DIGITAL LOVEGAME







 天気は良好、風は冷涼。

 空には雲一つない青空が広がる。

 12月半ば、そろそろ雪も降り出す頃だと言うのに信じられない程の暖かさ。

 だが、それも言ってみれば当たり前。

 何故ならここは、日本であって日本ではない。地球上に存在する場所ですらない。

 コンピューターのネットワーク上に出来た、電子の世界なのだから。

 「デジタルワールド」。限られた人間のみを受け入れるこの世界は、そう呼ばれた。

 それはともかく。







「弱ったなー・・・。」

 広いデジタルワールドの砂漠地帯の真中で、太一は途方に暮れていた。仲間の姿も、いつも傍らに居る筈のアグモンの姿も周囲には見えない。独り佇む太一に残されたものは、デジヴァイスと仲間との通信用のデジターミナルのみ。要するに、太一ははぐれたのだ。

 デジモンカイザーだった一条寺賢の改心によって、デジモンの通常進化を妨げていたダークタワーはその機能を失った。新たなる敵、アルケニモンはそのダークタワーからデジモンを創って襲っては来るけれど、自分たちのパートナーデジモンの進化を妨げはしない・・・それならば自分たちにも何か手伝えることがと考え、ヤマト、空と共にダークタワーを壊そうと頑張る大輔達の応援に来た。もしかすると、それ自体がそもそもの間違いだったのかもしれない。突然のオオクワモンの来襲に全員方々へ逃げた結果完全に仲間達は分断され、太一に至ってはパートナーのアグモンとさえはぐれて・・・現在に至る。

「・・・ヤマト達にメールでも送っとくか。」

 呟いて、太一はその場でデジターミナルを開く。アグモンが居ない今、太一は自らの身を守る術を持たない。短い本文を打ち終わると素早く送信する。自分の大体の居場所と、助けを求める旨だけを記したそのメールは、瞬く間に送信フィールドから消えた。

「誰か気付いてくれるといいけど・・・。」

 画面を閉じ、デジターミナルをポケットにしまうと太一は再び歩き出す。誰にも、何も起こらないことを祈りながら。

 ―――自らの後を憑ける陰があることも知らずに。

 微かに揺れる砂粒だけが、地中下に潜む不穏を伝えていた。







 どの位の時間歩き続けたのだろう。太一は砂の上に腰を下ろし、体を横たえると空を眺めた。現実世界と変わらない白い雲が、ゆっくりと流れて行く。輝く太陽に手のひらをかざし、太一は一つ溜め息を吐いた。

「アグモン・・・今頃どうしてるかな・・・。」

 あどけない笑顔のパートナーの姿が脳裏に浮かんだ。太一は思いをめぐらせる。自分と出逢い、共に闘う為に生まれてきたアグモン。世界を救う使命を負い、どんな危険の中でも自分を守り支えてくれたアグモン――あれから三年経った今でも、二人の絆は失われない。

 今頃、泣いているだろうか。自分を守れなかったと責任を感じて。ただ、はぐれただけだ。自分はまだ無事なのだ。責任を感じる必要なんて何処にもない。それでも・・・アグモンは思い詰めてしまうだろうか。心配しているに違いない・・・

「こんな所で休んでいる場合じゃなかったな。]

 一刻も早くアグモンと合流しなければ。太一は立ち上がり、服に着いた砂を払った。砂を踏みしめ歩き出す。

 その時。

「・・・な・・・!?」

 地面が、動いた。







「ねぇヤマトぉ。本当にこっちに太一が居るのぉ?」

「ああ・・・多分間違いない。デジヴァイスが反応している。」

 ガブモンの言葉に険しい目でデジヴァイスの画面を見詰め、ヤマトが答える。携帯ゲームのようなその画面に、二つの点が表示されている。その内の一つは仲間の誰か――恐らく太一の持つデジヴァイスを表す物。激しく点滅し、その存在を主張している。ヤマトはデジヴァイスを握り締めた。

「・・・太一・・・。」

「だ、大丈夫だよヤマト、太一ならきっと無事だよ!ねぇアグモン?」

 思い詰めたように険しい目を見せるヤマトにガブモンは慌ててそう言う。だがアグモンに話を振ってみるも、返事は返って来なかった。

 太一からのメールを受けたヤマトとガブモンはすぐさまメールに書かれていた砂漠地帯に駆けつけた。偶然に一人うろたえているアグモンを見付け、合流したのだが・・・

「僕があの時ちゃんと太一のこと見ていたらこんな事には・・・。」

 アグモンはアグモンで酷く落ち込んでしまっていて、先程からガブモンの言葉を全く受け付けない。ガブモンは一つ小さく息を吐いた。パートナーとして、テイマーの身を案じる気持ちは痛いほど分かる。だが。

 アグモンの肩に手を置き、ガブモンはその目を見据えた。

「しっかりしなよアグモン!君がそんなんじゃ、太一に何かあった時どうするんだよ!君がもっとしっかり自分を持たなきゃ、太一だって心配するよ。パートナーの君が太一のこと信じてあげないと。太一ならきっと大丈夫だよ。だからアグモン、君もしっかりしてよ!!」

「ガブモン・・・。」

 アグモンの張り詰めた表情が緩む。その顔に、いつもの笑顔が戻った。

「ありがとうガブモン。ボク、太一を信じるよ!」

「そう来なくちゃ!大丈夫、きっと太一は見付かるよ!」

「うん!」

 固く手と手を握り合う。視線がぶつかると、二匹は力強く微笑み合った。アグモンが元気になってくれて良かった――ガブモンは内心胸を撫で下ろした。そんな二匹の様子を横目で見、ヤマトはふと微笑む。自分ももっと太一を信じるべきかな・・・そんな気持ちが、その笑みには込められていたのかもしれない。そして視線をデジヴァイスに戻す。映し出された点は先程よりも激しく点滅を繰り返した。ヤマトは眉を潜める。

「・・・反応が強い・・・。」

「ヤマト、あれ!」

 ガブモンが砂の水平線を指差し叫ぶ。デジヴァイスが反応を示す先、そこには激しい砂埃が巻き起こっていた。人間大の小さな見知った影と、もっと大きな歪な形の影がその中心に見えた。人間の形をした影、それが一体何なのか――アグモンが悲痛な声を上げた。

「太一ぃ!!」

 砂埃の中、太一が先程自分たちがはぐれる機を作ったオオクワモンに追われ駆けている。その距離は縮まり、オオクワモンの鋭い爪が太一の肩に今にも触れようとしていた。ガブモンがヤマトの方を振り向く。

「ヤマト!」

「頼むガブモン!」

「うん、任せて!!」

 ヤマトがデジヴァイスを掲げると同時にガブモンが眩い光に包まれた。

『ガブモン、ワープ進化ー!!メタルガルルモン!!』

 辺り一体に広がった光が収まるとそこには鋼の狼が、凛々しい姿を現していた・・・。







「太一ぃ〜!!」

 全速力で駆け寄って来たアグモンが勢い良く太一に飛びつく。勢いを支え切れずニ、三歩後退すると太一は体勢を立て直し、アグモンの頭を撫でてにこりと微笑んだ。

「心配かけたな、アグモン。悪かった。」

「ううん!太一が無事で良かったよ。」

 アグモンも微笑み返す。僅かの間二人は見詰め合う。そして太一はヤマトとガブモンの方を振り向いた。

「サンキュ、ヤマト。お前が来てくれたお陰で助かったよ。」

「いや、礼ならガブモンに言ってやってくれ。ガブモンが居なかったら俺はお前を助けることなんて出来なかったんだからな。」

「そっか。ありがとな、ガブモン。」

 ヤマトの傍らに立ったガブモンに視線を向け太一は微笑む。ガブモンは照れ臭そうに頭を掻くとてへへと笑った。

 勝負は、一瞬だった。

 ガブモンから進化して力を得たメタルガルルモンの放った冷気の塊によって、オオクワモンは瞬く間に崩れ去った。後に残ったのは、いつもと同じ。オオクワモンだったと思われるダークタワーの残骸。その残骸を最後に砕き、戦いは終わりを迎えたのだった。

「格好良かったよ、ガブモン!」

「えっ・・・そ、そうかな・・・。」

 駆け寄って来たアグモンにそう言われ、ガブモンは頬を赤く染めた。そんなパートナーの様子を何やら感慨深そうに見詰めていたヤマトは、ふと思い付いて太一に視線を戻した。

「太一、お前怪我はないのか?」

 言いつつヤマトは太一の体を見回してみる。これと言った外傷はなさそうだったが、太一のことだ。傷を負っていたとしてもどんな無茶をするものか分からない。だから無理をさせないように自分が太一のことを見ておいてやらなければと、ヤマトはそう思う。だがそんなヤマトを知ってか知らないでか、太一は事も無げに笑った。

「ああ、平気平気。全然大丈夫。」

 顔の前で両手を振って見せる。だがその右手の甲にまだ新しい小さな傷口があるのを、ヤマトは目聡く見付けた。

「大丈夫なら、これは何だ。」

 太一の右手首を掴み、甲の傷がはっきりと見えるよう自分の胸元へ引き寄せる。傷口に滲んだ血は、まだ乾いてはいなかった。

「そんなの怪我の内に入らねぇよ。最初にオオクワモンが出て来た時にちょっと掠っただけで、舐めときゃすぐ治るって。」

「ふ〜ん・・・。」

 ヤマトの目が細まった。その瞳が微かな怒りを湛え、そして何か面白いことを見付けたかのように悪戯っぽい光を見せる。その意味を知り得ず太一が首を傾げた・・・次の瞬間。

「な!?」

 太一は驚愕に目を見開く。何か、生温かい物が手の甲に触れていた。それが一体何なのか、太一が理解するまでには数秒の時を要した。太一の手の甲に触れた物――それは人間の舌。見ればヤマトが太一の傷口を舐め上げていた。太一の頬が上気する。

「ヤ、ヤマト!お前何やってんだよ!!」

「何って、治療だよ。舐めときゃ治るんだろ?」

「・・・だからって・・・。」

 あっさりと返され、太一は言葉に詰まる。確かに舐めれば治るとは言ったが・・・誰がヤマトに舐めろなどと頼んだだろう。だが太一が文句を言おうと再び口を開くより早く、ヤマトの舌は太一の手から離れた。

「帰ったら、バンソウコウくらい貼っておけよ。」

 何事もなかったかのようにヤマトは微笑む。火照った頬を左手で押さえ呆然とする太一の手を掴むと、ヤマトは会話に夢中のガブモン達に声を掛け現実世界へと通じるゲートのある方角へ向かって歩き出した。

 ヤマトに手を引かれたままその背中を睨み付け、太一は彼に聞こえないよう小声で毒付いた。

「ヤマトのバーカ!」

 傷を負った右手の甲には、生温い感触が生々しく残っている。何故だか、悪い気はしなかった。







「ヤマトさん、私のお兄ちゃんに・・・許さない・・・!!」

「やるなぁ、お兄ちゃん。」

 二人と二匹から遥か上空。ネフェルティモンとぺガスモンに乗ったヒカリとタケルが、怒りの炎を燃やしていた。ヒカリの怒りの形相でヤマトの背中を睨み付ける。タケルに至っては微笑み、一見穏やかな言葉の裏で怒りを見せるので尚恐ろしい。

 太一からのメールを受けた二人はすぐさま現場に駆け付けたのだが、既に戦いは終わった後。そして二人は太一とヤマトのやり取りの一部始終を全て見ることとなったのだ。途中でヒカリが何度二人の間へ急降下しそうになったか。その度に何を思ったのかタケルに止められ、今に至る。タケルの我慢もそろそろ限界。もう少し事態が長引けば、二人の兄は彼らの前に赤面する破目になっただろう。

「お兄ちゃんは絶対、渡さないんだから・・・。」

 ヒカリが拳を握り込む。相変わらず顔だけは笑って、タケルがそれに答えた。

「ヒカリちゃん。次からは何が何でも二人が一緒にならないように邪魔しようね。」

「ええ、タケルくん・・・。」

 デジタルワールドの青い空に、嫉妬の炎が二つ鮮やかに燃え上がったのだった・・・。







5050HITのharukaサマのリクエストで、「デジタルワールドで
太一がちょっと怪我をして、ヤマトが舐めて治療する。アグモン、ガブモン出
演」でした。結局半分以上笑える程健全になりましたが、いかがだったでしょ
うか?・・・ごめんなさい(汗)。何かさり気なくガブアグっぽいし・・・。


 

     素敵な小説を有難うございますvv
     リクエストできて幸せvvしかも、ヤマ太の上にガブアグvv
     素敵過ぎて、読んだ時に、顔がにやけておりました。(危ない人<苦笑>)

     ヒカリとタケルもナイスで、ツボですvv
     水夏様、素敵なものを有難うござました。