ここのところの和江の行動を思い返してみると、たしかに不審な 

 事が多い。度々の外出や旅行。そう言えば、一人でぼんやりと考え 

 ごとをしていたこともあった、夜の関係もしばらくない。あれは意 

 識して避けていたのか。智子が見かけたという男も気になる。 

 「帰ってこないかもしれないわね」 

  先ほどの言葉が甦ると、久田は居ても立ってもおられずに、和江 

 のライティングデスクに向かった。引き出しを乱暴に開けると、預 

 金通帳を捜す。あった。こんなことに不安を感じてしまう自分の弱 

 さが滑稽であった。久田が贈った婚約指輪も、結婚指輪もある。貴 

 重品を持ち出したという感じではない。結婚指輪……いつも彼女が 

 左手にしていたその指輪。再び不安が起こる。預金通帳のページを 

 繰る。あらかた引出された口座には数百円の残高があるだけだった。 

  智子の軽口だと思っていたことが、徐々に現実に変わりつつある 

 のが分かった。しかし、自分がいったい何をするべきなのか、判断 

 に困ってもいた。これからずっと帰ってこないつもりなのか。そん 

 なわけはない。自分が何をしたというのか。あるいは、何もしなか 

 ったから出て行くというのか。自分一人で考えを巡らせても、何に 

 もならないことは充分に承知している。もしかしたら一週間後には 

 「ただいま」と言いながら旅行から帰ってくるのかもしない。 

  突然、玄関のチャイムが鳴った。急に現実に引き戻され、慌てて 

 ドアを開けに走る。 

 「お届けものです」 

  やけに愛想の良い配達員から手渡されたのは、有名百貨店の包装 

 紙に包まれた、小さな箱だった。印鑑を押した受け取りを追い出す 

 ように手渡すと、さっさとドアを閉める。框に腰を下ろして、包み 

 を開く。 

 「お誕生日おめでとう。和江より」 

  今日が自分の誕生日だと気付くまで、一瞬の間が空いた。落着い 

 た色彩の洒落たネクタイ。久田はしばらく、それを見詰めてそこに 

 座り続けていた。沈んだ緑色の地に薄い桜の色の点が春風に流され 

 るように散らばっている。緑色の背景は下に向かって徐々に紺色へ 

 とグラディエーションがかかり、その紺色の上には先ほどよりもず 

 っと薄い桜の色の点が流れている。池に映る花びらのように微かに 

 微かに浮かんでいる。毎年、和江と眺めに行く渓谷の山桜が思い出 

 された。今年はつい行きそびれてしまったが、いつもなら、瀧の上 

 にある小さな池の辺に腰掛けて、桜の花びらを半日浴びている。後 

 から後から降りつつく桜は水面にしばらく漂って、徐々に流されて 

 いく。そんなときに、和江と結婚して良かったと、思ったものだっ 

 た。 

  再び、チャイムが鳴る。慌ててドアを開ける。 

 「お待たせ。何も食べてないんでしょう、一人じゃ」 

  ギンガムチェックのシャツに短めのスカートの智子が、手に大き 

 な紙袋を提げて入って来る。勝手に奥の方へと入っていく。久田は、 

 何をどうしていいのか、分からずただそれを見送るばかりだった。 

  

  三十分後、二人は、ダイニングのテーブルを挟んで食事をしてい 

 た。白ピーマンのサラダにハンガリーの酸っぱいパン。チーズ。濃 

 くて苦味の強いコーヒー。スパイスが効いた何とかいう名前の熱い 

 スープ。空腹だったというだけでなく、久田は黙々と食べ続けてい 

 た。何とも落着かない気分ではあったが、食事はとりあえず美味か 

 った。忙しく口を動かす姿を、智子は黙って眺めている。皿のスー 

 プを全て片づけて、二杯目のコーヒーを最後の一滴までゆっくりと 

 啜ると、何かを話さねばならなかった。視線が宙をさまよい、言葉 

 を探す。すっと、智子が席を立つと、傍らに立った。と、その時、 

 久田の目から涙が零れた。なぜなのか、自分でもよく分からなかっ 

 た。それが智子を傷つけるのではないか、とも思われた。しかし、 

 涙はどんどん溢れつづけた。視界が揺れる。華奢な手が久田の肩を 

 引き寄せた。智子の乾いたシャツの匂いに顔が包まれる。 

 (昔の女の胸で自分は何をしているのだろう) 

  そう、ぼんやりと考えた。智子は無条件にやさしかった。いつま 

 でもいつまでも、無言で抱き留めていた。久田は顔を振ってシャツ 

 の匂いを貪った。それが悲しみを癒してくれるように思われた。柔 

 らかな乳房が押しつぶされる。 

  「うん」 

  小さく、智子が呻くと、先ほどのパンのような酸い匂いが立った。 

 昨日のことが甦る。久田は顔をそのまま腋に滑らせて、息を吸い込 

 む。彼女独特の懐かしい馨りが鼻腔を満たす。今まで押さえていた、 

 和江への怒りや、自分への苛立ちが堰を切って溢れる。薄いギンガ 

 ムの生地を通して、乳首に歯を立てる。 

 「痛っ」 

  その声を無視して両手をパンストの尻がわに滑り込ませると、一 

 気に引き下ろす。乱暴に指を押し当てると、薄いクロッチ越しに湿 

 り気が感じられた。それが、また久田に苛立ちを与えた。やさしい 

 聖母のように抱きしめてくれていたくせに、あそこを濡らしている。 

 女というものの浅ましさ、恐ろしさを見るようだった。ボタンを留 

 めたまま、シャツを捲り上げる。下着をつけていない形の良い胸が 

 露になる。ボタンに遮られて、首と手首は抜けない。そのまま両手 

 を戒めの形にして、やや粟粒立って硬く立ち上がった乳首を舐る。 

 「この野郎、感じてやがるな」 

  自分でも悲しくなるような台詞を浴びせて、智子をうつ伏せにダ 

 イニングテーブルに押し付ける。パンストとショーツを一気に脚か 

 ら抜き取ると、スカートを捲り上げた。腰を持ち上げるようにして 

 やると、女の器官があからさまに見えた。淫らな繊毛に縁取られた 

 赤肉が濡れて光っている。微かに口を開けた間からは、白濁した液 

 体が湧いていた。目隠し状態の女を焦らすように、無言であちこち 

 をそっと撫ぜてやる。脇の下。太股。尻の割れ目。そのたびに、女 

 は敏感に反応した。そっとぬかるみに指を進めると、誘うように尻 

 を突き出してくる。それに応えて、激しく指を滑らせると、湿った 

 音とともに次々と蜜が溢れる。それを後ろの穴に擦ってやると、膝 

 が落ちそうになる。 

  久田は、自分も手早くズボンとブリーフを脱ぎさると、ぴったり 

 と身体を重ねた。体温が伝わってくる。懐かしい感覚。それは和江 

 のものだったのか、智子のものだったのか。再び起こった苛立ちに、 

 乱暴に胸を掴むと捏ね回した。 

 「いくぞ」 

  自分を勇気づけるように、そう呟くと、女が高々と尻を持ち上げ 

 た。はっきりと、器官が口を開けているのが分かった。久田は、テ 

 ーブルからバターを取ると、後ろの穴に塗り込める。 

 「いやぁ」 

  その声が聞こえる間もなく、ペニスがぬるりと埋め込まれた。女 

 の体から、どっと汗が吹き出してくる。歯の間から漏れるような息 

 遣いで耐えている。ゆっくりと腰を遣ってやると、呻き声が零れる。 

 徐々に速く打ち込む。呻きは切れ切れになり、シャツに包まれた頭 

 が左右に振られているのが分かる。いつのまにか、女も腰を大きく 

 スライドさせていた。それに気付いたとき、久田の体奥から熱い怒 

 りがペニスを駆け抜け、女の体に注ぎ込まれた。 

   

  行為の後も、智子はやさしかった。ボタンを外したシャツから現 

 れた表情は、あまりのことに強ばっていたが、すぐに跪いて萎えた 

 ペニスを口に含んだ。丁寧に舐め清めた後で、ちゅるりと吸い上げ 

 た。尿管に残された残滓が吸い出される感覚に、思わず声が漏れる。 

 袋を片手の掌で揉むようにして、もう一方の手は後ろに這わせる。 

 そっと、会陰部をなぞり上げては、舌を休み無くペニスに絡ませる。 

 たちまち欲望が満ちて硬く立ち上がるが、先ほどとは違った、穏や 

 かな心持ちだった。 

 「さっきは、すまない」 

  そういって、髪を撫ぜる。智子は顔を上げて、はにかんだ笑みを 

 見せる。 

 「いいの。それに……、結構よかったの」 

 「後ろは初めてだったんじゃないのか」 

 「初めてに決まってるわ。わたし、男性と寝たのは、あなたとだけ 

 なんだから」 

  その言葉に、久田は、驚かされた。ということは、昨日が、初め 

 てということになる。(それなのに俺というやつは……) 

  愛おしさがさらに込み上げてきて、久田は智子を抱きしめると、 

 精一杯、やさしくくちづけた。 

                              

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