この物語は、必ずしも子供が出来ないことを不幸に思う話ではないようです。主人公は地下鉄の車内でみた男性に自分のもう一つの選択を見ることになります。夫の留守を守る(とはいえ今日は映画に行くのですが)専業主婦としては、子供を産み育てることが仕事だと考えられてしまいます。男性の手慣れた様子、他の乗客への心配り、滲み出る疲労、それらのものを見ていると自分がそうなっていくことを必ずしも望んでいないと分かってきます。久しぶりに履いたハイヒールも、子供が生まれるとまた履けなくなる。「ぱさりと落ちた」靴のように、子供を持つことで失っていく物を見つめていたように思います。女であるということは何なのかを、この作品は問い掛けているのかもしれません。
 丁寧な記述で破綻無く仕上がっているとは思うのですが、読者に対して親切さが欠けているようにも思われます。この長さの中では、主題を明確にする表現が一つ二つ必要なのではないでしょうか。私としても、この理解で良いのかどうか自信が持てませんでした。