いつもの時間に目を覚ます。

 正直言って、あまり眠ることが出来なかったのは、仕方ない事だ。
 慣れない気配が傍に居るのだから、当然の結果。

 だからと言って、綱吉達を警戒している訳じゃない。
 これは、今日まで生きてきた中で培われてしまったモノなのだから仕方ないだろう。

 起き上がって、ため息をつく。
 すぐ傍で、綱吉が寝ているのが分かるから、出来るだけ物音は立てないように気を付ける事は忘れない。

『眠れなかったのか?』

 ゆっくりと立ち上がった俺に、小さな声が聞こえてくる。
 それに視線を向ければ、『昼』が少しだけ心配そうな顔をして自分を見ていた。

「……これは、仕方がないよ……」

 頭では大丈夫だと分かっていても、体は否応なしでも警戒する。
 忍びなのだから、こればかりは仕方がない事だ。

「それよりも、『昼』は、『夜』と連絡が取れそうなのか?」
『……あと少しと言ったところだな……かなり距離が離れているとみていいだろう』

 それ以上、何かを言われる前に、今度は『昼』へと問い掛ける。
 そうすれば、ため息をつきながら返ってきた言葉。

「そうか……負担になると思うけど、頼むな」

 これが同じ世界なら、負担が掛からない所か、当たり前に連絡を取り合っている事を知っている。
 だけど、それが次元を超えた場合どう言う影響が出るのかは流石に分からないので、心配しながらも『昼』を頼る事しか出来ない事に、申し訳なく思ってしまう。

 だからと言って、流石に俺では、次元を超えてしまっている状態で、『渡り』をする事は出来ない。

『気にするな、負担にはならない』
「有難う」

 申し訳なく思っている俺の心情を読んだのか、『昼』が口にしたその言葉に、笑みを零してお礼の言葉を返す。

「起きていたのか?」

 そんな中突然聞こえて来た声に、ハッとする。
 振り返れば、ハンモックに寝ていた筈のリボーンが起き上がって自分を見ていた。

「そっちこそ、起こしてしまったのなら、悪かったな」
「いや、オレもこの時間に起きているからな、心配するな」

 だからこそ、苦笑を零しながら言えば、ハンモックから飛び降りてから返された言葉にほっとする。

「それなら良かった。流石に、まだ早い時間だから、起こしたのなら申し訳ないからな」
「そんなに早くねぇだろう、ダメツナはこの時間はまだ熟睡しているがな」

 素直に自分の思った事を言えば、普通に返されてしまう。
 確かに、早いとは言っても朝の6時を過ぎているのだから、起きる人は起きている時間だ。

「確かに……ああ、そう言えば忘れていた。リボーン、おはよう」
「……Buon giorno」

 リボーンの言葉に納得して頷いてから、そう言えばまだ朝の挨拶をしていなかった事を思い出して言えば、一瞬驚いたような表情をされて不思議な言葉で返された。


 えっ、何、ぶおんじょるのって??


「イタリア語で、おはよう、だ」

 リボーンから返された言葉の意味が分からずに不穏な表情をしていたのだろう、それに小さくため息をつきながら、説明してくれる。

 イタリア語ねぇ……イタリアが何処の事かは知らないけど、そんな言葉があるんだな、ちょっと驚いた。
 でも、その言葉で返事を返してくれたって事は、リボーンはイタリアの方に居たってことなのだろう。

「そっか、返事返してくれたんだ」

 まさかリボーンから返事が返されるとは思っていなかったので、別の国の言葉で返されたとしてもちょっとだけ、嬉しい。

「オレとしては、まさか、ここに来てお前の表情が読めるとは思わなかったぞ」

 思わず口元が緩んでしまった俺に対して、リボーンが意外そうに言ったその言葉に首を傾げる。

 元々、俺は自分の事をポーカーフェイスだとは思っていない。
 どちらかと言えば、顔に出る方だと知ったのは、ナルト達と行動を共にするようになってからだ。

 だって、ナルトやシカマルには良く表情を読まれるんだよなぁ、俺。

は、元々心を許した人間には、ポーカーフェイスにはなれないからな』
「『昼』」

 心の中で考えていた事をずばりと言われて、それを言った相手の名前を呼ぶ。
 そうか、俺って心を許した相手には、ポーカーフェイス出来ないんだ。


 そんなこと、初めて知った。


「ほぉ、なら、こいつは、オレに心を許したって事なのか?」

 『昼』が言ったその言葉に、リボーンが感心したように聞き返してくる。

『読めたというなら、そう言う事だろうな。呪われし者』
「ちょ、『昼』!」

 それに鼻で笑うように返した『昼』に、咎めるように名前を呼ぶ。
 しかも、呪われし身って、まんまの呼び方はやめてくれ!

「そう言えば、お前らには見えるんだったな。オレの本当の姿が……」

 慌てた俺の前で、リボーンがポツリと呟いた言葉は、何処か悲しみに満ちた表情をしていた。
 その表情を前に、掛ける言葉が見つからない。

 もしかしたら、その表情が俺の良く知っている相手に似ていたから、放って置けなかったのかも

「例え呪われていようと、生きていられれば、必ず何かを得る事が出来る。そして、呪いは、何時か必ず解けるからな」

 だから、思わずそんな事を口走っていたのかもしれない。
 そういった俺を、一瞬リボーンが驚いたように見上げてくるから、ニッコリと笑顔を見せた。

「だからこそ、生きている時を大切にしたい。それが、自分が生まれてきた証になるから……」

 俺が、生きている証。
 そして、ナルト達に出会えた事。
 それが、俺にとって何よりも大切で無くしたくない大切な得られたモノ。

「……くだらねぇな。だが、悪かねぇぞ」

 俺の言葉に、何時の間にかスーツに着替えていたリボーンが帽子で顔を隠しながら言ったその言葉に、また笑みを浮かべる。
 リボーンにとっても、そう思える程の出会いがあったのなら、いいと思う。

「ママンが朝食を作ってくれてるから、下に下りるぞ」
「了解!でも、綱吉は起こさなくていいのか?」

 リボーンが部屋を出て行く前に、俺へと声を掛けてくれた。
 それに頷いてから、まだ寝ている綱吉に対して疑問を口に出す。

 中学校と言うのが何時から始まるのか分からないが、普通に考えて学校と言うのなら、そろそろ起きた方がいいと思うんだけど

「気になるなら起こしてやれ、じゃねぇと、いつも通り朝食抜きだからな」

 質問した俺に、リボーンがあっさりと返してきた内容を考えると、もう起きた方がいいって事なんだよな?
 朝食抜きって言うのは、流石に体に宜しくないと思うので、居候させて貰った恩返しに起こしておくか。

「綱吉、おーい、綱吉!」

 そう思って、名前を呼ぶが、反応はない。

 俺、こんなに寝起きの悪い奴、初めて見た。
 俺の周りに居るのは、皆忍者だから、当然名前を呼んだだけで飛び起きる奴ばかりだ。

『感動している場合か、本気で起こしてやらないと、起きそうに無いぞ』

 初めての反応に感動していた俺に、『昼』が呆れたように声を掛けてくる。

 確かに、本気で起こさないと起きそうに無いよな、揺すったりした方がいいのだろうか?
 でも、そんな事したら、普通なら命に係わるんだけど……

『心配しなくても、こいつはまだ普通の子供のようだから、大丈夫だろう』

 寝ている相手に対して体に触る=攻撃されると言うのが、忍者の一般常識だ。
 それを考慮して考える俺に、『昼』が更に口を開く。

 まぁ、確かにマフィアのボス候補らしいけど、本人は嫌がっているし、まだ普通の子供だと言われる方が納得する。
 普通の子供って、攻撃しないものなんだよなぁ……。

「綱吉、今日も、学校だって言っていただろう、起きなくても大丈夫なのか?」

 『昼』からの助言を参考に、綱吉の体をゆっくりと揺さ振りながら声を掛ければ、『う〜んっ』と言う声と共に、漸く綱吉から反応があった。
 だが、反応があっただけで、起きる気配は無い。

「お、起きないんだけど、『昼』この場合、どうしたらいいんだ?」

 流石にここまでしても起きないなんて、俺にとってはまったく経験にない反応だ。
 いや、寝ている奴の体を揺さ振る行為自体、初めてなんだけど……

『オレが、起してやる』

 どうすればいいのか分からなくて、『昼』へと助けを求めれば、ため息を一つ零してから、『昼』が軽々と綱吉のベッドに乗る。
 何をするのかと、俺は思わずその行動を見守った。

『起きろ!』

 だが、次の瞬間には、見守った事を後悔してしまう。
 事もあろうか、『昼』は綱吉の上に乗った瞬間、爪を出しそれで綱吉の顔を引掻いてしまったのだ。

「いってぇ〜!!」
「『昼』!!!」

 その行動で、当然の事ながら綱吉が飛び起きて悲鳴を上げる。
 俺は、慌てて『昼』を綱吉の上から退けた。

「だ、大丈夫か、綱吉?!」

 そして、引掻かれた頬を押さえている綱吉へと声を掛ける。

「あ〜っ、まぁ、びっくりしたけど、何とか……オレ、もしかして『昼』に引掻かれたの?」

 頬に『昼』の爪の痕を付けられた綱吉が、涙目で状況を確認してくるのに、コクリと頷いて返す。
 まさか、『昼』が綱吉を引掻くとは思ってもいなかったので、俺の方が驚いた。

「大丈夫じゃないよな。傷になってる……ごめん、今直すから」
「えっ、いや、本当に大丈夫だから……って、?!」

 ミミズ腫れ状態の綱吉の頬に、そっと手を触れて目を閉じる。
 そんな俺に対して、綱吉が慌てたように口を開くけど無視。
 意識を綱吉の傷に集中して、自分の気を流す。

「何、あたたかい……あれ?傷が、なくなってる?」

 大した傷じゃなかったから、直ぐに綺麗に無くなった傷跡にホッとする。

『お前が、治すほどの傷じゃないだろう』

 綺麗になった綱吉の頬を見て安心した俺に、『昼』が呆れたように呟くけど、その傷を作った原因が言う事じゃないと思う。

「『昼』が綱吉を引掻くのが悪いんだろう」
『起きないこいつが一番悪い』
「『昼』!」

 そんな『昼』に文句を言えば、そっぽを向きながら返される。
 それに対して、まったく反省していない相手を咎めるように名前を呼ぶ。

「えっ、ごめん、オレの事起こしてくれたんだ。有難う……お陰で、遅刻しなくてすむよ」

 だけど、そんな俺達に、傷を付けられた本人がお礼の言葉を口に出したので、それ以上文句を言う事は出来なくなった。

も、傷を治してくれて有難う。折角起こして貰ったから、朝ご飯一緒に食べに行こうよ」

 そして、続けて笑顔で言われた言葉に、更に言葉を失う。
 そんな事で、お礼を言われるなんて思っても居なかったので、驚きを隠せない。

「いや、傷付けたのは『昼』だから、治すのは当たり前で……」
「そんなに気にする事無いよ。リボーンの奴が起こす時には、もっと酷い方法で起こされるから」

 だから、慌ててお礼を言われる必要は無いのだと口を開きかけた俺に、綱吉が更に笑顔で言ってから、顔を青くして言われた内容に、それが簡単に想像出来てしまって、思わず笑ってしまった。
 確かに、こんなに起きないのなら、リボーンに色々されていても不思議じゃない。

「そりゃ、起きない綱吉が悪いな」
「起きれないんだから、仕方ないだろう!」

 思わず笑いながら言った俺の言葉に、綱吉が返してきたそれにまた笑ってしまう。

 まぁ、これが一般の子供の反応なのだろう。
 ちょっとだけ、それに触れられた事が嬉しい。


 自分にとっては、無縁の世界なのだから


「あれ?ツっくん今日は、起きたのね。もしかしてくんが起こしてくれたのかしら?」

 綱吉と揃って下に下りた俺達を見た奈々さんが、驚いたように言ったその言葉に、日常が手に取るように分かってしまった。

 うん、綱吉、毎日ぎりぎりまで寝ているタイプなんだろうな。
 起こした時、なかなか起きなかった事も、それを物語っている。

『違う、オレが起こしたんだ』
「あら、そうなの?有難うね、『昼』ちゃん」

 奈々さんの言葉に、不機嫌な声で『昼』が口を開けば、ニッコリと笑顔で『昼』に対して礼の言葉を口に出す。

 本当に、この人が綱吉の母親だと言うのは、かなり驚きだよな。
 お姉さんだと言われた方が、素直に納得出来そうだ。

「朝食出来ているから、食べちゃってね。くん、朝はパンだけど大丈夫だったかしら?ダメなら、和食のモノを作るわね」
「いえ、大丈夫です。有難うございますね」

 そんなことを考えていた俺に、奈々さんが心配そうに質問してきた事に、笑顔で返事を返す。

 まぁ、基本俺はどっちでも問題ない。

「ふふ、くんの目、とっても綺麗ね。顔を隠すのは、勿体無いわ」

 笑顔で返した俺に、奈々さんが嬉しそうな笑顔で、俺の顔を見る。
 身長がちょうど同じぐらいだから、真正面から見られて、ちょっとだけ恥ずかしい。
 しかも、真っ直ぐに自分の目を綺麗だと言われて、なんと返せばいいのか分からなくなった。

「えっ、あの……」
「母さん、が困ってるよ」
「あら、ごめんなさいね。くんの瞳が余りに綺麗だったから」

 返答に困っている俺に、綱吉が助け舟を出してくれる。
 それに、奈々さんはまた笑って俺の頭を撫でてから、離れていった。


 って、今、俺頭を撫でられたのか?!
 女の人に頭を撫でられたのなんて、初めての事なんだけど……


「母さんは、天然だから、あんまり気にしなくても大丈夫だよ」

 やっぱりどういう反応をしたらいいのか分からなくて、去っていった奈々さんの後姿を呆然と見送った俺に、綱吉がため息をつきながら声を掛けてくるけど、それに返事を返す事も出来ない。

?」

 そんな俺に、綱吉は不思議に思ったのか、名前を呼んで顔を覗き見られた。

 なんて言うか、ここに来て初めての体験ばかりだ。

 誰かの傍で寝たのも初めてで、こうやって一般の人と一緒に過ごすのだって初めて、勿論、女の人に頭を撫でられたのなんて一度も経験した事もない。

 でも、これが普通の子供なら、当たり前の事なのだろう。


 そう、俺は、普通じゃないから


でも、顔が赤くなるんだね」

 だから、どんな反応を示せばいいのか分からなかった、俺の顔は真っ赤になっていたらしい。
 綱吉が感心したように呟いたそれで、漸く自分の顔が熱くなっている事に気付いた。