何とも言えない一日を過ごした。
 まだ『昼』は、『夜』との連絡は難しいらしく、今日もそろそろ一日が終わる。

 綱吉に今日あった事を話したら、心底同情されたのは、あの少年を知っていたからだろう。
 驚かれた上での同情は、何とも複雑なものがある。

『本気で疲れているようだが、大丈夫なのか?』

 今日は、先に風呂を頂いて、綱吉の部屋に準備されている布団の上でくったりとしていた俺に、『昼』が心配そうに問い掛けてきた。

 確かに、体術だけとは言え何時間あの少年を相手にしていたのか、考えたくもない。
 術を使った訳ではないから、体の疲労だけなので寝れば直ぐに復活できるだろうが、どちらかと言えば、精神的な疲れの方が大きいと思う。
 リボーンにしても、俺と少年のバトルを楽しそうに見ていて、止めてもくれなかったのだから

 確かに少年……雲雀は、一般人からは掛け離れた動きだったが、忍者である自分にとっては、まだまだの動きであった。
 それでも、時間が経つにつれて、そのスピードと力がどんどん上がって行くなんて、もはや化け物としか言えないだろう。

「……本気で早く帰りたいと思ったのは、否定しない」
『心配しなくても、『夜』の事だオレと連絡が取れなくなって慌てているだろうからな、そう長く掛からずに向こうと連絡が取れるだろう』
「だろうな。『夜』がキレてない事だけを祈りたい……キレたあいつは手に負えないからな」

 心配そうに質問してきた『昼』に、ため息をつきながら返事を返せたば、これまた真剣に『昼』が返してくる。
 確かに、丸一日連絡が途絶えたのだ、『夜』が心配して暴走しないとは言い切れない。
 何よりも、暴走した『夜』を止められるのは、『昼』でも難しいのだからな。

 そうなっていない事を本気で願いたいが、それも何時まで持つかは分からない。
 早急に『夜』と連絡が取れれば、大丈夫だろうが、二日三日と時間が経てば立つほど、それは難しくなるだろう。

「それに、長くここに居ればいるだけ、離れがたくなるから……」

 ここは、本当に温かな場所で、俺にとってはとても居心地が悪い。
 普通の子供としての生活なんて、俺にとっては、似合わない場所。

『確かに、ちゃん呼びを何時までもされたくはないな』

 ボソリと呟いた俺に、同意するように言われた『昼』のその言葉に思わず笑ってしまう。
 そう、ここは、余りにも普通過ぎていて、俺には似合わない。

「偶には、普通の子供になるのも、いいんじゃねぇのか?」
「本当の子供じゃない、リボーンには言われたくないな」

 ずっと俺達の会話をドアの外で聞いていたリボーンが話しに入ってくる。
 それに、俺は笑いながら返した。

「長く居ると、別れは辛くなるから、早く別れた方がお互いの為になるよ」
「そうかも知れねぇが、離れちまったからと言って、オレ達の出会いがなくなる訳じゃねぇからな」

 真剣に言った俺に対して、リボーンも真剣に返してくれる。

 出会いがあるからこそ、別れもある。
 それは、誰よりも自分が良く分かっている事だ。

 別れが辛いと思うのは、相手の事を大切だと思えるようになっているから……

 ああ、もう遅いかもしれないな。

「オレは、と会えて良かったと思う!そりゃ、初め会った時は、怪しくって係わり合いにはなりたくないって思ったけど!でも、が悪い奴じゃないって分かっているから!今は、そんな事思ってないからね!!」
「うん、有難う、綱吉。綱吉達が、そう言ってくれるからこそ、別れが辛くなるんだ」

 リボーンと俺の会話に、勢い良くドアを開けて入ってきた綱吉が、必死に伝えてくれた言葉に、俺はただ困ったような笑みを浮かべる。
 始めから、綱吉とリボーンが俺達の話を聞いていた事には当然気付いていた。
 俺達の話を聞いて、二人がどんな反応を見せるかも、予想出来ていたのに、俺はその言葉を言って欲しかったから、会話を聞かせたのかもしれない。
 本当、計算高い自分が嫌になる。

『心配しなくても、一生の別れになる訳じゃないぞ。オレと『夜』が居れば、一度知った世界には何時でも来られるからな』

 自分の心の醜さに嫌な気持ちになっていた俺は、『昼』があっさりと言った言葉から、思わず思考が停止した。

 そ、そう言えば、そんな事すっかり忘れていた。

「そ、そんな事、出来るの?!」

 『昼』の言葉に綱吉が、驚いたように声を上げる。

『一度来た世界には、リンクが出来るからな。当然行き来は簡単になる』
「そう言えば、そうだったな。俺も、すっかり忘れてた」

 綱吉の言葉に、当然だと言うように返さす『昼』に、俺も思わず苦笑を零しながら返す。

 もちろん、『昼』と『夜』の能力を全て把握している訳じゃないんだけど、別世界にいける能力を持っているのは知っていたのに、一度きりだと勝手に思い込んでいたのだ。
 確かに、一度リンクが出来れば、簡単に行き来が出来るのは、当然だろう。
 俺の『渡り』の原理も同じなのだから

「それじゃ、好きな時に来られるって事?」

 『昼』の言葉を聞いて、綱吉が嬉しそうに質問してくる。

「いや、流石に好きな時に来るのは『昼』に負担が掛かりすぎるから、勘弁してやってくれ。でも、そうだな、もし、綱吉が困った事があったら、力を貸すと約束するよ」

 俺は、それに苦笑を零しながら返事を返し、だけどこれだけはと言うように言葉を付け足した。

「なら、もファミリー入り決定だな」
「だから、どうしてお前は、その結論に辿り着くんだよ!」

 にやりと笑ったりボーンに対して、綱吉が突っ込みを入れるのに、思わず笑ってしまう。
 こうして見ると、いい師弟関係にあるのが良く分かる。

「ファミリーに入るって言うのは言えないけど、特別要員としてなら了解してもいいかもしれないな」
「て、!そんな事言って大丈夫なの?!」

 俺の言葉で、綱吉が慌てたように聞き返してくるのにも、笑って頷く。
 綱吉がボスになるというファミリーには、非常に興味があるのが本音だ。

「なら、これでもファミリーの一員だな」

 俺が頷いた事で、リボーンが偉そうに返してくるけど、それも気にならない。
 それだけ、俺がこの二人のことを気に入っていると言う事なのだから

!』

 微笑ましくもあるそんな二人を前に、突然『昼』に名前を呼ばれた。
 呼ばれて気付く、良く知った気配が近付いてきている事に

「『夜』!」
!!無事?どこも怪我してない?!』

 その気配の名前を呼んだ瞬間、黒い小さな塊が俺に飛び付いてきた。

『……落ち着け。が困っているだろう』

 勢いに任せて質問してくる相手に、俺がどう返答しようか困っているのに気付いた『昼』が呆れたようにため息をついて、飛び付いてきた相手に声を掛ける。

『落ち着ける訳ないのは、『昼』が一番分かってるよね?急に『昼』の気配を感じられなくなっちゃって、ボクがどれぐらい心配したと思ってるの!!』
「悪かったよ、『夜』。俺はどこも怪我してないし、『昼』もちょっと疲労しているかもしれないけど、大丈夫だよ」

 呆れたように言われた『昼』の言葉に、『夜』が勢い良く言葉を返すのに俺は慌てて『夜』に謝罪の言葉を言って、落ち着かせるようにその頭を撫でた。

「んで、そろそろ落ち着いてくれるか?綱吉が驚いている」

 それから苦笑しながら直ぐ傍で、驚いて声も出せない状態の綱吉へと視線を向ける。
 俺の言葉に、漸く俺と『昼』以外の人間がいることに気付いた『夜』が、紫の瞳を大きく見開いた。

『えっと、誰?』
「ん?えっと、俺が今回お世話になった人」

 恐る恐る綱吉に視線を向けた『夜』が質問してくるのに、簡潔な返事を返す。
 初めは、世話になるつもりなんて全然なかったんだけど、気が付いたら衣食住と提供してもらったんだから、間違ってないよな?

 もっとも、それを盾にファミリーに勧誘されてたんだけど

『そうなの?えっと、それじゃ、と『昼』を助けてくれて有難う』
「えっ、いや、オレはただここに泊めただけだから……」
『衣食住を提供してもらえたのは、十分有難いぞ』

 俺の言った言葉に、『夜』が慌てて綱吉に礼の言葉を伝える。
 それに慌てて綱吉が否定するけど、それに『昼』が偉そうに返した。

 確かに、衣食住を提供してもらえただけで、俺にとってはかなり助かったのは本当の事だ。
 もっとも、『昼』は嫌がるだろうけど、綱吉達に頼れなかったら、結局は野宿生活をしていただろう。
 俺は、何日か食べなくても問題ないしね。

「……そいつが、迎えか?」

 でもここに泊めてもらえたお陰で、奈々さんのおいしい料理に有り付けたのだ。

 そんなことを考えていた俺に、リボーンが小さく質問してくる。
 一瞬何を言われたのか分からなかったけど、俺に引っ付いたままの『夜』へと視線を向けて言われた言葉の意味を理解した。

「ああ、こいつが『昼』の弟で『夜』。『夜』がここに来たって事は、俺達は自分の世界に帰れる」
「えっ?!帰っちゃうの!!」

 ポンポンと『夜』の頭を撫でながら言った俺の言葉に、綱吉が驚きの声を上げる。
 そう、『夜』と連絡が取れれば、俺達は元の世界に戻れるのだ。

「ああ、迎えが来てくれたから」
「あっ!そうか、が言ってた連絡が取れたら、直ぐに帰れるって……」

 驚きの声を上げた綱吉に、少しだけ困ったような笑みで返せば、思い出した綱吉が俺の胸に引っ付くような状態の『夜』に視線を向ける。
 もっとも、俺としても迎えが来る予定ではなかったので、ちょっと驚いているんだけど

 それだけ、『夜』に心配を掛けてしまったのだと分かって、本当に申し訳ない。

 いや、俺も『昼』も悪くなくて、全部偶然が重なった結果なんだけど

 寂しそうな表情を見せた綱吉に、俺はただ困ったように笑う事しか出来ない。
 確かに、早く帰りたいとぼやいたのは、ほんの数十分前の話だけが、まさかその願いがかなうなんて思いもしていなかったのだ。

 まさに、予想もしていなかった出来事なので、どう対応すればいいのかが分からない。
 それでも、これは分かっていた結末なのだ。
 俺には、帰る世界があり、待っていてくれる大切な人達が居る。

「綱吉、少しの間だけど、有難う」

 でも、これだけは伝えておかなければ、いけない。
 俺が口を開いた瞬間、綱吉が大きな瞳を見開いて見詰めてくる。

 俺は、それに笑みを見せた。
 綱吉を見ていると、綱吉のこれからの未来が薄らと見えてくる。

「これから先も、綱吉の人生は大変な事が一杯ある。だけど、綱吉が綱吉で居られれば、どんな事でも乗り越えられるよ。これが、俺から綱吉に言える事」
『……珍しいね、が、助言するなんて、よっぽどこの子の事が気に入ってるんだ』

 滅多な事ではこの能力を見せない俺の珍しい行動に、『夜』が少しだけ驚いたように口を開く。
 先見の力は夢で見る時だけのものだが、だからと言って簡単な占い能力を持っていない訳じゃない。
 ただ夢見の力よりも弱いだけで、簡単な助力を与えるぐらいの先見なら、その人物を前にして見ようとすれば漠然としたイメージで見る事が出来るのだ。

 まぁ、綱吉の人生は、なんて言うか振り回される人生かもしれないけど、でも、綱吉が綱吉であれば、どんな事でも乗り越えて行けるだろう。

「そうか、ならオレはそんなダメツナをねっちょり鍛え上げねぇとな」
「程ほどにしてやれよ、リボーン」

 俺の助言に、リボーンが満足そうに呟くのを、苦笑を零しながら返す。
 きっと綱吉にとって一番大変な相手は、この家庭教師だろう。

『それじゃ、オレ達は、自分の世界に戻るか』
『えっ?もう、戻ちゃうの?ボク、もうちょっとこっちの世界見てみたいんだけど……だって、『昼』の事ちゃん呼びする凄い人が居るんでしょう?会ってみたいな』

 伝える事はすべて伝えたと言う俺に対して、『昼』が小さくため息をつきながら口を開いたそれに、『夜』が待ったの声を出す。
 言われた俺と『昼』は、まさか『夜』がそんな事を言うなんて思っても見なかったので驚いて『夜』の事を見てしまった。
 大体、『昼』が奈々さんからちゃん呼びされていたなんて、何で『夜』が知っているのかさえ疑問に思う。

『どうして、お前がそんな事を知っているんだ?』
『だって、今日の朝には、ボクには二人の様子が見えていたから、心配しなくても、ナルとシカにも大丈夫って伝えてるよ』

 驚いて質問した『昼』の言葉に、『夜』が何でもない事のように説明する。
 その説明から考えると、俺と『昼』が行方不明になったのはたった半日程度という事になるだろう。

 なら、どうして『昼』には『夜』の気配を掴む事が出来なかったのか?

「ならどうして、直ぐに連絡をくれなかったんだ?」
『連絡しようとしたんだけど、が、珍しく楽しそうだったから止めて、『昼』にボクの気配が分からないようにしたんだよ。ナルとシカもが無事ならって、協力してくれたんだからね!』
『……面倒な事を……』

 疑問に思った事を質問すれば、『夜』がその質問に答えてくれる。
 その言葉に、『昼』が盛大なため息をついた。

 要するに、俺達は、特別休暇を貰った事になるのだ。

「帰ったら、ナルト達にお礼をしなきゃいけないな」
『そんな事しなくても、が元気な姿で帰ってくる事が、ナル達にとっては、何よりも必要な事だと思うよ』

 俺の変わりに仕事をしてくれたであろうナルト達の事を考えて言えば、『夜』が当然だと言うように返してくる。

「確かに、いい仲間が居るみてぇだな」

 それを聞いたリボーンが感心したように、声を掛けてくるのに、俺はただ笑って頷いて返した。

「それじゃ、もう一晩だけお世話になるな。奈々さんにもお別れしたいし」
「うん、明日は土曜日でオレも学校が休みだから、見送る事が出来るよ」
「有難う、綱吉」

 『夜』がもう暫くここに居たいと言ったのだから、もう少しだけこの時間を味わう事が出来る。
 だからこそ、その旨を伝えれば、綱吉が頷いて返してくれた。
 見送ってくれると言った綱吉に、俺は笑って礼の言葉を返す。



 時間にしたら、たったの2日。

 だけど、この時間は、俺が普通の子供として、居られたとても有意義な時間だったと思う。
 帰る前に、また会う事を約束して、急いで作った『呼び出し札』を綱吉に渡し、俺達は自分の世界へ帰った。

 もし、綱吉が俺を呼び出す時は、精一杯の力を貸す事を約束して……
 その時に、ナルトとシカマルを紹介出来ればいいんだけど、呼び出されるのは、緊急の時だろうから、無理だろうか?

 帰ってから、その話をナルトとシカマルにしたら、何故かため息をつかれてしまった。
 『また、誰彼構わず誑し込んできたんだ』とか言われたけど、俺は誰も誑し込んでないからな!