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「『昼』、ここ何処だ?」
確か、一族の仕事を終わらせた俺は、何時ものように家に帰るのに『昼』の渡りで戻ろうとしたはずなのに、着いた先は見知らぬ町並み。
しかも、仕事を終えたのは夕刻だったにも拘らず、今の空は燦々と降り注ぐ太陽の光が眩しいくらいだ。
『残念だが、オレも知らん。どうやら何かの力に邪魔されて、違う世界に来たようだな』
キョロキョロと辺りを見回して状況を確認しようと口を開いた俺に対して、『昼』がきっぱりと返してくれる。
いや、それは俺にも十分分かっているんだけど
大体、邪魔されたって、一体何に邪魔されたんだよ!!『昼』が渡りを失敗した事なんて、今まで一度だってないのに!!
「分かった。理由は追求しない事にするから、帰れそうか?」
心の中で、疑問を口にしても意味がない事は分かっている。
だけどこれ以上の追求をしても、自分の望む答えが戻ってくる事はないと悟った俺は、意識を切り替えて違う内容の質問をした。
『……直ぐには無理だ。『夜』と連絡がつけば直ぐに帰れるだろうが、呼び掛けても返事がない。まず、この世界を理解しない事には帰れないだろうな』
あ〜っ、うん、分かっていたんだけどね。
多分、直ぐに帰るのは無理だろうなぁって、だって、『昼』が『知らん』ってきっぱりと言ったから
分かっていれば、まだ直ぐに帰れたかもしれないんだろうけど、分からないと言う事は全然知らない場所で、直ぐには帰れない事を示しているんだって事。
「幸いしたのは、これが暗部の仕事じゃなくて、一族の仕事だったてところだな」
想像ついていた通りの『昼』の返事を聞いて、盛大なため息をつく。
そして、思わずついて出てしまったのは本音の言葉。
『何だ?』
「いや、これで帰るのが遅くなっても、心配掛けずにすむから」
ボソリと呟いた俺に、『昼』が聞き返してくる。
それに対して、俺はもう一度ため息をつきながら返事を返した。
まぁ、必然的に『夜』には心配掛ける事になるだろうけど、きっと『夜』なら上手く二人を誤魔化してくれるだろうと信じたい。
「とりあえず『昼』は『夜』に連絡取れるように呼び掛けて……」
出来るだけ早く帰れるように頑張ってと言おうとしたその言葉を飲み込んで、バッと後ろを振り返る。
まったく警戒していなかったけど、明らかに人の気配を感じたから
「お前、何者だ?」
そして自分に向けられたのは質問と、銃口。
目の前に立っているのは、幻の男。
「どこ見てやがる、オレはこっちだぞ」
その幻の相手を見詰めていれば、また声が聞こえてきた。
今度は、間違いなく自分の足元から
「どこって、目の前に居る相手が、どう見てもあんたの本当の姿だろう?」
自分の足元に立っているのは、小さな子供。
赤ん坊といっても良いだろうその子供に、はっきりと幻の姿が重なっているのが見える。
「何言ってやがる。怪しい奴だな」
「何って、俺には本当の姿が見えているって事だよ。呪われた身だろう、あんた」
見た目は赤ん坊だけど、明らかにそれは呪われた事によって生じた弊害。
だから、俺には本当の姿が見えているって事。
これでも俺の本職は、トップクラスの祓い屋だからな。
俺の言葉で、目の前の相手がピクリと反応する。
「……お前、何者なんだ。目の前に居ても気配を感じねぇぞ」
そして、さらに警戒するような質問が投げ掛けられてしまった。
う〜ん、怪しい格好しているし自分が怪しい人間だと言う事は誰よりも自覚しているけど、そんなに銃口向けなくてもいいと思うんだけどね。
「……さぁ、何者だろうな」
警戒心丸出しの相手に、分かっていても挑発的な笑みを見せ逆に問い返すように言葉を返す。
それに、またピクリと端整な眉が反応するのは見逃さない。
「あ〜!!リボーンお前何見ず知らずの人に銃なんて向けてるんだよ!!」
だけど、緊張した空気が慌しい声によって四散する。
もっとも、俺はその気配には気付いていたので驚きはしない。
それはこの呪われた身の男も同じようで、チラリと声を掛けてきた相手を見てあからさまなため息をついた。
「うるせーぞ、ダメツナ」
「煩いじゃないだろう!一般の人に……一般の人だよな?」
視線を向ければ、茶髪のつんつん頭の制服を着た男子が近付いてきて、舌打ちするように言われたその言葉に文句を言って、俺を見てから何ともいえない複雑な表情を見せる。
まぁ、今の俺の姿は暗部服なのだから、どう見ても一般人には見えないだろう。
今日は怪我をしていないだけ、マシかもしれないが
目立たないように黒を基本に作られている暗部服は、昼間に見ると逆に目だってしまうだろう。
「心配してくれたのに悪いんだけど、一般人ではないな」
「ってことは、またマフィア関係?!」
怪訝な目で自分の事を見てくる制服を来た男に、小さくため息をついて口を開けば、明らかにうんざりした様に返してきた。
マフィア?木の葉では、余り聞かないけど、そう言う組織がある事は聞いている。
もっとも、迷い込んだこの世界ではマフィアが常識なのかもしれないけど
「いや、マフィアじゃないな……悪いけど、カミングアウトしちまえば、この世界の人間でもない」
『、話すのか?』
「ああ、こいつ等は悪い奴には見えないから、事情を話しといた方がいいだろう」
流石に、この姿で日中の街中を歩くのも躊躇われる。
例え、この世界が自分の居た世界とは違うと分かっていても、それは同じだ。
「な、ね、猫がしゃべった?!」
今まで黙って様子を窺っていた『昼』が、俺が言ったその言葉に口を出してくる。
それに頷いて返せば、制服姿の男が、驚きの声を上げた。
「タダの猫じゃねぇのは、気配からも分かっていたんだが、しゃべるのか」
『ただの猫じゃないのが分かっただけでも褒めてやる。おい、いい加減に向けている物騒なものを仕舞ったらどうなんだ?』
そして、呪われた身の男はさほど驚いた様子も見せずに感心したように呟く。
だけどいまだに俺に向けられているそれが気に入らないのか、しっかりと『昼』が喧嘩を売ってくれた。
「いや、俺は気にしないから……」
そう言えば、『昼』がしゃべる事で忘れられているようだけど、この世界の人間じゃないって、確かに言ったはずだよな、俺。
完全にスルーされている内容に、複雑な気持ちは隠せない。
こいつ等にとっては、『昼』がしゃべる方が、別世界の人間より重要な事なんだろうな、きっと……。
「怪しい奴なのは十分に理解したが、敵意はねぇみたいだな。詳しい話は、ダメツナの部屋で聞いてやるぞ」
「って、何勝手に決めてるんだよ!どう見ても、こいつ等怪しいんだから、家になんて連れて帰れる訳ないだろう?!」
暫く考えるような素振りを見せてから、呪われた身の男が漸く俺に向けていた銃口を仕舞い当然のように言われた内容に、制服を着た男が文句を言う。
この二人の関係は、傍で見ていると面白い。
一見見ると普通の赤ん坊に、制服を着た男が振り回されているようにしか見えない。
もっとも、この赤ん坊が、明らかにいい大人であるから、我侭に付き合わされていると言うのが本当のところだろう。
呪われた身の男の方が立場が明らかに上に見える事からも、もしかしたら師弟関係なのかもしれない。
「うるせーぞ、ダメツナ!言っただろうが、怪しいのは分かってんだ!だが、こいつ等から敵意を感じられねぇんだから、近くで見張っておくのが一番良いんだぞ」
文句を言った制服男に対して、呪われた身の男が飛び蹴りをかます。
それは、流石に痛いだろうなぁと、不憫に思いながらも、先程から何度も言われている言葉に複雑な気持ちになるのは仕方ないだろう。
「怪しいを連発されると、自覚している身としても流石に傷付くんだけど……」
ため息をつきながらも、思わず愚痴を零しても許されるだろうか。
もっとも、目の前の二人組みには聞こえてないかもしれないけれど
『……厄介な所に来たかもしれないな……』
そう呟いた『昼』の言葉を耳に、再度ため息。
出来るだけ、早く帰れるように『昼』には頑張ってもらおうとひっそりと心で思った事は当然の結果ではないだろうか。
帰れないかもしれないと言う心配は、まったくしていないけれど、現実問題、これからどうなるのかちょっぴり不安になったのが正直なところだ。
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