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何とか顔が赤くなっているのを落ち着かせて朝食を済ませると、食器洗いを担当する。
その間に、綱吉は学校へ向かう準備をして、飛び出していった。
今日は何時もより早く起きたと言うのに、出掛ける時間は変わらなかったらしい。
慌しく出て行った綱吉に、小さくため息をつく。
「ふふ、本当に慌しいでしょう?」
そのため息に気付いた奈々さんが、楽しそうに笑いながら声を掛けてきた。
確かに、俺の家では考えられないくらいの慌しさだ。
忍びは時間厳守だからこそ、早め早めの行動が原則として強いられている。
まぁ、時々それを守らない上忍も居るみたいだけど……いや、それが誰かは、あえて言わないで置こう。
「そうですね。こんなに賑やかなのって、初めてだから、楽しいです」
でも、逆にこんなにも普通の生活に触れたのは、初めての事だから、逆に新鮮で、楽しいと思う。
「そう言ってくれると嬉しいわ」
ちょっと笑みを浮かべて言った俺の言葉に、奈々さんも笑顔を返してくれた。
本当に、こんなに賑やかな朝なんて初めてだから、不思議な感じがする。
それに、自分が関わっているからかもしれない。
『、あいつの忘れ物じゃないのか?』
朝の洗物を終わらせて、今度は部屋の掃除を手伝う事にした俺に、『昼』が声を掛けて来た事で、視線を向ける。
向けた先に置かれていたのは、お弁当箱。
どう見ても、綱吉の為に準備されたものだよな?
「奈々さん!」
「はい、どうしたの?」
それを確認する為に、奈々さんの名前を呼べば洗濯物を干していた奈々さんが返事を返してくる。
「お弁当いるのって、綱吉だけ?」
「ええ、ツっくんだけね。あら?もしかして、あの子忘れて行っちゃったのかしら?」
それに対して俺が質問すれば、頷いて返された。
その後に、『仕方のない子ねぇ』と暢気に笑っているけど、お弁当忘れていったら、お昼抜きになるんじゃ!
「俺、届けてきましょうか?」
綱吉の気は覚えているから、迷う事無く辿り着ける自信はあるので、申し出てみる。
だって、このままお昼抜きじゃ、余りにも気の毒だから……
「そう?お願い出来るかしら?」
「はい」
「それじゃ、中学までの地図を……」
俺の申し出に、奈々さんが聞き返してくるので素直に頷けば、慌ててメモメモと言い始める。
「いえ、必要ないです」
綱吉の忘れ物を届けるのを申し出れば、奈々さんが中学までの地図を準備してくれようとするが、それを引き止めた。
綱吉の気配はもう覚えているから、迷う事無く目的地に向かう事は出来る。
「並盛中の場所分かる?」
「場所は分かりませんけど、綱吉の居場所は分かりますから」
制止した俺の言葉に、奈々さんが心配そうに問い掛けてくるのに、しっかりと返事を返す。
まぁ、気配駄々漏れの綱吉だから、居場所は分かり易い。
でも、流石に『渡り』を使うのは不味いから、歩いて行くか。
「そう、それじゃ、気を付けていってらっしゃい」
俺の言葉に少しだけ不思議そうな顔をした奈々さんが、それでもお弁当の入った袋を渡してくれる。
「はい、いってきます」
それを受け取って、肩に何時もの様に『昼』を乗せて沢田家を後にした。
家を出て、綱吉の気配を確認する。
うん、見失う事無く、はっきりとその存在を感じる事が出来るから、大丈夫そうだ。
『……弁当を忘れていくなど、情けないヤツだ』
「まぁ、そう言うなって、子供らしくて微笑ましいだろう?」
のんびりとした足取りて綱吉が居る方に向かって歩いている俺に、『昼』が呆れたようにため息をつく。
それに苦笑を零しながら返し、聞き返したら、また盛大なため息をついて返された。
俺としては、微笑ましいと思うんだけどなぁ……表のナルトのイメージって、何となく綱吉と被るんだけど
そんな事を考えながら、綱吉の気配の方へと歩く。
多分、走ればものの数分で辿り着きそうな気配は、その場所から殆ど動かない。
「授業中だと、届けられないよなぁ……その場合は、事務室に行けば通してくれると思うか?」
『こっちの世界の事は、オレにも分からない』
「だよなぁ……んっ?綱吉の傍にリボーンの気配?」
動かない=授業中だろうと考えると、さてどうしたものかとため息をついて『昼』へと質問すれば、こちらもため息をつきながら返してくれた。
まぁ、そうだろう。
それに頷いて返してから、綱吉の傍にもう一つ良く知った気配を感じて首を傾げる。
そう言えば、綱吉が学校に行ってから、その姿を見てなかったけど、どうやら綱吉の様子を見るのもリボーンの仕事なのだろう。
うーん、ならリボーンに聞けばどうすればいいのか教えてくれるかな?
とりあえず、目的を綱吉からリボーンへと変更。
この世界の事は、この世界の住人に聞くのが一番。
「これが、並盛中学ねぇ……でっかいなぁ……」
そう思いながら、目の前の学校と言う建物を見上げた。
沢山の人の気配を感じるのは、ここ学校だからだろう。
駄々漏れの気配が大量に感じられて、出来れば好き好んでは行きたくない場所だ。
「……人酔いしそう……」
『なら、このまま帰るか?』
当然の事ながら一般人ばかりなので、無意識に人の気配や心を感じ取ってしまう俺にとっては出来ればこのまま帰ってしまいたいと思えるぐらい、嫌な所になる。
でも、お弁当を届けないと、綱吉は昼飯抜きになるだろうし……
ボソリと呟いた言葉に、『昼』が少しだけ心配そうに質問してくる。
「行かない訳には、いかないよな」
それに俺は、手に持っているお弁当を見て小さくため息をついた。
とりあえず、リボーンと接触して、このお弁当を綱吉に届けて………
心の中でこれからの事を考えていた俺は、誰かの気配を感じて、慌ててその場所から数歩下がった。
その瞬間、ビュンと何かが風を切る音が聞こえてくる。
「ふーん、僕の攻撃を避けるなんて、やるねぇ。でも、君、平日のこの時間に何で私服なんかでウロウロしているの?サボリだと言うなら、僕が咬み殺す」
視線をその元凶へと向ければ、黒い服を肩に掛けた少年が嬉々とした表情でなんとも恐ろしい台詞を吐く。
いや、咬み殺すって、どんな殺し仕方だ?!
「ちょ、ちょっと待った!」
「待てない。言いたい事があるなら、早くいいなよ」
ギョッとして、少年に制止の声を上げるが、もう既に少年は手に持っている武器で攻撃してくる。
短気過ぎるし、何よりも自分勝手過ぎるぞ?!
「……仕方ない」
容赦なく攻撃を仕掛けてくる少年に、ため息をつき一つの印を組む。
「何の真似?」
「金縛りの術!」
俺の動きに対して、少年が訝しげにその眉を寄せた瞬間、組み終わった印の術を発動する。
術を知らない少年は、呆気ないほど簡単に術に掛かってくれた。
それを証拠に、少年の動きがピタリと止まる。
「……体が、動かない。僕に、何したの?」
自分の体が動かない事に、少年が睨みながら派手に殺気を飛ばしてくるが、そのぐらいの殺気など正直言って怖くもなんともない。
「人の話を聞かないから、動けなくした」
「さっさと解きなよ!」
「解いたら、また襲ってくるだろうから、そのまま話聞いて貰うんだよ」
睨んでくる少年に、あっさりと口を開けば、命令口調で返してきたので、ため息をついて返事を返す。
ここで術を解いたら、直ぐに殴りかかってくるだろう。
その殺気が、物語っているからな。
「俺は、サボリじゃないから、あんたに咬み殺される筋合いはない。ここに居るのは、この学校に通っているヤツが忘れ物したから届けに来ただけだ」
「話は聞いたんだから、さっさと解きなよ!」
「……んじゃ、殴りかかって来るなよ」
俺の話を聞いてから、またしても命令口調で言ってくる少年に、もう一度ため息をついてから、警戒しながらも術を解く。
術が解けた瞬間、ガクリと少年の体から力が抜けたが、そこは根性なのか俺に無様な姿を見せないように体制を整えた少年が、持っていた武器を一瞬で片付けた。
その動きは、忍びに匹敵するかもしれないほど俊敏で、武器も見事なまでに隠されている。
思わず、『お見事』と口から出そうになって、慌ててその口を閉ざした。
「君がここに居る理由は分かった。だけど、校舎に勝手に入るのは、許さないよ」
「勝手に入るつもりはなかったんだけど、どうしたら、許可くれるんだ?」
「簡単だよ、君が僕と殺り合ってくれれば許可してあげる」
俺の質問に対して、少年がまたしても武器を構える。
いや、何でこんなに好戦的なんだ、この少年は?!
「……遠慮しておく。『昼』、悪いんだけど、これ綱吉に届けてくれ。俺はここで待ってるから」
『……結局、こうなるんだな……』
持っていた弁当を『昼』に渡して言えば、盛大なため息をつきながら『昼』がそれを受け取る。
そして、その姿が一瞬でその場から消えた。
「……何、あの白いの何処に行ったの?」
『昼』が居なくなった事で、少年が眉間に皺を寄せながら質問してくるが、答えない。
意識を消えた『昼』に合わせれば、『昼』を通して綱吉の驚いた声が聞こえて来た。
まぁ、突然白猫が弁当持って現れたら驚くだろうけど、綱吉の場合は驚き過ぎだ。
呆れたように『昼』が文句を言っている言葉を聞きながら、思わず笑ってしまった。
「人の事無視しないでくれる」
「ああ、悪い。用事は終わったから、俺は帰る。『昼』、有難う」
『あのガキは煩過ぎだ』
不機嫌な声で文句を言って来る少年に、素直に謝罪の言葉を返してから、戻って来た『昼』に礼を言う。
そして、その頭を優しく撫でれば、ため息をつきながら『昼』から文句が返ってくる。
それに苦笑を零して、もう用はないと言うようにその場から踵を返した。
「待ちなよ!僕の用事はまだ終わってないよ」
「俺の用事は終わった。あんたに用はない。だから、帰るんだよ」
だけどそれを少年が呼び止めるので、首だけで振り返り、バッサリと切り捨てる。
シカマルじゃないけど、面倒くさい。
思わず、ため息をついても許されるだろう。
好戦的なヤツは、苦手だ。
「」
さっさとその場を離れようとした所で、名前を呼ばれて立ち止まる。
声の主は、確認しなくても分かっているが、来るんならもっと早く来てもらいたかったんだけど
「何?リボーン」
勿論その気配が、俺と好戦的な少年が向かい合っている時から近くで様子を伺っていたのは知っている。
当然、あの少年を止める気がない事も分かっていたので、あえて無視していたのだ。
「良くここが分かったな」
「質問する内容が間違ってるな。俺は、離れた場所でも気配を探るのは得意なんだ」
「ほぉ、便利な能力だな」
感心したように言われたその言葉にため息をつきながら答えれば、満足そうな笑みで返された。
気配を読むのは、忍びにとっては一番重要な事だ。
まぁ、流石にここまで気配に敏感なヤツは、木の葉広しと言えども俺だけかもしれないけどな。
「赤ん坊の知り合いなの?」
短い会話を交わした俺とリボーンに、直ぐ傍に居る少年が声を掛けてくる。
赤ん坊?えっと、間違いなくリボーンの事だよな?
確かに、見た目で言えば、赤ん坊で間違っていないかもしれないけど、俺は本当の姿を知らなくてもこの子供を赤ん坊とは言えないかもしれない。
「そうだぞ。こいつは別世界から来た忍者だ」
「忍者?」
「って、あっさり人の正体バラさないでくれないか?」
予想に反してリボーンはあっさりと、俺の正体をバラしてくれた。
言われた事に、少年の綺麗な眉が寄せられるのをチラリと見てから、ため息をついてリボーンに対して文句を言うが、相手は全く気にした様子もない。
まぁ、俺の正体が少年に知れても、別段問題ないからいいんだけど
「本当はヒバリと遣り合う所を見るつもりだったんだが、全く相手にならねぇみたいだな」
「そんな事だろうと思った。まぁ、一般人と忍者じゃ身体能力が違うんだよ」
しかもあっさりと様子を見ていた事まで白状してくれたことに、もう一度ため息をついて返す。
確かに少年は一般人にしては動ける方かもしれないが、暗部として動いていた俺にとっては、精々下忍レベルクラスでしかない。
「で、今更で悪いんだが、少年の紹介はして貰えるのか?」
「何だ、興味あるのか?」
「後ろで殺気立っている少年が睨んでいるから聞いてみた」
「ねぇ、さっきから人の事少年少年って、君の方が明らかに僕より年下にしか見えないんだけど」
リボーンの後ろから俺に殺気を送ってくる少年をチラリと見てから、リボーンへと問い掛ければ、意外だと言うように聞き返して来る。
それに対して、小さくため息をついて返せば俺の言葉が気に入らなかった少年が更に俺の事を睨んで来た。
確かに、俺の方が少年よりも年下になるだろう。
でも、別段馬鹿にして少年と呼んでいる訳じゃない。
名前を知らない相手を、少年少女と呼ぶのは俺の癖なのだから
それが年上だろうが、子供と呼べる年齢の相手には、そう呼ぶのだ。
「気分を害したのなら謝っとく。悪気はないんだ、名前を知らない相手をそう呼ぶのは癖だからな」
「……謝っているようには聞こえないんだけど」
「そうか?なら謝罪代わりに名前を教えてくれないか?俺の名前はだ」
素直に悪いと思ったので、謝罪の言葉を口にすれば少年が不機嫌な声で返してくる。
俺としては十分謝ったつもりだったんだけど、気に入らないと言われたので、では少年を改める為に名前を聞く事にした。
名前を知らなければ、何時まで経っても少年呼びになるからな。
「謝罪代わりに、何で名前を教えないといけない訳?」
「名前知らないと、ずっと少年呼びになるからだけど?」
自分の名前を名乗って質問した俺の言葉に、気に入らないと言うように問い返されたので、理由を話せばまたしても不機嫌な顔になる。
この少年、扱いが難しいんだけど
俺が何を言っても、少年の機嫌を損ねるって、どうしたらいいんだ?
「こいつは雲雀恭弥だぞ。一応、ボンゴレの一員だ」
「赤ん坊!勝手に人の事教えないでくれる!!」
どうしたものかと思案していれば、サラリとリボーンが少年の名前を教えてくれた。
そう言えば、リボーンが少年の事をヒバリと呼んでいたのは、それがこの少年の苗字だからかだろう。
「ヒバリな。分かった。んじゃ、ヒバリ、もう会う事はないかもしれないけど、宜しくな」
「何、会う事がないのに、どうやって宜しくするって言うの?」
「まぁ、それはノリだ。リボーンが言うように、俺はこの世界の人間じゃないからな、これで会うのは最後かもしれないだろう?」
「帰る前に僕と勝負して貰うよ」
って、また振り出しに戻ってるぞ。
突っ込まれた内容に聞き返すように言った俺の言葉に、ヒバリがまたしても勝負を申し出てきた。
まぁ、体を動かすのは嫌いじゃないけど、流石に一般人を相手にするのは……
「いいじゃねぇか、勝負してやれ」
どうしたものかと考えていれば、リボーンが楽しそうに言ってくる。
いや、良くないし!
「そう言っても、用事は終わったんだから、帰れなきゃ奈々さんが心配するだろう?」
「心配ねぇぞ、ママンにはオレから連絡しといてやる」
ニヤリと笑うリボーンのその言葉に、これ以上逃げる事が出来なくなってしまう。
言われた事に盛大なため息をついて、俺はヒバリに向き直った。
「んじゃ、勝負って訳にはいかないけど、相手にはなるぜ」
諦めて言えば、好戦的なヒバリが嬉々とした表情になる。
その後、ヒバリと1時間以上も体術する事になった。
どっちが勝ったかって?
そんなの、勝負した訳じゃないんだから、勝ち負けなんてある訳がない。
まぁ、強いて言えば、俺がヒバリを特訓していたようなものだ。
どうやらヒバリは、戦えば戦うほど強くなるタイプらしく、最後の方では始めた時よりも間違いなくスピードが速くなっていた。
その結果に、リボーンは満足そうな表情だったのは言うまでもない。
小さなチャンスも逃がさないリボーンは、抜け目ない家庭教師と言う事なのだろう。
家に帰って来た綱吉にその事を話せば、かなり驚かれてしまった。
しかも、本気で同情されてしまったのが、なんとも言えないぐらい複雑な気分だったのは言うまでもない。
俺、早く帰った方が平和なんじゃないだろうか?
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