貝と海
小林千代治
(一次予選得点:26)
「ふと隣りの便所でも用を足したくなった」という何の説得力もないきっかけで物語が始まります。映画評論家の淀川長治氏が「どんないやな人間でもその人がうんちをしている姿を想像すると許せてしまう」ということを言っていましたが、まさに主人公はそういう状態にあり続けます。スーツを着た紳士、母子、ストリッパーという社会的に違った立場のもの達が彼を見ていきます。それぞれの行動の違いは、その人たちの人格や心根に依存しているというよりも、まさにそうした社会的な立場が生み出しているのでしょう。そうしたことを作者は描きたかったのではないかと思います。
出てくる人物たちが高橋留美子の描く「めぞん一刻」の住人たちと重なって感じられるのが気にはなるのですが「紳士−父性」「母−母性」「娘−恋愛」「ストリッパー−性欲」という心理的な存在の象徴と見ることも可能です。この辺りは作者の意図がもう一つ分からないので、深読みかもしれませんが。
こうしたメタファーを意識したにせよ、千字の中でそれが十分に効果を挙げているかといえば、いささか疑問に思われます。最後の結論づけが説得力を持っていないこと、また何故「木造平屋のアパート」を舞台にする必要があったのかなどが気になります。「貝」が自分で「海」が母胎を象徴しているのでしょうか。読み切れませんでした。
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