アルバカーキの空は、日本で想像していたよりもさらに高かった。 五十万人以上が生活する都市とは思えぬほどの、ゆったりとした町 並みと真上にある太陽。新しい仕事場に向かいながら、僕はカーラ ジオのスイッチを入れた。FM局がニューヨークと変わらないダン スミュージックを流している。住み心地のよさそうなこの街で、僕 は二年間、研究員として働くことになっている。それが何のための 研究であっても、関係はない。技術を何に使うのかはエンジニアの 領分ではない。 研究所では妙に深刻ぶったアイルランド系の上司が待っていた。 君の研究が世界の秩序を守るのだとか、偉大な人類の叡智とか、話 し始める。僕は、なぜこの建物があの太陽や空とは無縁に薄暗く、 低い天井と細かな間仕切り、冷たい石造りの廊下で満たされている のかということを考えていた。退屈なほどに幸せな大地の上に、極 めて合理的な不幸が乗っている。答の出る前に、アメリカの誇りを 具現化した演説は終った。 モニタリングバッジを外しセンサーのチェックを受けてから研究 所を出ると、あの高い空が迎えてくれる。演説の間にも太陽は寸分 も動くことなく真上に浮かんでいた。ドジャース傘下の3Aチーム のユニフォームを入り口に掲げた、安っぽいレストランがある。ス ペイン風の名前がメニュへの不安を抱かせるが、今日のランチはこ こにしよう。 十ドルのコースを頼む。ニューメキシコのワインは最高だと、実 に控えめにボーイが自慢する。じゃあ、それも。料理を堪能し早く も自分がこの街に違和感を覚えなくなった頃、店の隅で食事をして いた男が近づいてきた。 「ちょっといいかい、日本の友よ」 「どうぞ」 僕は椅子を勧める。僕を日本の友と呼びかけた男は、小柄でよく 日に焼けていた。皺の多い赤銅色の肌に東洋風の顔立ち。この辺り は、ネイティブアメリカンが多い。 「この街は気に入ったかな」 「大変に。良い街だ」 「それは良かった。でも、帰るべきところは忘れない方がいい。 日本は良いところだ」 無表情にそう言う。 「日本に来たことがあるのですか」 「いや。私の故郷もこの街に奪われた。だから分かる」 そう言って、男は人懐こそうな笑顔を見せた。小さな口から真っ 白な歯がこぼれる。僕はこの街で日本人として生きていかねばなら ないというちょっと気の重い事実を思い、わけもなく大袈裟に笑っ てみせた。
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