悪人「おそらくは悪と呼ぶところの行為でなく」
神楽
途中で切れているのかな、とフォーム送信を疑っていたのですが、これで完結しているそうなので再度書いてみます。「ひょいと植え込み横のコンクリートに置いた」空缶と爆弾を同列に置いて見せていますが、ちょっとニュアンスが違いすぎる気もします。爆弾をおいた人間は、それが起こすであろう事をある程度想像していたはずですし、そうしてみたいという積極的な意思があって実行しています。一方、主人公はそれが自分の内部では合理化されているのか、認識を拒否してきるのか、悪ではないわけです。こういう書き方をされると、爆弾犯人はかなり心外なのではないでしょうか。
全体に、読者に対して訴えかける新しさにかけた作品のように思われます。空缶が爆発したりする必要はありませんが、読者にものを考えさせるだけの要因が提示できればと思います。少なくとも、読者はこれを自分の事としては捉えられていないと思います。
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