに、ヤマトは思わず苦笑を零してしまう。
 今日は、珍しくオフと言うことで、一緒に出掛けようと言った自分の言葉を断って、朝からキッチンに閉じこもっている太一の姿に、正直少しだけ寂しい思いをしていたのだ。そんな中、突然大声を出されれば、心配するなと言う方が無理な話であろう。

「一体、何してるんだ?」

 ずっと疑問に思っていたことを漸く口にして、ヤマトは太一の返事を待つ。

「えっ?う〜ん、今日っていう日に、折角ヤマトが居るから、ご馳走作ってお祝いしようと思ってたんだけど……ケーキ作るの失敗した…」
「はぁ?」

 すっと差し出されたそれは、膨らまずに失敗したスポンジケーキに成り損ねた代物である。だが、それを差し出されながら言われた言葉に、ヤマトは意味が分からないと言うよな表情を見せる。

「……今日って、何かあるのか?」

 今日である必要があるのなら、何かがあるのだろう。だが、自分には何もそんな記憶などない。

「あるよ」

 思い出せないそれに、にっこりと嬉しそうに返された言葉は、更にヤマトを混乱させる。に笑っている太一を見て、自分がそれを覚えていないと言うのが、どうしても納得できない。

「……あるって……」
「ヤマトには、秘密vv」

 ニコニコと本当に嬉しそうな太一の言葉に、ヤマトは更に意味が分からないと言うように首を傾げた。

「ほら、ヤマトは、向こうで休んでろよ。ケーキは諦めるけど、もう少し準備かかるからさvv」

 自分の事をキッチンから追い出して、太一はただ嬉しそうに笑っている。
 どうやら、自分が覚えていなくってもいいような日らしいと言うのは分かるのだが、一体なにがあるのか、思い出せないとなると悔しくなる。
 キッチンで動き回っている太一を見ながら、ヤマトはそっとカレンダーに視線を向けた。
 勿論、カレンダーには、何の印もされていない。

「……何の日なんだ?」

 思い付く限りのモノを頭に並べながら、ヤマトは一づつそれを否定していく。
 一番に、自分達が始めてデジタルワールドに行った日を削除して、次に自分と太一の誕生日を削除。
 それから、結婚記念日、ガブとアグがここに来た日……それら全てを否定してから、ヤマトは頭を抱え込んだ。

「一体、今日は何の日なんだ?」

 分からないものは、本当に分からない。思いつくモノ全てが、違う。最後には、自分がデビューした日や、シングルを出した日までも、思い出してみたが、当てはまらない。

「…大体、太一はそんなに記念日に拘るような性格じゃないし……自分の誕生日だって忘れるような奴だぞ……だったら……」

 そこまで考えて、一つだけ今までの事とは全く関係ないものを思い付く。

「まさか……」
「ヤマト、もう直ぐで、ヒカリ達が来るから……って、どうかしたのか?」

 ソファに座って喜びに震えているヤマトを見付けて、太一は不思議そうに首をかしげる。

「太一!」
「はい?」

 行き成り立ち上がったかと思うと、ガシッと肩を掴まれて、太一はただ驚いてヤマトを見詰めた。

「出来たのか?」
「はぁ?出来たって、何がだよ?」

 真剣な顔で聞かれたことの意味が分からなくって、そのまま素直に聞き返す。

「それで、予定日は?」
「予定日?」

 目が輝いているように見えるのは、きっと自分の気のせいではないだろう。だが、言われていることが分からずに、太一は困ったように聞き返した。

「俺達の子供!」
「はぁ?」

 本気で言われたその言葉に、太一は思わず素っ頓狂な声を上げる。言われた言葉の意味が理解できなくっても、それは仕方ないだろう。

「……お前、本気で言ってるのか?」
「当たり前だろう!で、何時なんだ?」

 嬉しそうに自分を見詰めてくるその瞳に、太一はただ呆れたように盛大なため息をつく。どこから、そんな考えが出てきたのか、呆れるのを通り越して、頭痛がする。

「んな訳あるかよ!!何考えてんだ、お前!!」

 思いっきり呆れて、思わずその頭を殴ってしまう。いや、この場合、仕方ないと、許してもらえるだろうか?

「けど、特別な日なんだろう?」
「そうだよ。だけど、何で、俺に子供が出来たなんて、ぶっ飛んだ事を考え付くんだよ!」

 頭をさすりながら言われたそれに、盛大なため息をついてみせる。

「ヒカリ達の前で、そんなバカな事言うなよ……」
「だったら、一体、何の……」
「今日は、俺が初めてデジモンに会った日だ。この日がなければ、俺達の冒険はなかっただろう。だから、特別な日なんだよ」

 今だに分かっていない相手に、少しだけ呆れながら、太一は今日が一体何の日であるのかを教えた。
 今日と言う日は、初めてデジタマが家に来た日。
 そのデジタマに会わなければ、今の自分達はなかったかも知れないのだ。だから、特別な日。

「そうか……」
「ヤマトが分からないのは当然だけど、俺に子供が出来たなんて、普通考えるか?」
「……悪かったな…で、今日は誰が来るんだ?」

 呆れたように言われたその言葉に、ヤマトは小さく咳払いをすると話をごまかすように問い掛ける。そんなヤマトを前に、太一は苦笑を零した。

「全員だよ、あの、冒険を一緒に過ごした仲間達だ…」

 久し振りに全員で集まるのだから、今日は頑張って料理だってしたし、昨日一日がかりで大掃除だってしたのだ。

「……そうか……」

 漸く理由が分かった事で、ヤマトは本来の笑顔を見せる。そんな相手に、太一も素直に笑顔を見せた。

「理由分かったんだから、手伝ってもらうぞ!」
「ああ、勿論だ」

 冗談混じりに言われた言葉に、ヤマトが素直に頷いて返す。
 それから、二人で久し振りに集まる仲間の為に、パーティーの準備。
 今日と言う特別な日に、少しだけの休息と、楽しい時間を過ごす為に……。

「来た!」

 そして、準備が終わった頃、来客を告げるチャイムの音に、太一とヤマトは顔を見合わせて、そろって玄関へと移動する。

「待ってたぜvv」
「上がってくれよ」

 二人並んで、来客を迎える。久し振りの時間、これから楽しい時間が、始まる。