「まかせとけよ。あの橋の上なら、いくらでも蛍が捕まえられるさ」 買ったばかりの蛍籠を見せる夫の達彦を、息子の和夫は眩しそう に見る。この子を連れて達彦と結婚した頃は、この自信ありげな言 葉に私も騙されたものだが、てんで当てにならないのは承知してい る。きっと、蚊に刺された腕をぼりぼりと掻きながら、空っぽの籠 を手にこの部屋へ戻ってくるのだろう。この日のために、夫は何度 も近くの川沿いを下見に通った。新興住宅地を流れる川は、コンク リートで固められて水量も乏しかったが、それでも幾つもの薄緑色 の光が環を描くように舞っていた。蛍を捕まえる専用の網をどこか らか買ってきて、夜に被る必要もない帽子までお揃いだ。 「捕まえることは、ないんじゃないの。遠くで眺めている方が綺麗 なものよ」 夫のため、そう言ってやった。 「でも、蛍狩りって言うくらいだからなあ」 「何言ってるの。梨狩りや苺狩りじゃないんだから、見て楽しめば いいのよ」 「それって、紅葉狩りと同じ?」 和夫の方が、余程日本語が分かっている。達彦に紅葉狩りが分か るものかどうか。 低気圧が近づいているのか、空気が重く湿っている。雨にならな ければ良いけれど。待ち続けたせっかくの新月なのだ。親子になっ て二ヶ月しか経っていないというのに二人は友達のようで、私を放 って遊びに行く。本当のところは、互いに遠慮をしているくせに。 二人目は年下にして良かったと思う。 「虫除けスプレーをして行かないと、酷いことになるわよ。お父さ んは虫刺されに弱いんだから。それから足元には気をつけるのよ。 この間も暗い中を……」 「分かってるって」 楽しそうに互いの手足にスプレーして、駆け出していく二人を見 送りながら、ふと思う。 「虫除けスプレーなんかしていちゃあ、蛍は寄って来ないかも知れ ないわね」 それでもいいか。空っぽの真新しい蛍籠を下げて、二人はもっと 大切な物を探し続けるのだろう。
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