「焼き肉を食べに行くカップルはできている」 そういう話を聞いたことがある。と言うことは、陽子は俺に気を 許しているということかもしれない。秘書課という女性の多い部署 に所属していながら、一度たりともこんな幸運に出会ったことはな かった。自分で言うのも何だが、性格は明るいし親切だし仕事も出 来るし顔だってまあまあだ。何処がいけないのかと思っていたが、 なあに周りの見る目がなかっただけのこと。秘書課一のナイスバデ ィ、陽子が焼き肉に連れて行ってと言ってきたのだ。いよいよ実力 を見せるとき。本領発揮だな。 この日に備えて、「東京ウォーカー」と「ぴあ」と「Caz」は 定期購読しているのだ。「ポタ」はオヤジ臭くなるし「Ozマガジ ン」は千葉県の香りがするので止めた。味だけで択ぶなら、上野の アリラン横丁が良いのだろうが、ここはシチュエーションを考えね ば。とりあえず、六本木の店を選ぶ。「Caz」では肉質、タレと も最高の評価が付いている。よしよし。ここは褌じゃなくて、マイ ケル・J・フォックスとお揃いのカルバン・クラインのブリーフの ゴムを締め直して出かけることにしよう。ふふふ。 二人並んで扉を入る。清潔な店内。小洒落た雰囲気。音楽も妖し い韓国民謡では無く、音量を押さえたマライア・キャリーだ。必然 性はないが良いのだ。あれ? 彼女、何か注文したみたいだけど、 そんなのメニューにあったかな。ええと、げ、牛脳味噌の煮込み。 そうか、そんなに私に心を許しているのか。よしよし。ここはマイ ケル・J・フォックスとお揃いの……。 それで、どうなったと思う。振られたのだろうって。さにあらず。 二人はその後、大蒜たっぷりのテグタンと冷麺まで食べて、今度は 彼女のお薦めの店に向かった。そこは何と「大蒜」専門店だった。 大蒜スープ。野菜と大蒜のパエリア。味噌汁の中には揚げた大蒜チ ップ。食いまくって喉まで大蒜が詰まったような二人は、火照る体 を朝までぶつけ合ったのさ。 君らには詰まらない話さ。朝の眩しい光が射し込むベッドで、そ っと彼女の顔を覗くと、ノーメイクの陽子はとても幼くて、愛しく なった。そっと顔を近づけたとき「ぷぅ」と可愛い音が響いた。ア リシンを大量に含んだそれは途轍も無く臭かった。頭がくらくらし たのは昨日の酒のせいじゃない。 あれから五年。彼女が今でも僕とベッドを共にしているのは、あ の匂いがとても強烈だったからに違いない。
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