読書三昧
Bookworm Corner
August 25,1998
「新宿鮫」
今回の読書の奨めは最近読んだ本の中でも出色の娯楽小説を紹介したいと思います。題名は「新宿鮫シリーズ」、著者は「大沢在昌-おおさわありまさ」。前から本屋の棚に並んでいましたが、新宿鮫という名前から、新宿のやくざでも扱った通俗小説くらいに思って、手に取った事はありませんでした。確か今年に入ってからだと思いますが、NHKで夜のドラマとしてこのシリーズの二作目「毒猿」を放送しました。たまたま何となく見始めたらこれが非常に面白く、結局このシリーズの本を全部買う羽目になってしまったのです。
この本は新宿警察署の一匹狼"鮫島刑事"をテーマにしたものです。刑事物と云えば、昔学生時代でしたが、エド・マクベインの87分署シリーズをよく読みました。本の内容は殆ど忘れてしまいましたが、テレビでも輸入物のシリーズとして一時この87分署のスティーブ・キャレラ刑事のドラマを放映していました。まだテレビが白黒の時代でしたが、テレビ好きの中、高年の方なら覚えていらっしゃる方もいる事でしょう。最近では日本のテレビの民放で、下町の警察署シリーズ"我が町"としてこの87分署の原作を使った日本版の焼直しドラマが時々放映されています。
刑事鮫島は元々はキャリア官僚として採用された男です。キャリアというのは皆さんもご存知のように国家公務員上級職の試験をパスしたエリートです。会社でいえば総合職のエリートのようなもので、各部署をあちこち回りながら少しずつ組織の全体を学び、最終的にはどこかの部門の責任者になるという人達です。警察官僚で上級職試験を通った人達というのは、現場の警察官から見ればいわば雲の上の人であり、直接の現場の捜査などには関係ない人達なのです。全国、二十万人の警察官の中で、キャリアはわずか五百人弱しか存在しないのですから、エリートという言葉すらあてはまらぬ程の希種なのです。彼等は日本国内の安全をどう守るかという観点からのみ現場を見ている、いわば治安の中枢を担う行政官僚とも言えます。この鮫島がなんで新宿署の一介の刑事として配属されているのか。詳しい事は本を読んで頂きたいと思うのですが、主な理由は鮫島の性格が総合職として事の清濁を併せ呑む事が出来ない、ある意味ではプロの職人気質である、という点にあるようです。主人公をキャリア出身でありながら現場のプロ、それも一匹狼として設定したところがこの本の面白いところです。
最近の金融情勢がらみで日米を比べてみますと、昔から感じていた事ですが、いろいろな分野に渡って適材適所に拘わる能力の使い方に関して彼我の違いがはっきりします。アメリカではウォール街でマーケットのプロとしてそのメカニズムを知り尽くしているルービンさんが財務長官をやっています。民間のプロが大統領に請われてそのまま行政の一部門の最高責任者になる。日本ではマーケットを良く知らないキャリア官僚に国会答弁を教わりながら、これ又マーケットを知らない国会議員が大蔵大臣として上に乗っかっていて、それに対して同じくマーケットを知らない野党議員が質問するという構造になっています。一寸考えただけでも戦略を要する競争の分野で歯が立つわけがない、という事が分かります。この新宿署にも大きな事件になると本庁からキャリアが派遣されて来て捜査の指揮をとりますが、現場の感に優れた鮫島刑事に鼻を明かされる事になります。キャリアとしては落ちこぼれの鮫島、恋人は今風でありながら気っぷのいい美人のロック・シンガー、鮫島に共感を持つ鑑識のプロ、子供が死んでマンジュウと云われながらも本当に必要な捜査には徹底的に鮫島に協力する上司、こうした人達が湿っぽく絡まず都会のドライさを匂わせながら新宿という大繁華街の犯罪模様を描いていく。勿論鮫島やその恋人の家族背景等は一切出てきません。
マンジュウと云われているこの上司がある時鮫島を自分一人でしか行かないバーに連れて行きます。そして彼が鮫島に奨めた彼専用のボトルがシーバス・リーガルだった、というのも嬉しい話です。テレビのドラマが面白かったので最初の一冊を買ってしまったのですが、あんまり面白かったので次々に買ってしまい、現在全六作の内五作目を読んでいます。一、二作は夜読み始めたら止められなくなり、水割りを飲みながら明け方まで読み続ける羽目になって、その後数日身体の調子がおかしくなりました。残り少ないので最近は一時間以上は読まないようにしています。週末や休暇に何か面白い本でも、と考えていらっしゃる方には絶対のお奨めです。但しウィークデイには読んではいけません。
(1)新宿鮫(しんじゅくざめ) 書き下ろし
(2)毒猿(どくざる) 新宿鮫 2
(3)屍蘭(しかばねらん) 新宿鮫 3
(4)無間人形(むげんにんぎょう) 新宿鮫 4
(5)炎蛹(ほのおさなぎ) 新宿鮫 5
(6)氷舞(こおりまい) 新宿鮫 6
著者 大沢有昌(おおさわ ありまさ)
発行所 光文社 カッパ・ノベルス
価格 各800円台
転寝坊 亭主