― アイス ―

「……暑い……」

 ボソッと呟かれた言葉に、思わず苦笑を零してしまう。
 夏だから、暑いのは当然。

「もう少しで家だから、我慢しろ」
「暑い!アイスが溶ける!!」

 苦笑交じりに言った俺の言葉に、直ぐに返されたそれ。苦笑が止められない。
 買い物に付き合わせたのは、俺だから、申し訳ない気持ちは確かにある。
 そして、そのお礼に、アイスを奢った。

「食いながら、帰っても問題ないじゃん……」

 ブツブツと文句をいう太一のそれを聞きながら、もう一度苦笑を零してしまう。
 確かに、食べながら帰ればいいのかもしれない。しかし、荷物を持っている今の状況では、カップアイスを上手く食べらないだろうと言う事で、太一には諦めてもらっているのだ。
 納得していると思っていたのだが、どうやら、納得できていないらしい。

「家に戻ってからの方が、ゆっくり食えるだろう?」

 スーパーから家までは、歩いて5分。そんな距離だから、少しは溶けるかもしれないが、完全に溶ける事は無い筈。
 しかも、もうアパートの入り口には、1分もせずに辿り着場所。

「ほら、着……」
「ヤマト、あ〜ん!」

 アパートの入り口に辿り着いた瞬間、太一に声を掛けようとしたそれは、相手の言葉によって遮られてしまう。

「はぁ??」

 突然言われた言葉の意味が分からなくって、思わず聞き返しても許されるだろうか。
 だが、自分に向けて差し出されているモノを見て、全てを理解する事が出来る。どうやら、我慢できなかったらしいと言う事が……。

「ほら、口あけろって」

 差し出されているのは、木のスプーン。そして、それに乗っかっているのは、バニラのアイスクリーム。
 言われるままに口を開けば、冷たいアイスが入れられた。

「やっぱアイスは、暑い中で食べるもんだろう?」
「……器用だな、太一……」

 甘くって冷たいアイスを口中に感じながら、感心したように呟いてしまう。
 買い物袋を俗に言うおば様持ちして、アイスを食べているその姿は、その言葉でしか表せない。

「これぐらいは、誰でも出来るぞ。ほら、早く部屋に行こうぜ」

 感心したように呟いた俺の言葉に、呆れたように返してから、エレベータへと促される。

「もう一口食べるか?」
「いや、もういい」

 エレベータの壁に凭れて嬉しそうにアイスを食べている太一を見て居れば、小首を傾げてスプーンを差し出して来た。それに、首を振って返せば、そのままそれが、太一の口の中へと運ばれる。
 幸せそうなその表情を見ていると、この暑さも気にならない。

「やっぱり、食わす」

 エレベータが、目的の階に止まった瞬間、ポツリと呟かれたそれ。突然の事に不思議に思った瞬間、太一の顔が近付いて来た。

「たい……」

 名前を呼ぼうと口を開きかけた瞬間、冷たいモノが唇に押し付けられる。

「ほら、何ボーっとしてるだ!暑いから、早く入ろうぜ!!」

 一瞬だけ感じられたそれが分からずその場に立ち尽くしている俺に、扉の前から太一に呼ばれて、我に返った。

「た、太一??」
「なんだ、何か問題あるのか??」
「い、いや、そうじゃなくって……」
「奢ってもらった、お礼」

 ニッコリと笑顔で言われた言葉に、幸せを感じてしまう。
 まさか、太一からキスしてもらえるなんて、思っても居なかったのだ。しかも、家の外で!!

「なら、何時でもアイス奢らないとだな」

 幸せ一杯で、扉を開く。

「……下心あるやつには、してやらない!」

 開いた扉から、太一ば中へと入っていく。勿論、しっかりと俺に釘をさす事を忘れないで……。
 

 暑い暑い、夏。
 偶には、こんな幸せがあっても、許されるだろうか。