1992.4.21

1992.4.21

黒木りえ

 主人公(叙述の主体である男性をここでは主人公とします)の感情の書き込みが不足しているように思います。
 まず、この作品が男性の視線で描かれていることが、分かり難くなっている点が気になります。作者が女性であることを知っていると、なかなかそのことに気づかず、違和感をもって読むことになります。二行目をしっかり読んでいれば誤解しないはずですが、そこまで読者に期待していいものか、疑問です。僕という単語を意図的に使わないようにしているのかもしれませんが、もう少し早めに出しても良いのではないでしょうか。
 さらに気になったのは「粗忽長屋」のエピソードです。この喩えは、必ずしもこの作品の状況には合っていないように思えます。また、ストーリーの説明もやや違っているように思います。あれは「行倒れの男の亡骸を熊さんだと勘違いした八さんが、熊さんを呼びに長屋に戻る。そして本当におまえなんだと説得して遺体を引き取りに行く」噺ではなかったでしょうか。下げの台詞はほぼ合っていますが、この喩えでは本当に「よくわからない」と思います。効果的とは言えないでしょう。
 この作品では「今の君を愛してる」という主人公の素直な想いと、「過去の君がどうだったかは関係ない。それより自分が知らない君が今より幸せでいて欲しくない」という拘りとが、優しいタッチで描かれています。そこに挿入すべきエピソードは、他にあったように思います。
 たとえば、画面の少女はカメラの捉えていない空間に向かって手を振って見せたとか、少女は悲しげな瞳をしているとか、僕に見せたことも無い幸せな表情をしているとかいった、過去の生活をうかがわせるシーンが欲しいところです。それがあれば、主人公の感情をよりあらわに描き出せたように思うのです。
 黒木さんの作品は、どんどんその世界を広げていて、一月前とは全く違うものです。その意欲が良い方に出てきているようですので、今後の作品にも期待しています。