マンボウを連れて

                              

  今日その知らせが届いた。もしかしたら昨日だったのかもしれな 

 いが、僕には分からない。 

  珊瑚が砕けて出来た白い砂の道を歩いていると、強い照り返しに 

 目を細めてしまう。さっきの角を曲がりそこねたものか、知らない 

 景色の中だった。いつの間にやら強い風も止んで、冷たく青い世界 

 をゆっくりと歩く。 

 「……」 

  とカモメの声。頭上遥かで微かな記憶のように響く。 

  真っ直ぐに沖合いへ進むと、唐突に白い道は終った。振り返ると、 

 陸は遠く小さい。逆さに映る岬の灯台。夏の透明な光に、白い体躯 

 をぐにゃりと脈打って見せる。 

  飴色の硝子戸の小さな雑貨店。強欲そうな中年のゴリが、鰓を神 

 経質に開いたり閉じたりしながら、店番をする。 

  お魚の口から零れた小さな泡のレンズ。お日様のかけらを封じ込 

 めた万華鏡。色とりどりの海の記憶の形をしたピンズやキーホルダ。 

 懐かしく、遠い時代の小物達。 

  汗ばむほどに固く握り締めた右掌を開くと、一個のキーホルダが 

 出てきた。青い金属製のマンボウ。 

 「ああ、これは……」 

  小学生の私は、団地の重い扉を、毎日このマンボウとともに開い 

 ていた。 

 「寂しくなんかないよ」 

  そう母に答える私。 

  珊瑚の薄紅色の隣に、そっとマンボウの青を並べる。 

 「ありがとう、さようなら」 

  呟くと、私は強い陽射しの中遠い沖を眺めていた。焼き砕かれた 

 白い砂を踏みしめると、きゅう、と悲しい音がした。私は、再び道 

 を歩きはじめた。