白鳩
|
江田公三
|
|
|
| 夏の日差しが、海へとなだらかに下る草原を、白く見せている。
|
| 瀬戸内海のやさしい青と、深い紺色の空が、この島を抱きかかえて
|
| いる。微風、快晴。準備よし。試作機の発動機が唸りを立てた。僕
|
| らの一年半の思いが、今飛立つ。
|
| この小島には、武石技術将校と僕ら理科系学徒百名弱がいるだけ
|
| だ。僕らは、新型偵察機の開発という名目で、この島に集められた。
|
| 軍としては異例のことだが、武石技術将校が、幹部を説得して全国
|
| から選抜した。大学の理科や工専だけでなく、医専や農学校からも
|
| 学生を集めた。僕は神戸の医専からここへやってきた。すべての食
|
| 料は自分たちで賄い、何もかもが共同で行われる。健康管理が担当
|
| の僕も、医学生は手先が器用だろう、ということで部品の鑢がけな
|
| どを手伝わされている。それは楽しいことでもあった。兵器の開発
|
| をしているにもかかわらず、ここでの生活は別の国のようだ。
|
| そして、僕らの試作機「白鳩」が試験飛行に望む。なんとも気の
|
| 抜けた名前だが、技術将校が、子どもの頃に初めて見た飛行機から
|
| とったそうだ。まだ戦争の始まらない頃、新聞社が東京から大阪へ
|
| 飛ばした飛行機の名だ。
|
| 見慣れない銀色の後退翼をもつ双発機は、ひときわ甲高い音を立
|
| てると、するすると海に向かって走りはじめる。巻き起こる風が砂
|
| 埃を立てる。たちまち速度を上げると、ふわりと浮かんだ。
|
| 「おお」誰からともなく、声が漏れる。「白鳩」はそのまま地面
|
| を舐めながら海に出る。勢いをつけると左に旋回しながら大きな弧
|
| を描いて昇っていく。僕らを包む紺色の天蓋の壁を伝って、銀の楔
|
| はぐんぐんと小さく高くなっていった。天頂近くに届いたとき、そ
|
| れは、急速な降下に移り僕らの後方に回り込んだ。低い侵入角で近
|
| づいてくる。微かな響きだけを伴って。僕らの前を通り過ぎるとき、
|
| 轟音と凄まじい風が、僕らの頬を気持ちよく弄った。彼は、力強く
|
| 美しく僕らの前を駆け抜けて、再び海へ向かう。そして、また小さ
|
| な銀色の三角となって、軽やかに上昇していく。黒いほどの蒼い空
|
| に、くっきりと輝いて見せた。
|
| 数日前に日本が降伏してしまったのはラジオで知っていた。それ
|
| でも僕らは、飛行機を作り続けた。彼が戦場に出ることは、多分な
|
| い。そのことが僕にとっては嬉しいことのようだった。微風、快晴。
|
|
|
| 昭和二十年八月二十一日、僕らの戦争が終った。
|
|
|
|