1/5 仏壇のある自宅で明日は新年と言う日の大晦日にあわてて、畳間、台所に掃除機をかけ、雑巾がけをする。
仏壇の花を生け、果物菓子等を供え、それなりに 新しい年を迎える。
1/19 もっぱら窯場の掃除。雑木が密集しているわけでもないが枯葉が広場に4,5日も経つと堆積する。
1/20 年が明けヒカンザクラが咲いた名護グスクへ車を飛ばして見に行ったがまだ、3分咲きくらいであった。
1/21 学生時代の同期生から2年ぶりに携帯へ電話がかかってくる。旅行に行かないかとの誘いだ。彼とは3年次に寝袋、
テントを持って一ヶ月半を掛け全国を一周した思い出の旅がある。浦添のイバノで昼食をしようとのこと。
2/15 ついこの間?実感のないままに還暦を通り過ぎ、こうもたやすく月日を送ってしまったのか。神経質でないのは良いが、惰性のままに
毎日を過ごしている気がする。どうにかしないといけないと感じているが怠けたいとも思っている。唯一健康維持
には気をつけ、運動公園でのテクテクは続いている。還暦を過ぎてから当然のように、多少時間がルーズでも今日
よりは明日とつねに前向きにやちむんの仕事をするつもりであったが、パタリと停滞した。還暦を過ぎてからがスパート
をするつもりであったのだが、、、その歳になってみるとそうではないのだ。体力的に無理がきかなくなったことが大きな
ことなのだが、それに準じて気力も落ちた。当に7年も過ぎている。グズグズ言っているのも御笑いである。なにしろヤチムン
(薪窯)は1にも2にも体力が大きくかかわってくる。創作することは今までどおりにできてもむやみやたらに、つくることが、
無意味に思えるのだ(コレハイイワケ)。そこには上焼きと焼き〆との違いもある。上焼きは釉薬を施柚する過程で
作り手の色合いの認識のもとに作品化される。それに比べ焼き〆は焼く強弱、炎の窯変(景色)による作品つくりで、
窯焚きが大きなウェイトをしめる。貴重な土を不必要な物質に軽々しく変えてしまうことは勝手すぎるのではないのかと、
イイワケのほうに向いている。ある意味で無駄の積み重ね(窯焚きにおいて)の中からでてくる作品を選ぶ作業が腑に落ちない。
薪窯(穴窯)を続けていくのには、常時スタッフと毎日一緒に仕事をしているわけでなく、窯焚きの時だけ人を集めてするように
しているので、まったくの素人をその時々にバイトを入れて窯焚きをするとどうしても、窯焚きにおける人手の確保もむつかしくなる。
(ある程度窯焚きを経験したものでないと薪のもやし方温度の上げ方で壷を割ってしまうからだ)。ほんとは、一人で窯を焚けるなら焚きたい
のだが、一週間、10日も焚くとなると無理な話で、5、6人でたち向かわないと完結できない。
2/20 ヤチムンはもはや現在は引退したようなかたちになっているが、だからと言って、まったく携わっていないのでも
ない。気が向けば作りだす状況です。いずれその気になってやりだすと思うが、その時のためにも窯場の管理維持は
続けていかなければいけない。窯場は35年も経過しているので修理個所を探せばきりがない。ヤチムンに関しては
自分なりに夢中になった時間をすごしたと思う。やはり今が大事で後々のことを考える歳でもある。
2/28 天気予報で、中国、北京がM2.5でどんよりとした霧が立ちこめたような空模様が映し出され、偏西風に乗って
日本に流れてくるおそれがあるとの、気象情報士の知らせがあった。今や公害問題もグローバルな地球規模で国境を
越えて影響が心配される。かっての、高度経済成長期の日本の四日市市のスモッグ問題もそうであった。
3/7(土曜日)ぐっすり眠った。まれに月一でAM9時にめざめることがある。その時は跳ね起きるほどに体の疲れが
吹き飛んでいて、3、40代のころの体力が戻ったようなすがすがしい気持ちになる。2日まえから、確定申告の
用紙を炬燵の上に広げたままだ。何とか書き込んで来週の期限までに提出しなければいけない。