ランチは展望レストランで摂る。朝と夕方はルームサービスでも 良いが、昼くらいは他の人間の活気を身近に感じたい。地上二百メ ートルから見ると、この街の全域に渡って、ビルか家か公園かが覆 っている。もっともこのビルの足元は角度の関係で見ることができ ない。もしかしたらそこだけは広い空き地があるのかもしれない。 あるいはこのビル自体が宙に浮いているのかもしれない。それを思 い出せないほど、彼はずっとこのホテルにいる。もうずいぶん昔に チェックインをしたままだ。 今日は、山鳩のローストにアスパラとフェフェールパプリカのサ ラダが付いている。サワータイプのパンにはアカシアの蜂蜜。さて、 山鳩はどんな鳥だったか。鳩は鳩だろうが、あいにく生きた山鳩に 会った記憶はなかった。ナイフを入れると詰め込まれたハーブの香 りが広がる。溶けた鳩の脂が薄朱色の血を伴って、さっと皿に流れ る。 ランチを終えると、いつものように屋上に出る。高さのためか、 強い風が吹き付ける。目の細かい転落防止の金網ですっぽりと覆わ れてしまってはいるが、土も厚く入れられ、木や草で覆われている。 赤い花、白い花。ささやかな木立。ちんまりとした池には魚も放さ れている。爽やかな植物の匂い。新鮮な風。丸い御影石を椅子にし ていると、安らぎに包まれる。眼を瞑り、音を聴く。 「すわわん、さわん、すわわん」 この街の地上に住む人々の声や、彼らの立てる音達が、天に反響 して微かな囁きを生ずる。その囁きの微かなことが、静寂をひきた てる。自転する大地とこのビルが、高空の大気をすり抜ける音かも しれない。 ふと眼を開けると、足元に土鳩が一羽。金網に覆われたこの庭園 に、何処から入ってきたのか。くるくると忙しげに辺りを見回す。 先ほどの山鳩程の肉も無く、痩せ細った体躯。嘴にオリーブの葉で も咥えていれば有り難がられるのだろうに。そう哀れんだ途端、鳩 は大きく羽ばたいて低い金網の天空を潜るようにして、木立の向こ うへ飛び去った。 「明日また会えるだろうか」 柄にも無く感傷的な事を、彼は呟いてみた。
|