読書三昧


Bookworm Corner


August 20, 2011

吉田健一「文明について」


蓼科の書棚に既に何十年になるのか"吉田健一全集32冊"が置いたままになっています。購入した頃に数章読んだだけでそのままにしてありました。ウィキペディアによれば一部下記のように書かれています。

吉田健一吉田健一

「吉田 健一(よしだ けんいち、1912年(明治45年)4月1日 - 1977年(昭和52年)8月3日)は、英文学の翻訳家、評論家、小説家である。父は吉田茂、母・雪子は牧野伸顕(内大臣)の娘で、大久保利通の曾孫にあたる。ケンブリッジ大学中退。誕生日については、戸籍上は4月1日だが、吉田家では3月27日に祝っていた。英文学を始めとする、フランス文学やヨーロッパ古典文学への素養をもとに、評論や小説を著した。また、イギリスの文学の翻訳も多数おこなっている。父と親交の深かった長谷川如是閑の肝いりで、中央大学文学部教授(英文学)を一時期務めた。東京に生まれた。父の茂は当時外交官としてヨーロッパにおり、母雪子も出産後茂の元へ向かったため、健一は祖父である牧野伸顕に預けられた。1918年(大正7年)、父に随い青島へ行き、その後、パリ、ロンドン、天津と東京を転々として、1926年(大正15年)、天津の学校より暁星中学へ2年次編入、1930年(昭和5年)に同校を卒業しケンブリッジ大学キングズ・コレッジに入学した。ケンブリッジ時代に、それまでもあった濫読癖が刺戟され、ウィリアム・シェイクスピアやシャルル・ボードレール、ジュール・ラフォルグなどに熱中した。しかし、1931年(昭和6年)に急遽中退、帰国し、しばらくしてアテネ・フランセへ入り、フランス語を習得した。」

最初のところは以上のようです。私自身は健一氏は確か学習院でも学んだと読んだ事があります。文学を始めるにあたって誰に言われたのか、"森鴎外"を徹底的に読んでからにしろと言われた話を聞いた事があります。日、英、仏の完全なトライリンガルの文学者だった事になりますね。ただフランス語で書かれたものは聞いた事はありませんが、彼のフランス語を聞いた人によればフルエントでネイティブのようだったと言うのを読んだ事があります。正式には大学を出てないようですが、この人のような文学者になるとそんな事は問題になりませんね。長年殆ど読んだ事もなかったので、蓼科にいる間に少し読んでみようという気になりました。

「金澤」、「文明に就て」と書かれたXX巻目のものです。その中の「文明と文化」に続く幾つかの章です。「例えば激動のときということ」という章があります。その中にこんな事が書いてあります。「そしてそれはいつも饒舌を伴って来て今もさうである。これは別に何も考えてゐない人間が初めから何も考えてゐない、或は兎に角それを他人の仕事と思ってゐる人間に向かって意見を述べなければならないことから生じる當然の結果であって言ふことがないのに言ふことを強ひられれば言葉数が多くなるのを免れない。その時に自分には言ふことがないことを認めるだけの考えも否定しているのである。又それは必ずしもお座なりを言ふことにならなくて取り立てて言ふ程の考へはなくても絶えず言葉を使ってゐればお座なりを避ける位の智慧は身に付き、それよりも都合がいいことに相手が考へることを抛棄してゐることは自分の責任にならずにものを言ふことを許し、自分の考えに即してという制約を解かれれば、これは尤も初めからなかった制約であっても相手を見てそこに材料を得るといふ辯論本位の舞臺に上ることが出来る。又それならば言葉数は益々多くなる。」、「それで漸く又激動の時のことになる。もし精神の存在も忘れられてその考えるといふ働きが宙に浮き、例えば思想といふやうな言葉が幅を利かせてそれが人間といふ生きて考へるものの精神との繋がりを絶たれた陳列室の標本も同様のものになれば判断、或は判断という種類のことはその際に意味を持たなくなって兎に角何かの形での評價の基準は真偽の区別も既に失われて寧ろどういふ風にでも神経を刺激することの有無に移って行く。又そこに基準を置くことは頭の働きを殆どさうとは呼べない位に簡単に、或は安易にして真偽の判断が行われないことで神経の刺激は始終のことになり、その材料の刺激を余り弱めない程度にそれに何か付け加へるだけのことでものが言える。或はその刺激に別な形を與へて傳へればいいので、これも相手がさうしてどうなることかといふ気分にさせられるのを待ってゐるのであるから文句を付けたりする心配はなくてそこでも需要と供給が成立する。」

上記は昭和42年に書かれたものですから1967年になります。吉田氏が55才ということになります。何か本当の事を考えなければならない精神と、時流を追っている"激動のとき"という言葉を対比しています。これが書かれてから既に44年を経ていますが、カレンダーのようにマスコミを賑わす言葉と本当に日本を考える精神の格差は酷くなるばかりでもう手のつけようがないというのが私の印象です。



「カムイ外伝」何回読んでも面白い、"新宿鮫"以上です(2011年春号)


駐タイ大使・岡崎久彦 日本はどうなるのかと問われて(2011年夏号)

転寝坊 亭主





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