スピーチ

                              

  「それでは、次に新郎新婦の大日本大学芸術学部時代のご友人で 

 いらっしゃいます、榎本さやかさまより、お祝いのお言葉をいただ 

 きます」 

  マイクの前に現れたのは、息子だろう二歳くらいの子どもの手を 

 引いた、華やかな美人だ。スタンドマイクに、手を添えるとにっと 

 笑って見せる。 

  「おめでとう。孝司さん、昭子さん。私にスピーチをさせていた 

 だけるなんて、良い度胸しているわ」 

  会場が緊張に包まれる。 

  「本来は私の彼氏だった孝司さんが昭子と付合いはじめたのは、 

 大学二年の夏でした」 

  司会者が止めようとするが、さやかはマイクを譲らない。 

  「あの日芝居の稽古の後で孝司さんに呼び出され、これで終りに 

 しようと言われたとき、涙が止まらなかった。なかなか理由を言わ 

 なかったけれど、あなたがあてにしていた私の父の会社が倒産して、 

 多額の借金を抱えているからだと白状しました。そして、実家に山 

 林がある昭子と付合い始めたのです」 

  花嫁が立ち上がり言い返す。 

  「何言ってるのよ、あんたが可愛くない女だったのを棚に上げて」 

  「昭子、あなたが興信所を使って私の秘密を調べたのは分かって 

 いるのよ。汚い女だわ」 

  花婿がとりなすように言う。 

  「まあ、まあ、昔のことじゃないか。別に嘘を言ったわけでもな 

 いし」 

  「本当に、孝司さんは、昭子に騙されているのね。大体、昭子の 

 実家の山林って、原野みたいなもので、坪二十円くらいなのよ」 

  「何だって、昭子、本当か」 

  花嫁が平然と答える 

  「そうよ、いくらとは言ってないじゃん」 

  「おまえという女は」 

  花婿が花嫁の胸座を掴んで引き回す。スリムな彼女は、振り回さ 

 れている。ブーケが歪み、ハイヒールが脱げる。とどめを指すよう 

 にさやかが続ける。 

  「本当に、金に目が眩んじゃって。こんな不感症女のどこがいい 

 のよ」 

  「不感症ですって……」 

  「たしかに、そうだよな」 

  夫の裏切りとも言える言葉に、会場が騒然となる。司会者はパニ 

 ック、式場の担当者は青ざめてうろうろするばかりだ。新郎新婦の 

 父親がテーブルを挟んで罵り合う。その会場をゆっくりと眺めて、 

 さやかが続けた。 

  「と、こういう芝居をやった事があるんですよ。この三人で」 

  にこやかに微笑む。新郎新婦も手を取り合って、観衆に向かって 

 深々とお辞儀をした。一瞬の沈黙の後に、満場の拍手。ブラボーの 

 声。 

  

  会場の声援に応えてさやかが抱き上げた男の子は、誰が見ても新 

 郎にそっくりだった。