府中最終二千米九百万条件

                              

  良馬場の乾いた砂を巻き上げて、精悍な青鹿毛が第四コーナーを 

 回ってくる。二番手との間隔はほぼ三馬身といったところか。外埒 

 のすぐ側に貼り付いている僕の前を、腹に響く重い振動を残して駆 

 け抜けてゆく。ゴールに続く急な上り坂の向こうを見やりながら息 

 を詰める。 

 「よし」 

  匡子さんが低く呟く。配当は五十倍くらいか。満足げに肯いてい 

 る。思惑通りササリンドウが逃げ切ってくれたからだ。こういうレ 

 ースは気分が良い。僕も相乗りで二百円だけ買ったので、今日はプ 

 ラスになりそうだ。匡子さんは僕の叔母に当たるけれど、齢は五つ 

 しか違わない。叔母さんが二十歳で離婚してからは僕の家に住んで 

 いて、姉弟の様な感じだ。上品とは言えない不肖の姉ではあるが、 

 悪い性格じゃあない。競馬を教えてくれたのも彼女だ。 

 「最終は一気に勝負してみようか」 

  今日は結構儲かっているだろう。彼女は威勢のいいことを言いな 

 がら窓口に向かう。後ろをついていきながら見ると、家に来たばか 

 りのスレンダーな姿ではなくなっていた。ここ七年でウエストは多 

 分十センチは太くなったろうし、歩き方からして違う。爪先の開き 

 が十五度は増したろう。 

  初めて会った時の匡子さんは可憐だった。あれから僕も大人にな 

 った。何人かの女と身体の関係を持ったけれど、一緒にいて気持ち 

 がよいのは匡子さんだった。憧れが今でも続いている。こうしてい 

 るだけで幸せな気がする。彼女に関して性的なことを考えたことは 

 ないけれど、いつまでも一緒にいたいのだった。 

 「最終はバチェラガールの単勝で決まりよ」 

  彼女はそう言ってマークシートを塗りつぶす。人気薄だが、たし 

 かに実力馬。以前、千五百万条件で二着したことがある。化粧気の 

 ない年相応の疲れた顔に汗が流れる。割に豊かな胸の谷間が襟から 

 覗く。右の胸に黒子が一つ。その時、記憶が急に甦ってきた。湯上 

 がりのTシャツ姿。胸の黒子。僕はその夜、想像の中で彼女を犯し 

 た。何度も何度も。乳房を捏ね、黒子に舌を這わせた。 

 「僕はブライドツービーだと思う。勝負しようよ。負けたら一つお 

 願いを聞くこと」 

 「いいわよ」 

  余裕たっぷりに応える匡子さんの胸を盗み見ながら、僕は勝ち目 

 のない戦いの様な気がしていた。