僕の側にいてくれるわけM市のほとんどを見渡すことができる。図書館裏から線路の方に 下る土手には、雑草が群生している。この高校は城の本丸跡に建て られた。広大な敷地のほとんどが自然のままだ。五月にしては強い 日差しに心持ち目を細めて、僕らは黙って街を見ている。眼下の線 路が緩やかに右に曲がった先には、広いM駅。三の丸の辺りの古い 家並みには、仕舞い忘れた鯉のぼりが寂しげに泳いでいる。県庁の 堀端には、日差しをギラリと跳ね返す車の列。熱く焼けた街の向こ うには、大きく涼やかな色のS湖が広がっている。幸せそうな手漕 ぎボートがぽつりぽつり。久しぶりの高い空に小さく銀の飛行船が 漂っている。尻の下で潰された草の強い匂いが、僕らの間に満ちて いた。 「好きなんだよ、この場所」 「ええ」 答える声は、たちまちのうちに蒸発してゆく。緩やかに動く無音 の景色だけ。何もかもがいつまでも変わらず、何もかもがいとおし い、幸福な閉塞感。何からも自由で、それでいて何をするべきか誰 も教えてくれない時代を、こうしてただ世間を眺め続けることで消 費していく。それを誰かに肯いてほしくて、僕は一緒にいる。なぜ 僕の側にいてくれるのかそれは分からないけれど、僕はいつまでも 一緒にいたかった。上体を倒し、天を仰ぐ。背中に触れる大地が暖 かい。無数の光の粒がきらきらと爆ぜながら舞い下りる。 「……君」 視界の左から、逆光で覆い被さる小さな顔。つと、唇に柔らかな 感触。そして、再び強く押し付けられる。生まれてはじめての口づ けに戸惑いながら、僕はおずおずと抱きしめる。鼻と鼻を擦りあわ せるようにして、唇をなぞる。リップクリームのぬるりとした感触 と、柑橘類の香り。あわいから、ちろりと翳める舌。草の上を転が るように僕が上になると、ブラウスの裾から手を差し入れる。その まま腋の辺りまで這い登り、掌で包み込む。 僕の首を抱いて、頬擦りするように首を振ってみせる姿を見て、 出会ってから初めて自分の以外のことを考えていた。なぜ側にいて くれるのか、分かる気がした。遠慮がちに掌に力を入れて表情を窺 うと、愛おしさがこみ上げてくる。少し硬い手応えを感じながら、 僕は何をすればいいのか、分かり始めたように思えた。 |