「なんで、俺がそんな事しないといけないんだよ!!」
教室中に響いたその声に、誰もが苦笑を零さずに入られない。
「仕方ないでしょう。去年が、大好評だったから、今年も見たいと言う人が、多かったのよ」
「そ、それでも……」
「それに、貴方が主役じゃないと、台本を書かないって、言うのよね」
自分の言葉に、更に何かを言おうとする太一の言葉を遮って、困ったようにため息をつきながら言われたそれに、一瞬言葉を飲み込んでしまう。
しかし、それでも理不尽だと思う気持ちは止められない。
「だけど……」
「全員一致で決まったんだから、文句言わないの!それとも、クラス全員を敵に回す?」
文句を言おうと、口を開いた太一に、にっこりと笑顔で遮った言葉は、既に脅迫と言う物であった。
「って、でも……」
「もう、決まったって言ったでしょう!それに、私に言っても仕方ないのよ。委員長に直接言って頂戴」
「……そ、それが出来ないから、空に言ってるんだろう……」
盛大なため息をつきながら言われたその言葉に、太一が、小さな声で反論を返す。
確かに、クラス委員に直談判出来るのなら、さっさとやっているだろう。それが出来ないのは、自分達のクラスの委員長が、有無を言わさない迫力があるからなのである。
「だったら、諦めなさい」
「……出来れば、諦めたくねぇんだけど……」
盛大なため息をついて、空に返事を返せば、呆れたような表情で返されてしまう。
「いいじゃない、今度は劇みたいなモンなんだから、推理好きなんでしょう?」
「いや、好きだけど……これは、違うと思うぞ……」
「でも、良く殺人ミステリーなんて、許可が下りたわよねぇ……」
自分の言葉を聞いている様子もなく、感心したように呟かれたそれに、太一はただ盛大なため息をついた。
去年に引き続いての今回の文化祭も、自分一人にだけが、何故か貧乏くじを引いているように思うのは、決して気のせいではないだろう。
そして、その日から、また忙しい日が始まるのだった。
「……太一、ヤマトくんに、話してなかったの?」
練習中に、盛大なため息をついて言われたその言葉に、太一はウンザリしたような表情を見せる。
「言える訳ねぇだろう!んな恥ずかしいの……」
顔が赤くのなるのは、どうしても止められない。
「……そのお陰で、大変な目にあったわよ……」
しかし、自分の言葉に疲れたように呟かれたそれに、太一は不思議に思って首を傾げた。
「何か、あったのか?」
「まぁ、合ったと言えば合ったんだけど……良かったわね。祝福のキスがなくなったわよ」
「はぁ?」
盛大なため息をついて告げられたそれに、思わず聞き返してしまう。
あんなに乗り気だったモノがなくなったと言う事実は、太一にとって有難いものなのだが、突然そうなった理由が分からない。
「一体、どうして……」
「そんな事気にしないで、練習した方がいいわよ」
理由を聞き出そうと口を開いた自分の言葉を、空が再度ついたため息と共に遮った。
「八神くん、時間がもったいないから、練習したいんだけど…」
そして、女子生徒の躊躇いがちな声に、太一は仕方なくその場は、練習へと意識を戻す
今年、自分達のクラスで行うのは、『メイド探偵のミステリー』と言われる簡単なミステリー劇場。
そのミステリー劇場は、簡単な推理が出来るようになっていて、犯人が参加した人にも、推理に加わってもらうと言う趣向になっていたのである。
そして、その得点として、犯人を見事推理できた人物には、景品とメイド探偵からの祝福のキスが送られるようになっていたのだ。
勿論メイド役をする事になっていた太一は、反対したのだが、クラスからの強い言葉によって、それは絶対事項となっていたのである。
それが今、文化祭も明日となったこの時に、中止になった事に疑問を持たない方が可笑しいだろう。
「八神くん!漸くメイド服が準備できたから、着てみてくれる?」
考え込んでいた自分の耳に、嬉しそうな女子生徒たちの声が聞こえて、太一は現実へと意識を引き戻された。
そして、目の前には、紺色の短いワンピースと真っ白なフリル付きのエプロンが……。
「…ほ、本気で、こんなの着るのか?」
目の前に見せられたそれに、顔が引き攣るのは、仕方ないだろう。
「勿論よ!八神くんの為に、私達頑張ったんだから!!」
自分の言葉に、握りこぶしまで作って見せる目の前の少女達に、太一は盛大なため息をつく。
「ほら、八神くん!」
ズイッと差し出されたそれに、太一はただ引き攣った笑みを見せた。
そして、目の前で、ニコニコと笑顔を見せている少女達に、しぶしぶとそれを手に取ると、盛大なため息をつく。
「……メイドのスカートがこんなに短くって、仕事出来るのか……」
ため息と共に呟いたその言葉は、きっと誰にも聞こえない、太一一人の正直な感想である。
「それじゃ、明日の文化祭に向けて、頑張りましょう!」
力の入っている少女達を前に、太一はただ複雑な気持ちのまま、もう数える気も起きなくなったため息を一つ溢すのだった。
「……大変だ、八神の奴も………」
そして、教室のセットを作っていた一人の男子生徒が、ボソリと呟いた同情の言葉にクラス中の男子が頷いたのは、言うまでもないだろう。
「八神くんは、着替えてきてねvv」
「えっ?今日から、それ着るのか?!」
「勿論よ!最後の練習なんだから、本番と同じようにやらなきゃ意味ないでしょう!」
「でも、頭の方は、今日は無理そうねぇ」
数人の女子に囲まれたまま、言われたその言葉に、ゲンナリとした表情を見せるが、勿論逆らえる筈も無い。
仕方なく、受け取ったその服を手に、太一が教室を出ようとした瞬間聞こえてきたその言葉に、もう何も言う事も出来ず、ただ深いため息をついて、教室のドアを閉める。
「……ここ数日だけで、どれだけの幸せが逃げたか、分かんねぇよなぁ……」
ため息をつくと、幸せが逃げると言う。今日一日で、自分が溢したため息の数は、既に両手では足りない。
そんな事を呟きながらも、一緒に出来てくるのは、空しいため息だけである。
「大成功よ!」
無事に終わった文化祭は、好評。
太一達のクラスは勿論、一番人気といってもいい程の大好評であった。
勿論、太一のメイド姿は、去年のウエトレス同様、かなりのファンを作ったのは、言うまでもない。
「……兎に角、早く着替えたいんだけど……」
ボソッと呟いたその言葉に、一斉に視線が集まる。
「え〜っ!似合ってるのに、勿体無い!!」
そして、次の瞬間、女子の声が響き渡った。
「……も、勿体無い??」
「そうよ!勿体ないよ!!」
握り拳まで作ってのその言葉に、太一は複雑な表情を見せる。
「今年は、ヤマトくん来なかったねぇ……」
しかし、一人の女子生徒のその言葉に、ホッと胸を撫で下ろした。
そう、今年は、自分達のクラスにヤマトが来なかったのだ。それは、太一にとっては、有難い事である。こんな恥ずかしい格好を見られたくは無い。
いや、妹のヒカリやそのクラスメイトである大輔やタケルには見られてしまったが……。
「そう言えば……空!」
ヤマトの名前が出た事で、ある事を思い出して、幼馴染の姿を探す。
「呼んだ?」
振り返った瞬間、返事が返ってきた事に、太一は小さく頷いて返した。
「昨日、ヤマトの事、何か言ってなかったか??」
「ヤマトくん……」
自分の質問に、空の顔が複雑なモノへと変化していく。それに、気が付きながらも、太一はコクンと頷いた。
「祝福のキスが無くなったのと、ヤマトが何か関係あるんだろう?」
昨日相手が言っていた事を思い出しながら、再度問い掛ければ、目の前で引き攣った笑みを浮かべている幼馴染の姿。そして、ガシッと肩をつかまれた。
「本当に、知らないの?」
凄い勢いで問い掛けられたその言葉に、太一は意味が分からないながらも、思わず大きく頷いて返す。それだけ、空の勢いは凄いものだった為だ。
「八神くん、知らなかったんだ」
そして、頷いた自分に、迫っている相手ではなく別なクラスメイトが、少しだけ意外そうに呟いたことによって、意識がそがれてしまう。
直ぐ傍に居る少女は、太一の視線を受けて、苦笑を零しながら、説明する為に、口を開いた。
「石田くん、祝福のキスなんて、そんなの学生の身では、絶対に不健全だって、職員室に直談判したんだよ。それだけじゃなくって、そんなことを許すんなら、自分達のライブはしないって先生脅したらしいのよ」
「脅した??って、そんな脅しが通用するのか?!」
信じられないとばかりに、太一が驚きの声を上げた瞬間、太一の肩を掴んでいた空が、呆れたように盛大なため息をついてその腕を放し、自分の頭を抱え込む。
「……本当に、知らなかったの?しかも、その脅しは、学校にとっても十分な威力を持っていたのよ。最近ヤマトくん達のバンドって、スッゴク人気が出てて、体育館でライブをするって言うのを聞きつけたファンの子達が、学校にチケット要請まで出した訳。しかも、そのチケットは学校外で販売されて、既に完売。勿論、文化祭だから、そんなに高いチケットじゃないとしても、完売しているライブを中止にはできないでしょう」
呆れながらの説明に、太一は驚いて言葉も出ない状態である。
まさか学校で行われている文化祭のライブに、チケットが出回っていたなど、普通は考えられないだろう。勿論それが、プロならまだしても、相手は中学生のバンドなのだ。
「……だから、無くなった訳か………」
「その通り。先生達が、泣きついてきたのよ、このクラスにね」
そう言われて、漸く納得する。どうりで、あっさりと商品がなくなった訳だ。
「それから、ヤマトくんとの約束で、太一をこのままの格好で、引き渡す約束なのよ」
「はぁ??」
「そろそろ迎えに来る筈……あっ、来たみたいね」
空のその言葉と同時に扉が開く。それに、太一が振り返った瞬間、良く知った人物がそこに立っていた。
「空、約束のモノを貰いに来た」
「約束のモノ????」
ズンズンと真っ直ぐに自分達の方に歩いてきたかと思うと、言われたその言葉に、太一は意味が分からずに首を傾げる。それを横目で見ながら、空は小さくため息をつく。
「ここにあるから、持って行っちゃってくれる」
「えっ、どう言う意味だ??」
すっと指差されて、ますます困惑する太一を前に、空は少しだけ同情してしまう。本人には全く知らされていない、約束事。
「ライブが無事に終わった報酬。確かに受け取ったからな」
「って、どう言う意味だよ!!」
「そのまんま。ヤマトくん、それ返さなくていいから、荷物も一緒に持っていって頂戴ね」
「分かった」
「こら!人を無視して、勝手に話し進めるな!!」
目の前で交わされる会話に、太一が文句を言うが、そんな事は完全無視。ヤマトは言われるままに太一の荷物を手に取ると、そのままその持ち主の腕を掴む。
「それじゃ、貰っていくな」
「はいはい、あんまり苛めちゃだめよ」
強い力で太一の腕を掴んで、そのまま引っ張っていくヤマトに、空が手を振りながら、しっかりと釘をさす。
「苛める訳ないだろう。可愛いメイドだからな」
空の言葉に、一度足を止めて、嬉しそうな笑顔で言われた言葉に、空は苦笑を零した。
気の毒なのは、何も知らされていないで、そのまま強引に連れて行かれた人物だけ。教室から出て行くその二人の後姿を見送りながら、空は再度ため息をつく。
「……誰が一番、不健全なんだか…」
ポツリと呟かれたその言葉に、目の前に居た少女が苦笑を零す。
きっと、このクラスの全員が知ってしまったであろう、あの二人の関係……。それでも、誰も何も言わないのは、あの二人だからだろう。
「本当、八神くんが、少しだけ羨ましいなぁ……」
「あれ?もしかして、ヤマトくんの事、好きだったの?」
ポツリと呟かれたその独り言を聞き逃さず、空が目の前の少女に問い掛ける。それに、少しだけ困ったような表情で笑顔を見せて、少女が小さく頷いた。
「でも、相手が八神くんじゃ、勝ち目無いわね。それに、八神くんの事、嫌いになんてなれないもの……」
少しだけ寂しそうに言われたその言葉に、空も困ったように笑みを見せる。自分だって、同じ。
二人の事を知っているからこそ、見守っているのだ。あの二人が、どれだけお互いを大切にしているのかを知っているから……。だから、幸せになってもらいたい。自分の大切なあの二人に……。
「あの二人は、一緒にいるからこそ、自然なのよね……」
「本当。出会ったのが運命って感じよね、あの二人」
くすくすと楽しそうに笑い合いながら、言われたそれに、空も頷く。
そう、だから、誰も何も言わないのだ。あの二人が、共にあるのが、あまりにも自然だから……。
「おい、いい加減手を離せ!!」
自分の手を掴んでズンズンと歩いていくその相手に、太一が文句を言う。
しかし、相手からは何の反応も返ってこない。
「聞えてんのか、ヤマト!!」
再度声を荒げて名前を呼べば、漸くその歩みがぴたりと止まる。それに、太一は少しだけほっとしたように息を吐き出す。
「聞えてる。でも、『ヤマト』じゃないだろう?」
「えっ?」
まだ掴まれたままの腕に、更に力が加えられて、太一は、その痛みに一瞬顔を顰めたが、言われた言葉の意味が分からず、首祖傾げた。
「今は、お前の『ご主人様』だぞ」
「はぁ??」
そして、振り返って意地悪な笑みを浮かべたヤマトに言われたその言葉に、太一が素っ頓狂な声を上げる。
いや、確かに自分の今の格好はメイド服で、ご主人様と呼んでも可笑しくないかもしれないが、どうしてその相手が目の前の相手になるのか?
「お前、何言って……」
「聞いてないのか?お前は、俺に売られたんだ。お前のクラス公認で」
「って、ちょっと待て!!なんだよ、その話!」
意味が分からないと問い掛けた言葉に、サラリと返されたそれは、自分の預かり知らぬモノであった。自分の事なのに、何故その本人が知らされていないのか……。
しかし、思い当たるのは先ほどの会話。それを思い出した瞬間、サッと太一の顔が青くなる。
「まさか、あの会話って………」
「珍しく飲み込み早いな。俺がライブを成功させたら、メイドを頂くって言う約束だったんだ。それが、ライブをやる最大の条件」
「……んな条件が、何で通るんだよ!!」
笑みを浮かべながらの説明に、信じられないと言うように叫ぶ太一のそれは、誰もが思う事かもしれない。だが、それだけ学校側としても必死だったのだろう。
「何にしても、ライブ成功したんだから、俺は報酬を貰う権利がある訳だ。分かったか?」
「分かるか!!大体、俺はそんな話、聞いてないぞ!!」
「聞いてなかろうが、それが約束だからな。それに、ここにちゃんと契約書もある」
「はぁ?」
掴まれている腕を強引に引き離そうと腕を動かしている太一に、ヤマトが少しだけ呆れたようにため息をついて、そして奥の手だと言わんばかりに、自分の胸ポケットから一枚の紙を取り出す。そして、それを広げて太一へ差し出した。
「……『石田ヤマトが望む、メイドをライブ成功の暁に、献上する事をここに約束する』って、俺の意思は何処にあるんだよ!!」
「この場合は、無いな。そんな事よりも、帰るぞ。その格好で居る時だけしか、この約束は認められてないんだからな」
「んじゃ、とっとと着替える!!」
「駄目だ。約束は約束。このまま連れて帰るからな」
「って、お前俺をこんな格好で、外に出すつもりか!!」
「当然だ。ほら、早く帰るぞ」
「絶対に、嫌だ!!」
無理に引っ張って移行とするヤマトに逆らって、太一が精一杯の力で抵抗を見せる。それに、ヤマトは小さくため息をついた。
「仕方ないな……」
動こうとしない相手に、小さくため息をついて、そのままくるりと振り返ると身構えている太一の体をそのまま抱え上げる。
「って、ちょっと待て!!」
「待てない。暴れると落ちるぞ」
まるで、荷物のように肩に担がれる格好で、そのまま歩き出したヤマトに、太一が文句を言うが聞く耳は持っていないようだ。
「そこまでして、お前は何をしてもらいたいんだ?!」
軽々と担がれている状態で、ジタバタと暴れながら、太一が最後の質問とばかりに声を荒げたそれに、またヤマトの足が止まる。
「そうだなぁ……その格好で、『ご主人様』って言ってもらうのも、いいし、太一に世話してもらうってのが……」
「……お前、そんな事考えてたのか?」
「折角の格好だから、それぐらいの楽しみは持ってもいいだろうが!」
考え込むように言われたそれに、太一が呆れたように呟けば、当然だと言わんばかりに言葉が返って来た。
しかし、それは、感心できるものではない。
「……ヤマト、降ろせ」
「えっ?」
「いいから、降ろせ。出ないと、本気でお前の事蹴るぞ」
自分の言葉に、どうしようか悩んでいる相手に、脅しの言葉を掛ける。サッカー部期待のエースである自分のキック力は、自他共に認めるほどの強さを持っているのだ。そんな自分に、本気で蹴られたらどうなるかと言う事は、嫌でも想像がつくであろう。
ヤマトは、その言葉に慌てて太一を地面に降ろした。
「んじゃ、次は、目を瞑れ」
「……何で?」
「いいから、瞑れ!」
意味不明な命令に、ヤマトが困惑した表情で問い掛けて来るのに答えず、太一が再度命令する。それに、ヤマトは、素直に目を閉じた。
「……頑張ったお礼だ……受け取れ、『ご主人様』」
そして、瞳を閉じた瞬間、肩に手を乗せて、太一が背伸びをし、そっとヤマトの頬にキス一つ。
「た、太一??」
「ほら、これで満足か?」
「満足できる訳無いだろう!!やっぱり、連れて帰る!!」
「って、ちょっと待て!!」
「もう待たない。何を言われても、このまま連れて帰るからな!!」
今度は、お姫様抱っこで太一を抱え上げて、そのまま歩き出す。どうやら、太一さんの行動は、裏目に出てしまったようである。
その後、このメイドが、どうなったのかは、ヤマトさんだけが知っている事でしょう。
そして、ここに二度とこんな格好はしないと、強く誓う太一さんの姿があったとか……。
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