ネットワークにおける法律問題

              1997年10月21日    牧  野  二  郎
項目

1 ネットワークにおける法律問題と現実の法律との関係
2 ネットワーク上特有の問題(管理者の責任など)

1)ネットワーク利用の法律関係(利用約款の意味と運用)
2)民事不法行為での関係(名誉毀損、著作権問題)
3)刑事事件の法律関係(わいせつサイトの取り扱い)

3 ネットワークを巡る法律問題

1)セキュリティーと法律的責任(管理責任)
2)通信の秘密及びプライバシー問題(ガイドライン)
3)著作権問題(著作権紛争、管理、指導)
4)消費者保護問題(通信販売、詐欺商法、ネットねずみ講など)

(補論)
4 今後の課題と方向

1)著作権の方向、デジタル化権について
2)トラブルの増加と対策
3)自主規制と法的規制
4)消費者教育と啓蒙

1 ネットワークにおける法律問題と現実の法律との関係
まず、ネットワークでの準則と現実の法律との関係が正確に理解されているか、最初の問題です。「インターネットは無法地帯」「ネットワークは仮想社会」「ネットワークは犯罪の巣窟」などという、おどろおどろしいマスコミ用語をみるにつけて、ネットワーク社会というものの認識・イメージが一人歩きしてはいないかという不安を感じます。

この間のアンケート調査や各種研究においては、現行法規制がネットワーク社会に全面的に適用になり、治外法権ではないという、当たり前のことがようやく理解されてきたことがわかるといいます。
EU委員会(ヨーロッパ連合)では、既存の法律を確実に適用するのは、加盟国の責任であると明言し、「オフラインで違法なものは、オンラインでも違法である」としています。これは当たり前のことをことさらに確認する必要があるという意味で、国単位でも混乱と紛糾が起きている事実をしめしています。我が国で混乱が起きたとすればそれはいわば当然なのです。もし、未だに混乱があるとすれば、混乱の原因は現実の法規制の内容を知らなかったり、どのように適用するのかという点での不安があるか、現行法規が必ずしもストレートに適用できないなどの原因があるはずです。同時にネットワークから遠い法律家(普通の法律家)は、反対に、ネットワーク社会の方が違うルールを持った社会であり、違う原理が働くらしいなどといった誤解をもっているとも思われます。こうした法律家には、ネット社会・情報流通機構といったものの存在も、その機能と効果もまだよくわかっていないということなのです。

簡単に整理しますと、現行法はネットワークにおいても、基本的にすべて適用になります。割賦販売法の通信販売の規定は全面的に適用がありますし、詐欺罪や、名誉毀損罪といった刑法の規定も当然適用になります。

ただ、ネットワークが広がっている実体からすれば、行為や行為地の確定が困難であったり、その行為に適用できる法律はどこの法律か、どこの裁判所へ訴えるのか、裁判の執行が可能か、といった問題について解決が困難な部分が残っているのも事実です。いわば外延部が不鮮明なケースがあるのです。
しかし、それらもまもなくコンセンサスが確立されて、明確になります。こうした不鮮明な一部の外延部ががはっきりしないため現行法の適用という命題が現実味を持っていない部分があるかもしれません。しかし、だからといって、自らの指針を持たないことは、大海を羅針盤もなく進むのと同じです。事業者としての確固たる指針を持つことは、必要なことなのです。その指針の内容は、自己責任の原則というものでしょう。情報の提供者は現行法規下においては情報提供者としての責任を全うする必要があり、無責任に情報発信をしていいというものではありません。情報の提供は自己の名前と責任において行われ、これを表現の自由というのです。批判を受けない形(匿名)や、人権侵害行為(チャイルドポルノや詐欺行為)は表現の自由の保護を受けないというべきです。
他方で、情報の受取人は、自己責任により自己の判断で、情報の取捨選択を行わなければなりません。誰かに制限してほしいなどという前に、自己の責任と判断で選別すればすむことです。この観点から、子供に対する情報保護を行うものとしてのフルタリングソフトの意味が出てくるわけです。
この観点から、検閲はしない、検閲はできないことを明言して、その反面、責任は一切会員が負うように、という宣言を行うことが必要なのです。これが、刑事民事を通して一貫して主張しなければならない基本原則のはずです。これを守れないもの、すなわち幼児、未成年者はネットワークに参加する資格は基本的になく、必要な場合には、両親の同意を擁するという基本原則をたてる必要もあるでしょう。
事業者としても、ネットワーク参加者としても基本はこの自己責任ということです。その意味で、インターネットは、基本的には責任をとりきれる大人の社会なのであって、責任をとりきれないものは、保護者の監督と責任が必要になると思われます。

2 ネットワーク特有の問題

1)ネットワーク利用の法律関係(利用約款の意味と運用)

事業者・管理者と会員・利用者の関係は実に多種多様です。パソコン通信や、インターネット接続プロバイダーの場合は会員契約を基礎にしているはずです。他方、企業内ネットや大学内ネットは所属員が自動的に利用者として予定され、あるいは設定され、利用申請や許可といったシステムをとって、参加を勧めているようです。

いずれにしても、利用に関するルール(利用約款)というものが設定されそれを守って利用するという原則があるわけです。電気通信事業法においても第一種及び特別二種の事業者については、約款を作成しかつ認可を受けてこれを掲示しなければなりません。普通二種及び企業、大学の運営者にはこうした法律上の要請はないのですが、利用社の便宜上、またネットワークの円滑運用のためにできるだけ明確に示す必要があります。
ア)入会契約と利用約款
一般に、約款というのは、多くの利用者に対して一般的な規則を提示するもので、その記載内容は管理者が一方的に決め、利用者はいわば強制的にその約款に拘束されるため、国家からの認可が必要であったり、一方的な内容は効力が否認される事になります。
入会契約は、その時々の状況によって、各当事者間によって、自由に設定できる(契約自由の原則)事になっていますが、電気通信事業法は平等な取り扱いを義務づけています(第7条)ので、合理性のない差別は違法となると思われます。
しかし同時に、特殊企業の経営自由の可能性は保証されなければなりません。契約において、一定の厳しい条件(一定の教義に反してはならないとか綱領を守る義務や、特殊な規則を守る義務を課することなど)を設定することも自由です。従って、契約においてそうした契約条件を明示しておれば、その契約は有効となりますから、その契約条件に反する会員を排除することは可能となります。神学校など、一定の組織でも同様な規制が必要とされ、規制の合理性が認められる場合はあると思われます。
しかし、多くの事業者は、こうした特殊な教義や信条、哲学、綱領などを持つものではないわけですし、事業体の性格からこうしたものが出てくることもありません。事業体の本質的な性格から起因するようなものをのぞいて、そのときの都合などによる差別条件や、特定の会員を排除するための条件、加入制限をかけるための意図的な条件などは許されません。すべて、公序良俗に反することになります。
この観点は、一般企業以上に情報インフラという公共財を利用するという公益性からも

裏付けられるものです。

イ)内容規制と関連して(規制の権限と合理的な規制の範囲)

ところが現実には、不合理な差別があるようです。特に宗教活動、選挙活動に関するものを制限している、禁止している事業者が多数あります(ホームページマガジンVo1株式会社インプレス発行53頁)。
こうしたことは合理的なのでしょうか。仮に行うとして、どこまで許されるのでしょうか。ここでは深入りしませんが、接続事業に関する契約自体と、サービス提供としての付加的な、付随的なサービスに関する内容規制というものが許されるか、という困難案問題があります。
結論からいいますと、接続事業に関するサービス(通信役務)に関しては、電気通信事業者としての基本的な役務提供ですから、一切の関与が禁止されています。これを侵すと、刑罰の適用があります。たとえば、電子メールの内容を検閲したり、電子メールのログなどを漏らしたりすると明らかな違法行為となるわけです。
これに対して、ホームページサービス(ハードデディスク提供サービス)は、私はこれとは別に考えて、それぞれの契約関係に従って、「合理的な範囲」での裁量を認める必要があると考えたいます。ホームページサービスといっても、完全な無料サービス、非商用に限定して無料とするサービス、商用として利用に関する契約をする場合、すべて有料で契約するものなどその形態は様々です。また、経営が公的なもの、大学が管理するもの、営利企業が運営するものなど、実に様々です。それらのすべては、加入契約とは別に、ホームページ利用に関する約款、利用規則ものを定め、これを承諾するということで、利用関係が成立しているものです。
こうしたハードディスクの利用関係に関しては、まず当然の前提として理解しなければならないのは、事業者は電気通信事業者ですから、検閲禁止、通信の秘密は当然に守らなければならないということです。私的運営の部分であろうが、事業者が行うものである以上は、基本原則は変わることはないのです。従って、ホームページの掲載に先立ち、その内容を検査したり、掲載の当否を判断して掲載の許諾を行うという行為は絶対にしてはいけないことです。同様に、こうした検閲と同じ効果を持つ、掲載後の巡回検査、一般的な網羅的な審査といったものも行うべきではありません。
これに対して、一定の合理的内容の約款を用意して、違反した会員に関して、個別に違反を問題とするという行為は違法ではないはずです。これは、あくまでも契約違反、利用規則違反というものですから、そのように処理して差し支えないはずです。
問題は、約款の合理性と、処分の合理性です。
約款の合理性は、人権侵害行為や、わいせつと判断された場合、といった極めて例外的なケースに限るのが基本でしょう。これらは、図書館などで検閲とはいえない、例外的な規制方法に学んだものです。このほか、政治利用や、宗教利用を制限するもの、公序良俗規定で制限するものなどが一般に多いようですが、基準が明確ではなく、事業者の恣意による判断が優先する危険が高く、表現活動に関するものであるという性格上、好ましくない規制内容です。
まず、宗教活動や、政治活動というのは最も重要な表現行為とも言えます。
政治的な発言は民主社会の基本であって、それ抜きにして社会は成り立ちません。その意味で、無色透明が基本であると言った、無垢な情報を求めることの方が異常ですらあります。政治的な意見がないと言うことは、社会人ではないと言うことであるとも言えます。
また、宗教心というものは、決して侵害されるべきではなく、また宗教的な表現の自由が、宗教性の故に過度に規制されることは違法です。宗教による弊害があるという場合に、それを公共の福祉の概念の範囲で規制することはあっても、非宗教性を押しつけるようなことは許されません(特殊宗教のプロバイダーは別です)。
こうした行為を禁止するということは、現実には、会員の行う表現行為の内容に立ち入って、その表現内容が宗教的であるか否か、政治的であるか否か、といったことまで判断することになります。内容に関する規制の困難があることは明らかです。これを押し進めるとなれば、宗教政や政治性を理由に削除した行為が差別になるかという裁判問題を生じることになります。
また、調査結果はありませんが、組織暴力団の表現活動をどのように見るのかという、困難な問題もあります。「任侠道」ということに関するホームページが掲載されて、一時期問題になりました。実際には、事業者が交渉したことで、掲載を自主的にホームページを下げるということで解決したようですが、大きな問題があります。そのホームページの主催者に問題があるのか、内容に問題があるのか、なにをもって違法、不当と判断したのかの問題があります。
社会的な存在である宗教団体や、政治団体、政治家、組織暴力団、関連不法組織といったものが、個人名義や会社名義を利用して、加入してくるでしょうし、様々な方法で、ホームページ開催をしてくるでしょう。そして、内容で規制すれば、その規制の当不当を当問題がでてくるのは当然で、多くの混乱や経費がかかります。
こうしたことをネタにして、総会屋まがいの横行が始まりかねません。従って、事業者としては明確な方針を持つ必要があります。
ここでの明確な方針というのは、人権侵害内容は許さない、わいせつ判断が裁判上なされた場合、に契約違反とするというものでしょう。これならば内容ははっきりしていますし単純明快です。
この立場で見れば、神戸少年連続殺人事件の加害者の写真や実名を公表するホームページはその少年が加害者であったとしても不当に人権を侵害していいということにはなりませんので、契約違反として削除することもできます。詐欺商法のホームページも同様です。
加害目的や、人権侵害とはなっていないホームページであれば、宗教団体・政治グループ・思想団体・任意組織(いわゆる暴力団など)のものというだけでは、契約違反にはなりません。表の世界に出るというのですから、放っておけばいいことになります。
こうしたことに関する不都合は、好みの問題であり、表現活動や、犯罪活動という意味では、何ら問題はないはずです。

ウ)匿名性と実名主義

基本的な指針は、ホームページの掲載内容に関しては極めて限定的なものに絞り、ただ、責任関係を明確にすべきで、ホームページ主催者の住所氏名を記載させ、それがないものについては基本的に掲載を認めない、といった判断が必要でしょう。
これに関しては「匿名性」といった問題もありますが、それは通信上のメリットであっても、特権でもなければ、何らの法的な権利でもありません。むしろ、ホームページというシステムにおいては、無責任な表現行為を助長する危険性もあり、実名を掲載するというシステムの合理性が認められる必要があります。また、さらには、その表示された氏名の監督を行うことが得きれば、いっそう効果的でしょう。こうすることにより、虚偽や架空内容犯罪関連内容のホームページは激減するはずです。こうした、スマートな制度による内容の合理化への誘導こそ、インターネットにマッチしたもののはずです。

エ)約款の合理性

約款は、いわば定型的な内容で、通信の利用者の基本的な地位や、システムの利用方法、各種変更手続きの方法、連絡、サービス、諸手続の方法、顧客情報の収集方法、利用目的、利用制限、といった客観的な内容を中心に記載され、合理的で客観的なものを明記することになります。
この約款は、本来契約に先立ち全会員に確認させるべきものですが、万が一確認しない場合にも、その内容はごく自然に理解できるというものであるべきで、消費者保護を念頭に置いてととのえておく必要があります。
エ−2)契約違反と会員契約の解除の方法
契約の条件、内容に違反した場合には、契約は解除できます。事業者が約束したサービスを履行できないとき会員は契約を解除して、サービスが履行されなかった時点までさかのぼって、徴収した会費を返還するほか、関連損害があるときは損害賠償の責めをおうことがあるでしょう。回線速度問題がありましたが最近はインフラの整備が進んだせいか、セキュリティー、内部での紛争への介入不法などが問題にされるようです。
会員が、会費を払わない、契約条件を守らない、他の会員の権利を妨害するなどといったことがあるときは、契約を解除して、会員資格(契約上の地位)を解消することが可能です。<この際、メールアドレスが、その契約者の生活や、事業上重要な要素となっている場合があるので、契約違反の対処として、一律に解除というだけでなく、制限的な契約への誘導が考えられます。一定のアクセスのみは認めるとか、メール利用だけは認めるなど、制限的な利用の余地を残す別契約の変更・更改(別契約への誘導)を用意するなど、スマートな対処が望まれます。
現実には契約違反者に対して、ホームページなどで違反行為があった際には会員権処分として、契約を解除して、退会させることが多いようです。それはそれで必要なことで、良いのですが、どうもそれ以上の対処があるようです。ブラックリストを作って、入会を断わるなど、インターネット接続自体を断ることもあるようです。しかし、付随的なサービスとしてのホームページサービスの提供に関して、企業としての価値判断や、利益判断を行うことまで禁止することはできませんが、接続サービス自体については、基本的に自由に参加できるようにすべきであり、現時点でのサービスにおいては、それが合理的と判断すべきでしょう。
クレジット会社での信用情報の流通は、貸し出しという重要な判断の基礎として、その情報の利用をあらかじめ合意している場合ですから、信用状情報の利用は信用性判断としては許されています。しかし、それ以上の情報をむやみに利用することは許されません。それは、通産省のガイドラインにも反するものとなります。
電話を利用して犯罪をしたものが、二度と電話を使えないとか、パソコンを利用した犯罪を行ったものは二度とパソコンを買えないとしたらどうでしょうか。裁判所ではこのような判断をしているという不幸な事実はありますが、あまりにも常識に反してはいないでしょうか。
通信というものが、プライバシーの源泉であり、表現行為そのものである以上は、これをむやみに制限してはならないはずです。むしろ制限するほうが危険性が増すことがあります。こうした通信手段としての側面はできるだけ保障することが合理的です。
従って、契約や、処分の際にこうした観点を持つ必要があります。

オ)経営と編集の自由(責任論として)

事業者は通常は公共団体でもなく、公共事業体でもなく、私的な企業で営利団体です。従って、企業体としての経営の自由があります。さらには企業運営の内容としての、フォーラムや掲示板、会議室、その他コンテンツ全体の配置や運営、仕組みなどに関して原則として編集の自由を持ちます。
この形態は、現在類似のものはなく、大変複雑なものになっています。完全私企業である「書店」とは異なり、国民の財産たる電気通信インフラを利用するという意味での公共性からくる制限があります。また、提供する内容をすべて自ら編集管理する「放送局」とは異なり、通信インフラの利用者の通信内容自体に干渉することはできません。利用者のコンテンツの管理や監視はできません(電気通信事業法第3条、4条)。これは、基本原則ですから、契約で監視しても良いとか、管理しても良いと規定しても強行法に反することになりますので、そうした契約条項は無効になります。
こうして、編集権の内容は、それぞれのシステムを構築したり、コーナーを設けたり、おすすめサイトを紹介するなど、という個々のコンテンツに対する干渉や、管理にいたらない「編集」にとどまります。その範囲での編集権が存在しているのです。

カ)管理・編集責任の範囲

事業者に認められる権限の範囲の中では、管理責任が発生し、管理権限と責任があるということは、その範囲では自主的な判断が可能であり、必要であるということになります。従って、気がついていれば故意責任が発生しますし、気がつかなければ任務懈怠による過失責任が発生します。通信状況が悪い、コンテンツにアクセスできない、メールサービスが滞るといった内容に関しては管理責任が発生します。
次に、事業者自身のホームページや、検索エンジン、ディレクトリーサービスなどに関しては、著作・編集責任が発生します。何らかの特別なコーナーを作って、サービス内容とするには、その内容に関する編集権があることになります。
しかし、個々の会員のコンテンツの内容には検閲あるいはそれと同様と見なされるような監視、監督は許されていませんので、基本的に、個々の会員のホームページなどの内容については事業者の管理・編集責任は生じません。これは、ニフティー裁判で「安全配慮義務はない」と明確に判断されたとおりです。この様に検閲禁止、通信の秘密保護の規定により、また「安全配慮義務」の排除より事業者は法的に守られ、なにもしなくても完全に無答責なのです。

キ)被害者に対する補完責任(例外的な責任)

先ほど、利用約款・利用規則に、人権侵害をしたときとわいせつ判断が裁判上なされたときという2つの場合を明確な規制内容としてあげました。これらが規制していいのは、この二つについては、規制してもかまわない内容であり、また、規制していい理由が極めて合理的だということがあります。
このことからすると、このような場合に、これを放置することがいいことではないことは明らかであって、もし、故意にこれを放置し、利用していたとすれば、図書館といえども問題になるはずです。同様に、事業者においても、知って放置したときには、何らかの問題が生じる可能性があります。
こうして個々の会員のコンテンツが他人の人権を侵害する違法なものであった場合には、無答責のままにはならないこともあると思われます。
本来、紛争は、当事者間で解決すべきです。
違法行為を行っている会員については、その会員本人と被害者との間で交渉し、紛争解決手段を模索しつつ、あるいは司法判断を求めるなどして解決するべきものです。
当事者の争いに対しては、当事者で解決方法を探るのが原則であすから、事業者は第三者として静観すればよいはずです。
従って、第一次的には事業者の責任はないのです。
ところが、ハードディスクを貸して、会員に利用させて、その利用行為自体から収益をあげる場合もあれば、その利用による間接的な利益を織り込むこともあります。いずれにしても、事業者は福祉事業でハードディスクを貸しているのではなく、収益の手法として貸しているのですから、その収益に応じた責任はあるとも言えるのです。
同時に、当事者であるはずの被害者には交渉の手だてがない場合がほとんどです。通常でもホームページの開設者がわかりませんし、侵害行為が匿名で行われた場合や、加害者の住所、訴状の送達先が不明な場合もあります。こうした場合には被害者は事業者を相手にするほかない状況に追い込まれます。ところが、同時に事業者は電気通信事業法により、会員の氏名や、通信に関わる事実を開披することは通信の秘密の保護の観点から、行うことができません。被害が本当にあるかどうか、違法かどうか、本当に被害者であるかどうか、被害者本人か、といった点に関する確認もできないのですから、安易に通信に関する事実を「被害者」に伝えることはできません。
ここから、事業者には、事業者としてなし得ることがあり、その範囲では被害者救済のための補完的ななすべき作業があるというべきでしょう。
ただ、ここに言う補完な責任というのは、その不履行が直ちに、民事上の不法行為を構成すると行った性格のものではありません。事業者として、行うべき作業という程度で、被害者の自助努力との相関関係が重要になります。従って、不法行為になるかどうかは、別途詳細に検討すべきです。
ここでは、一般的な補完義務、事業者に期待されている作業といったものを見ておきます。
その内容は、おおよそ次の内容になります。
@被害申告のあったことを当該会員に伝える。
A被害内容によっては、善処を求める。
B当該会員に対し、被害者をあわせるなどの対策の承諾を求める。
C当該会員に対し、被害者に住所氏名の開示をなすことに関する承諾を求める。
D明らかな人権侵害行為があり、被害者による緊急の救済行為を期待するいとまがなく、被害の拡大が顕著で、回復が困難なことが明らかな場合に限り、当該会員の釈明を受けた上で、被害者が自力救済行為が可能となるまでの間の一定の期間のアクセス停止処分を行うこと。

キ)ニフティー判決に関連して

これと関連して、会員規約に誹謗中傷にかかる発言の削除の可能性を示す規定があることが多いので、この規定を根拠に削除義務といったものを主張する見解もある。
そして、ニフティー判決にあっては、削除等の項目(削除することがある)があるということが前提で、会員がそれを承諾して入っていること、従って、その会員規約通りに処理をしても何らの問題もないこと、ニフティー側は削除等した後の処理が可能であることを明示していたこと、したがって、一定の作為を行うべきときもある(常に削除すべきであるということではない)という事実関係を前提として認定した後に、先ず第一に作為義務の発生については、名誉毀損するような発言があった時に条理上一定の法律上の作為義務(削除義務ではない)を負う場面もある(常に負うというのではないことに注意)としました。
そして、その判断は、原則的にシスオペの裁量の範囲であるとしつつ、私法秩序に反するような裁量権の行使は許されないともいうのです(97頁、98頁)。したがって、問題はシスオペに裁量権の逸脱があるかどうかなのです。逸脱があるかどうかの判断が、シスオペが責任を負うかどうかの判断になります。
判決では、一方で、シスオペには、会員のフォーラムを利用する権利を考慮して、会員が十分に利用できるようにする義務があるといい、同時に、他方で、名誉毀損的な発言に対する条理上の作為義務というものがあるとします。この二つの要請は、相対立するものであるため、シスオペは、両者の「板挟み」となることを肯定(102頁)した上で、その解決手段(基準ではない)を設定しました。
では、具体的にはどのようにするかといえば、
@他人の名誉を傷つける書き込みのあったことを具体的に知ること。
多くの場合、被害者からの抗議や、苦情の申告、参加会員などからの通告などにより、具体的に知ることになるとされる。監視義務はないため、抽象的にその可能性があるというだけではまったく問題とはならない
A事態に応じた適切な処置を取ること
作為義務が生じるとはいうものの、その内容は必ずしも一定のものではなく、さまざまな内容、方法があり得るのであり、その選択はシスオペの権限にあたるのです。その権限をきちんと行使しておれば、法的な責任は何ら生じないというわけです。
この判例をそのまますべてを評価する必要はありませんが、その中でも見られた考え方はきわめて穏当で、説得力があると思います。
フォーラムなどでは、書き込みというものの性格上、シスオペの管理が強く、一般のホームページなどとは異なる構造になりますが、しかし、ネットワーク事業者としてのスタンスの基本は同一でしょう。まずは、両当事者による解決を図り(110頁、111頁)
それから事態を見ながら進めるというのが、基本となるというわけです。
こうした作業によって、被害者と加害者とが当事者関係に立つことができ、当事者間の交渉が可能となると言うべきでしょう。事業者にとっては、会員とその他のものとの間に当事者性を持たせることが必要なのであって、事柄の根本的な解決をする必要はありません。これが基本的な視点でしょう。
ク)公共事業体・第三セクターなどの場合
私企業という性格ではなく、更に公的な性格を強くもっているものであり、会員契約や、契約条件の公正さ、市民のすべての加入が可能であるという性格を持たせる必要があり、その運営は公開されるべきであるなど、多くの市民参加が必要となる。加えて、先行する私企業とは資金面において全く対等ではないためを、私企業の活動を圧迫することは許されず、公正な事業の競争を確保するという配慮が必須となるなど、検討すべき課題は多岐にわたります。
コンテンツに関する問題は、公権力の内容に関する問題に直結するので、検閲問題がより端的にでてきます。その観点からも、内容に関する問題は、私企業の持つ自由を持たないことによる困難さというものがあります。
ケ)大学における運用に関して
大学においては、学問の自由や、大学の自治というものが検討されなければなりません。事業者といえども、大学における言論表現の自由や、思想の自由市場を全うするという立場で、弾力的な解決を図る必要があります。
大学間ネットといったものが構想できるならば、その中では、一切の利用規制はかけないといったことが必要になるでしょう。その場合でも、自己責任は回避できませんから、情報提供者は現行法規の中で責任をとるということは当然です。
2)民事不法行為での関係(名誉毀損、著作権問題)
ここでは、一般不法行為と著作権問題に分けて検討します。なぜなら著作権問題は大変困難な問題があり、米国でも異なった扱いになりつつあるので、注意を要します。
会員などの行為者自身が不法行為などにより法的な責任を負うことは当然の前提としてプロバイダーなど事業者の責任という観点で検討をします。
一般不法行為
民事上の不法行為は特的の権利侵害がありますので、常に被害者が存在します。被害者がいない不法行為はありませんし、被害者が訴えなければ表面上は法的な問題を生じません。
(い)パソコン事業者
特徴@事業者が国内であり、原則として日本法の適用がある。
A加害者、被害者共に会員であり、会員契約、利用規約、会則に縛られている。B自治的な場が多く、ローカルルールが作れ、自律的な作用が期待できる。パソコン事業者の場合は、加害者、被害者がともに会員の場合が基本ですから、事業者の事業の範囲内で不法行為が行われています。事業者の事業内で発生した不法行為に関して、事前の措置が必要か、事後の措置が必要か、なにも必要がないかの議論があります。
有名なニフティー事件(東京地方裁判所平成9年5月26日判決)では事前の措置(安全配慮義務)は否定されましたが、事後の措置(放置してはいけない)に関して一定の作為義務を認める結果になりました。これは、現在控訴され、審議中なのでにわかに判断はできません。しかし、常時監視したり、事前にチェックする義務を認めなかったという点については電気通信事業法上の検閲禁止の観点からも、当然とはいえ、極めて重要な内容といえるでしょう。
問題は、不法行為があった点について、何らかの責任が生じるかですが当該不法行為が裁判所で違法と判断された後なら、違法ははっきりしたのですから、何らかの対応ができます。しかし、ある行為が、違法か否かを判断する事は大変困難で、事業者に法的な判断を求めること自体無理なことです。こうした法的判断を求めるのであれば、裁判所は不要となってしまいます。従って、問題行為が発生したが、よくわからない、という前提で対処方法を考えるほかないのです。こうした場合には、会員同士の争いですから、会員同士で解決してもらうことが基本です。これを、判断する責任は事業者にはありません。判断しないで対処する、これが基本です。すなわち、当事者同士をぶつけて、当事者に解決してもらうのを手伝うという行為以外はとれないのです。
次に、法的にこうした措置(仲介の労をとるということ)を取ることが法的な義務か、ということですが、前記判例は条理上の責任だ、とこれを肯定しました。しかし、現時点ではフォーラムなどにローカルルールがある場合が多く、そうしたルールによれば一定の措置が取られることが予定され、そうした権限行使が可能であるという場合、法的な裏付け(事実たる慣習があるといった判断)があるとされる可能性が高いと思われます。
こうした措置を取ることが、システムとして可能であり、かつ現実的な問題として人的物的に可能であり、かつ経済的にも可能という場合には、その義務を否定する根拠は乏しいでしょう。
現実的な仲介方法ですが、当初は、お互いの言い分を相互に伝え、意見交させることでしょう。さらに、問題解決が困難な場合には、直接両者を会わせるという工夫も必要かもしれません。お互いの名前を知らせる方法もありでしょう。しかし、いずれにしても個人情報を公開することになるので、基本的にはそれぞれの合意を取るように進める必要があります。
当事者間などでの氏名公開などの措置への協力を、合理的な理由なく拒否したような場合には、拒否した方に不利益な取り扱い(発言の削除、発言停止、記録からの削除、参加一時停止など)をしてもやむを得ないと考えられます。
事業者はこれ以上の措置(当事者間の争いに入り込むことなど)は執るべきではないし、事実上も不可能だと思います。
(ろ)インターネットプロバイダー
(@)パソコン事業者との違い
特徴@日本国法が適用できるか、まったく不明A加害者、被害者の一方のみが会員という場合がほとんどで、会員契約、利用規約、会則などでの拘束ができない事が多い。
Bローカルルールなどまったくない場合が基本である。
プロバイダーの場合は、参加している会員同士ではなく、会員が不法行為を行うか、受けるかといった場合、全く会員ではないもの同士がたまたま会員の開催した掲示板や、チャット違法行為を行うといった多様な発生形態があります。会員外の行為者が国外の人であり、日本法を適用できない場合もあるかもしれません。
会員が行った違法行為でも、プロバイダーとは関係なく、ほかの事業者の元で行ったり、海外で行ったりすることがあります。それらに対して、あたかも会員が事業者の子供であるかのような関係があろうはずもなく、親のような監督責任を期待する法が無理というほかありません。
ネット上では、常に、自己責任の原則が適用され、会員個人が法的な主体として登場し、会員自身の責任となるはずです。ホームページに限らず、あらゆる情報提供について、また情報の利用に関してもすべて自分の判断と責任で行うというのが、基本的な内容になるのです。
(A)プロバイダーの責任の基礎
では、プロバイダーは全く責任をとる必要がないのでしょうか。ここでは、ホームページを例に検討してみましょう。
ホームページは、事業者の管理するハードディスクの中に設置されて情報であり、その情報は事業者の元から発信、提供されています。ここから、検討すべき事態が生じています。ホームページやホームページ上の掲示板システムが悪用され、個人に対する人権侵害が発生しており、その対処が必要となっています。また、有害情報と言われるものが、会員のホームページ等から大量に流されると言う事態をさして、規制すべきであると言う主張がなされ、そのためにはハードディスクを貸しているプロバイダーの果たす役割というものが俎上に上ってしまっています。会員の匿名行為による犯罪行為や、確信を持って行う有害情報の公開、詐欺的なホームページの公開等、ホームページ上での人権侵害は、どうしてもプロバイダーの介入が必要とされる部分です。
事業者サイドからも、電気通信法上の問題がなければ、積極介入したいというのが、本音ではないでしょうか。いや、現実に積極介入しているかも知れません。こうした介入が意味するのは三つあります。
まず第一は、積極介入が検閲にあたらないか、表現行為に関する差別的な取り扱いにならないか、という問題です。法的な視点での問題点と言うことです。
第ニは、訴訟の誘因となることです。差別的な取り扱いとされた場合に敗訴の危険は限りなく高いものとなります。費用をかけて介入していて、差別だとされて敗訴したのでは、なんの意味もないことになります。
第三がもっとも重要な問題ですが、それが背負い込みの問題です。積極的介入を行うと言うことはそれが事業者として可能である以上、次々と義務化していき、過酷な管理責任に至ると言うことです。プロディジー事件がそれをはっきりしましています。会員の投稿を編集していたばかりに、検閲と言う批判にあうとともに、被害者からは共同侵害者として提訴され、編集しているからと言うことが理由で敗訴して、莫大な損害を被ったのです。この事件の後、プロディジー社は、一切の編集を放棄して、管理しないことにしました。これが正解なのです。自らリスクを背負い込むと言うことが、如何に危険であるか、如何に効率が悪いか、事業者にとて不利か、が分かるでしょう。それは、事業者にとって負担になる以上に、経済的には会員に転化されるため経済的な不利益になり、さらに、表現内容の不自由さが広がると言う意味で表現行為においても不利益になります。
結局積極介入は、ヒステリックな揺らいだ議論に迎合すると言うものでしかなく、長期的に見た経済法則からも、表現行為の点からもマイナスなのです。

(B)「公然たる通信」概念批判

郵政省は「公然たる通信」という概念を打ち出し、その概念をてこにして、プロバイダーの責任論を基礎づけようとしています。
さらに最近では、「電気通信サービスにおける情報流通ルールに関する研究会」を開催していますが、その基本は事業者の責任、問題解決のための対応策を探ると言うことだそうです。電気通信事業者の責任範囲を明確慰すると言うことは確かに必要なのですが、まず、どのような責任があるのか、その内容、根拠を明確にしない限り、「世論」に押された、過度な責任と権限を背負い込むことになります。この点は十分注意して議論を進めるべきところのようです。
ホームページ等(その範囲は明確ではない)に関する規制を主張する立場の根拠は、ホームページ等が公然性を有するものであるが故に、その表現行為の規正の必要性があり、それを支える事業者が内容に関する責任を持つべきだと言うことのようです。詳細は、議論がまとまっていないので、はっきりした形では出されていませんが各種の議論をまとめるとそのようです。
まず、「公然たる通信」と言う概念は、概念自体の自己矛盾を起こしたものであり、採用することはできないと思います。通信と言うものが当事者間の閉じられた連絡を言うのに対して、「放送」と言うものが開かれた当事者間系の連絡を言うもので、この違いは、全く変わっていません。「公然性」と言うのは、通信の性格論ではなく、通信の内容であり、電話線のなかを走ってい行くコンテンツの内容の問題です。通信の内容について公然性があるからと言って、通信行為自体が公然性を有するなどと言うものであればそれはシステムとしての通信と通信の内容とを混同するものであり、閉じた状態の通信が公開されていると言うように概念の自己矛盾になります。ホームページなどの問題は、システムとして開かれているから問題なのではなく、内容として公開されているから、その内容において問題なのです。同じホームページであっても、公開ではないパスワード等で制限したものもありますので、内容によってその公開度も変わると言うことになります。
この様に、通信自体の公開性は問題のある概念なので、問題解決の基礎におくには困難が伴うと考えられます。
むしろ、基本的な問題は内容そのものの公開性に基づく、表現行為の自由と規制の問題であって、その概念自体は今までの自由と規制の関係を基礎にして、ネットワーク上でどのように変容するかを検討すべきなのです。そして、その際にも問題となるのは、表現者は誰かと言うことで、表現者の一次責任と編集者の二次責任にとどまり、印刷屋さん(通信事業者)の責任は原則として出てこないはずです。もしあるとすれば、表現者の名前も住所も確認しないで、むやみやたらと印刷したという場合に社会的非難を受けるとしてもその事を持って表現したことの責任を負担する理由はないのです。これが、事業者の基本的なスタンスのはずです。
(C)米国判例
ネットワーク先進国であるアメリカではBBSとプロバイダーとの区別をせず、同様な扱いをしているようですが、大変参考になる二つの判例が利ます。プロディジー事件とコンピュサーブ事件です。いずれも有名ですから、詳細の説明はさけますが、プロディジー事件では会員のアップする内容を編集していたということを理由に名誉毀損の責任を負わされました。コンピュサーブ事件では、編集はしていないので責任を負う必要はないというものでした。事件の内容が異なるので、単純化はできないのですが、事業者には会員の内容に関する個別の監督、編集、書き換え要求などの内容にわたる審査や指導はすべきではないという判断に至ったと評価できます。
それは、現実に作業として不可能であるというとともに、仮に可能であるとしても、それを強要されれば、経済効率からみて全く有害というほかなく、他の事業へ転業した方が効率的とさえいえます。
コンピュサーブ事件では、事業者の性格付けとして、流通事業者という捉え方をしました。書店、新聞販売店といったものが、同様のものとされ、これらの事業者はアメリカ憲法修正第1条によって保護されると明言されました。その内容は、犯罪行為に関して悪意か合理的理由によって知っていると判断されるべき時に限って、責任を負うが、それ以外にはいっさい責任はないというものです。
この考え方からすれば、プロバイダーは、人権侵害、違法行為の存在を明確に知った以降は当該情報の提供を制止すべき立場にあると言う場合にかぎって、管理義務があるということになるでしょう。もちろんそれが現実的であり、当然に可能であるという限りにおいてですが。
ところが、その後有名なCDA法(一部分は無効になりましたが、それ以外は有効で、現在も機能しています)では、第230条(C)(1)において、よきサマリア人の規定と呼ばれる新しい規定を設けました。その部分では、プロバイダーには、有害情報に関して「発行者」「発言者・表現者」などとした扱いをしてはならないというものとなっています。この規定は、プロディジー事件の検閲による編集責任論、コンピュサーブ事件に関する「知り、または知る理由があった」という過失の推定規定のような部分を否定するという趣旨のものとされているようで、注目すべきものです。
この法的な判断を現実の判例に持ち込み、この規定通りに判断してものがあります。
ゼラン対アメリカオンライン事件(バージニア東部地区連邦地裁アレクサンドリア支部1997年3月21日判決)では、原告による名誉毀損を理由とする損害賠償事件に対して、CDA230条C、1の規定に従い、ネットワーク事業者に対する請求を「却下」しました。これは、議論するまでもなく、この法律により、責任がないことが明瞭なので、訴え自体が違法になるという趣旨です。従って、ネットワーク事業者に関する全く新しい判例がでたというわけです。
さらに、97年6月26日フロリダ州裁判所でも、プロバイダー事業者に対する損害賠償を退けています(匿名(公表に当たって匿名とした)対アメリカンオンライン事件)。今後、この流れが定着するような状況です。現在の日本の法的な分析にとって、まったく新しい、目の覚めるような議論なので、さらに研究を進めたいと思います。

(C)民事責任の基本

我が国の民事不法行為の考え方に従うと、次のようになると思います。まず、情報提供者が不法行為者ですが、その存在を知って放置するものは、その違法状態を除去する法的な地位にあり、かつ除去作業をすることが法的な作為義務を構成するという場合においては、なにもしないことが違法行為になるのです(判例)。
プロバイダーが、当該違法な人権侵害の存在を知って、放置したときに責任は発生しそうですが、ここでも大変困難な問題に漂着します。違法の判断はできるかということです。先ほど、パソコン事業者に関する事案でも述べましたが、この判断はきわめて困難であり、深刻な課題です。違法性の判断について間違えたことに責任が生じたのでは、判断をしたばかりに、当事者のいずれからか必ず訴えられることになってしまいます。
ここでの判断は、おそらく次のようになるでしょう。
プロバイダーは、事前に判断する必要は一切なく(安全配慮義務はない)、すべてのコンテンツを放置していることにつき何らの問題はない。そして、不法行為があった際に被害者から被害の申告と、被害者であることの一定の疎明があったときに初めて、初めてその可能性を認識することが可能となること。しかし、果たして違法かどうかはこの段階ではわからない。次に違法行為を行っていると批判される会員に対して、批判にかかる事実を伝えて、釈明を求めます。こうして、「明らかに違法といえるか」を検討することになります。匿名のページで、表現内容に責任の所在を明示していないもの、批判を受ける体制を取っていないものについてはその保護の必要性において大きな疑問があります。そして、第三者からの批判を無視したり、事業者の質問などに合理的な判断を示せないときなどは、「明らかに違法」に近づいていくといえます。
プロバイダーは、違法性の判断義務はなく、紛争を解決すべき法的な機関でもありません。従って、判断を強要されません。判断を回避することで責任が発生することはありません。従って、プロバイダー自ら「明らかに違法」と主体的に判断するとき以外は、当事者の判断にゆだねることが最適でしょう。すなわち、表現を行った会員に対して批判者との円満解決を行うべき事、解決があるまで問題ホームページに対する一般のアクセスを制限すること、円満解決した際は解決内容に従って当該表示を復活すること、などを伝えて、

当事者間の解決を進めるべく、会員の住所氏名連絡先の開示を求めます。会員が、これを拒否したときは、当事者間での解決を拒否したものというほかなく、解決の意思もなく、解決の可能性を自ら否定したと言えます。もはや当事者間ではこの紛争を解決できないのですから、事業者としては表現者の保護は尽くしたというべきであり、それ以上の放置は有害であり、有益な事はありませんので直ちに削除ないしアクセス停止をすべきです。
(D)神戸少年殺人事件に関連して

ここで事業者が明らかに違法と判断した場合についての行動に関する法的な問題点に触れておきます。神戸の少年殺人事件があり、その犯人探しが行われ、ネット上で実名や写真が掲載されたと言う問題がありました。少年法に違反する違法な行為でしたが、その対策が如何にあるべきかは、大変困難な問題を提起しました。事件報道と言う観点(表現の自由、報道の自由と知る権利?)と、少年の保護、被害者の保護と言うような観点からの考慮とが真っ向から対立した形です。
この問題の回答などありませんが、少なくとも次の事は言えるでしょう。社会的な批判として掲載を批判することは当然でも、有無を言わさず掲載を削除する事を事業者に求めるのは行き過ぎでしょう。事業者に民間警察官のように、違法行為の除去の義務を求めることは行き過ぎだからです。そしてそれができるだけの権限もありません。事業者としては、違法と判断したのであれば削除権限を行使することも可能であり、削除自体は違法ではないというだけです。しかし、同時に放置すると言う選択も可能です。放置したと言うことは批判、反批判を当事者に委ねたと言うことで、議論の機会を守ると言う意義があるのです。したがって、放置したこと自体は、何ら批判されることではなく、放置したことに対して法的責任を問われることはないはずです。
ただ、問題はこうした実名報道、写真の掲載の多くが、無責任な投稿であったり、匿名ホームページだったりすることです。こうしたケースでは、被害者は抗議の方法がありませんし、当事者関係に立ってもいないのです。これでは、被害者は泣き寝入りでしょう。
従って、大変きわどい議論の場合には特に実名の表示を義務づけるという手段の選択が必要と思われます。匿名のホームページであることを認識して、批判が掲載者にはいかないことを認識していながら、敢えてこれを放置すると言うことは、共同責任があると言われても仕方のないことです。
3)刑事事件の法律関係(わいせつサイトの取り扱い)
わいせつサイトの取り扱いについては、民事的な判断とは全く別の観点に立つ必要があります。
まず、わいせつサイトの掲載に関しては、現時点では、幾つかの下級審判例(ベッコウアメ事件、モンキータワー事件、京都BBS事件など)によって、わいせつ画像の掲載が公然わいせつ図画(物)陳列罪として有罪になっています。わいせつ概念や、わいせつ物概念に関する争いがあり、今後も検討すべき課題が多いのですが、捜査機関においては、

下級審の判断通りの立場を基本として捜索、立件となるでしょう。従って、わいせつなサイトがすべて無罪だと言った主張はひとまずおいて、わいせつサイトの掲載者が有罪とされると言う現状を前提にして検討する必要があります。

ここでは事業者の責任の点から検討することになります。
所属会員がわいせつな図画を掲載する行為が猥褻罪とされる可能性があるという点についてはさておき、ここでは、事業者の刑事的な責任という観点から、検討を加えておきます。
その場合、十分注意していただきたいのは、事業者は会員の掲載内容を検閲できないと言うことです。したがって、この観点からは、事前規制は許されず、如何なる場合にも事後的な対処しかできないと言うことです。加えて、社団法人日本図書館協会の「図書館の自由に関する宣言」(1979年5月30日決議)では、刑事事件(わいせつ)に関するものに付いては、「有罪が確定したもの」については図書館において公開することを禁止していますが、わいせつの裁判中など、未確定のものに付いては、この掲載を禁止することは、表現の自由に対する制限、検閲にあたるとして、許されないとしています。
こうした、公的な部門ですら、表現の問題なので、慎重な取り扱いをしていますので、

事業者においてはさらに自由な判断が認められなければなりません。

実際に問題となり事業者に対して検討されるのは、おおよそ次の場合でしょう。

@事業者自らわいせつ図画掲載を行った場合

これは、事業者がみずからわいせつサイトを開催し、あるいはそうした画像の掲載、公開を行った場合です。
現在まで、事業者の責任が問われた事例は、BBS事業者に関するものとしては「P−STATION事件(横浜地裁川崎支部平成7年7月14日確定)」、「メディア大阪(京都地方裁判所平成7年11月21日確定)」、「モンキータワー事件(平成8年6月27日札幌地方裁判所判決・確定)」、「京都BBS事件(平成9年9月24日京都地方裁判所判決・控訴中)」の4件です。
最後の事件は、現在公判中で、争われていますので、言及すべきではないので、避けますが、外の確定した事件を見ますと、いずれも事業者の刑事責任を肯定していますが、いづれのケースも、事業者自身がわいせつ画像の配信を自身の手で行っていると言う特徴があるようです。判決文からは、事業者自身がわいせつ画像の公然陳列を企画して、自ら実践したと言うものとなっています。したがって、事業者と言えども、みずからわいせつな画像の陳列をしようと考えて、これを実践すれば、捜査の対象となる事にもなります。
事業者としての免責特権はないと言うことです。

A 会員のわいせつサイト開設やわいせつ画像の掲載、公開を放置した場合

これは、事業者に所属する会員の行ったわいせつな画像の公開が「わいせつ図画公然陳列」になるときに、事業者は何らかの責任を問われるか、という問題です。
これが問題になったのは、広島のプロバイダーの事件でしたが、これは大変おかしな事案で、結局起訴に持ち込むことすらできないものでした。事案は、事業者が運営するインターネット接続会社に、会員として参加したものが、海外のわいせつサイトへリンクした行為が「わいせつ図画公然陳列幇助」になるとして、その会員と事業者の両方を送検した事案でした。新聞報道はプロバイダーが行ったとか、わいせつ画像が掲載されたとか、様々でしたがこれらはすべて間違った情報とのことです。結局のところ、アメリカのサイトへのリンクしたものを、自ら掲載したと勘違いして、強制捜査したと言うのが真実の様です。
ここでは会員の行為自体が起訴できないものでした。アメリカのわいせつサイトがアメリカの法律において適法である以上は幇助犯は成立しませんし、アメリカ法での正犯(国外犯)に関する処罰規定は我が国刑法にはないので、その幇助も基本的には処罰できません。こうして、この事案では犯罪そのものの成立が不可能な事案であったのです。その上、ホームページを放置したと言う、事業者の責任はさらにどのような犯罪になるのか、大きな疑問のあるもので、いわば問題外の事案でした。
したがって、議論の余地はないのですが、ただ一ついえることは、現在のようにわいせつの概念や、処罰規定の適用にゆれのある時代には、捜査機関自体が混乱と誤解とによって間違えを犯すことも当然であり、やむをえないことなのです。こうした事に対しては、事業者としては、過度に怖がることはなく、事理の有り様を慎重に正確に検討して、毅然とした態度を取る必要があると言うことです。
現在まで、事業者が責任を負うと言う判例はありませんし、事業者が起訴されたケースもありません。

B会員ホームページがわいせつサイトへリンクするのを放置した場合

わいせつ画像を掲載した会員に関しても責任を取らないでいいのですから、会員が、外のわいせつサイトにリンクしても、何らの責任も生じません。リンク自体を違法とする判例もありませんし、リンクの一つ一つを吟味すると言うのは、これまた検閲になるので、行ってはいけません。
一切責任はないので、ご安心ください。

C事業者自身がわいせつサイトへリンクした場合

これは、サービスとして行う、ディレクトリーサービスによって紹介している場合やサーチエンジンでリンクしてしまう場合も含まれるでしょう。
こうした事業者に関して、刑事責任が追求された事案はありません。それは、事業者がこうしたサービスを行う際にすべての内容を検討して、審査することができるかどうか、その判断に関する間違えをどうするかの問題があり、一律に問題を解決することはできないからです。結局、故意のある場合が問題になるので、判断の間違えや、調査ミスなどは全く刑事責任とは結びつきません。
ロボットによる自動検索にあっては、そうした作業をするのは、利用者であり、事業者には支配は不可能であり、また犯罪の故意などは認められないので、刑事責任はありません。

Eアダルト商品のバナー広告をした場合

広告一般の問題になります。こうした広告を行う際に、取扱商品や、コンテンツの内容が犯罪を構成すると言うことを知っているような場合には、犯罪に加功したとして共犯ないし正犯(意思を通じて一緒にやった場合)になることもあります。しかし、一般的な広告を求めて、提供を求めたものに犯罪を推察するものはないと言う場合には、何らの責任も負担することはありません。広告内容を調査する必要もありませんし、その判断をする必要もありません。この点では、リンクと同様に考えればよいわけです。
警察からの警告に対して
警察から「問題のサイトがある」旨の警告を受けることがあります。こうした際に事業者の立場を明確にしておく必要があります。事業者は、捜査機関の下請けでもなく、検閲機関でもありません。したがって、会員の掲載内容に関しては一切検閲も、編集もしていないし、関与する義務もないと言う立場を明確にする必要があります。
その上で、無用なトラブルを回避するために、また会員に対するサービスのために、営業上の信用や人気の保持のために、事実上の作業として当該会員にサービスとして、右警告の内容を伝えることは可能です。それ以上はすべきではありません。警察の代わりに、削除すると言う行為をするならば、それは検閲であり、捜査機関に対して編集義務を認めることになるからです。
基本原則は、捜査機関は自力で捜査して、自力で証拠を集め、自己の判断で摘発し、自己の力で必要な強制力を行使するのです。民間人たる事業者は、そうした捜査機関の作業を妨害しなければいいのです。

3 ネットワークを巡る法律問題

1)セキュリティーと法律的責任(管理責任)
セキュリティー問題は、近時大きな問題になっています。会員の情報が漏洩されることに付いては、様々な問題を巻き起こすことになります。
セキュリティーのなされていない事業者が全体の4割もいると言うアンケート調査もあるほど、惨澹たる状況です。これは、今後の営業と言う観点からも、ただちに改定すべき問題です。
セキュリティー問題に付いては、現在警察庁と郵政省とが協力して、「不正アクセス禁止法(仮名称)」の策定をしていると言うことです(新聞発表)。その内容は、警視庁の資料に依れば、不正アクセスをしたものの刑事責任は持ち論の事、それと同様なものとして、事業者の管理責任(安全確保義務)を厳格に規定すると言うものです(警察庁平成8年4月情報システムの安全対策に関する中間報告書第2編1(1)法制度の整備)。
セキュリティーのレベルに付いては、「合理的なレベル」と言われていますので、事業規模や、事業者の慣行として一般に期待される程度のセキュリティーレベルは必要でしょう。そのレベルを保っていた場合には、高度なクラッカーによる破壊活動や情報の盗取等にあっても責任はないと判断されるでしょう。これは、事業の管理者としての「善管注意義務」と言うレベルを守っていれば過失がないとされるものです。
2)通信の秘密及びプライバシー問題(ガイドライン)
ア、通信の秘密の範囲は、広範なものと捕らえる必要があります。通信内容にとどまらずに、会員の氏名、住所、アクセス状況、支払料金、利用頻度、アクセス先、その他の履歴など事業者として取得する一切の情報を対象としています。
従って、裁判所や、警察当局が正当な理由と手続きによって開示請求した場合でも、その請求に応じていい範囲は、その手続きで検査された、特定の範囲の情報だけであって、それ以上の範囲に付いては開示することは禁止されています。関連証拠として、探索的な捜査をするケースが多いようなので、十分に注意してください。
イ、次に、プライバシーの保護の問題ですが、個人情報保護に関する通産省のガイドラインが参考になります。
「個人情報保護ガイドライン」が平成9年1月30日に改定され、我が国の事業者における情報管理の重要な基準となっています。その基本的な内容は、情報収集の対象の限定、目的の明示、利用制限、適正管理、自己情報に関する権利保障等です。
事業者が会員から開示を受けた個人情報はすべて、プライバシー関連情報であり、このガイドラインに沿って管理運用されなければなりません。ガイドラインは、法的拘束力はなく、罰則などもありませんが、民事法の基準になると考えられます。事業者にとっては、遵守すべき、重要な判断基準になります。
ウ、クッキーなどの利用に付いて
WWWの利用状況を確認し、利用者の情報利用を知ろうとするクッキーのシステムには、

多くの疑問があります。情報の取得や、利用に関してはEU指令による情報の管理、前掲ガイドラインを遵守すべきなのですが、クッキーの方式は、そうしたものを遵守しているとはいえない側面があります。

クッキーを受け取ることを義務づけるような表現や、クッキーを利用しないとアプリケーションが動かないような脅しのような文言も見られます。更に重要なのは、クッキーの取得・排出によって得られる個人情報の内容や、閲覧の履歴の範囲等の提供情報の内容が明確でない点があります。更に、こうした情報の受け入れ、排出と言ったことに関する拒否権通告と拒否権行使が不利益にならない旨の通告が必須であるところ、そうした通告はなされていない場合が多いこと、が挙げられます。
拒否権行使をすると、何回も連続してクッキー表示を行い、受け取るまで表示を続けると言う卑劣な方法を採用するものも多くあり、有力なサイトで頻繁に行われており、インターネットの公正利用と言う観点からも、問題となるものです。個人情報に関する基本的な理解に欠けるものと言うほかありません。

3 著作権問題(紛争・管理・指導)

(1)著作権の紛争について
著作権に関しては、さらに困難な問題が生じます。著作権は、表示自体に発生する権利ですから、表現者の表示自体が著作物である可能性があります。そして、それに対して、自分の著作権を侵害したとして被害申告をされても、いずれの著作権が正当なものかの判断は基本的に不可能です。全く同質の表現行為が対立矛盾するからです。どちらを違法な複写と判断するか、どちらが先に成立していたか、著作性があるか、など裁判においても大変困難な問題です。
現在、米国での新しい前記判例が出されたこともあり、著作権問題に関しても、プロバイダーは原則として責任が無いという方向にあります。その方向を押し進めるための新しい理念の確率を目指して、プロバイダーの責任を限定する立法(H・R2180)が審議されています。
この関係もあり、著作権問題に関しては、さらに慎重な考慮が必要となります。
従って、わが国では、著作権に関する紛争に対しては、事業者は介入することはさけるべきものと言えます。そして、著作権侵害に関しては、介入しないという立場をとるのが賢明です。
著作権問題の指摘に対しては、当事者による判断以外一切関与できないことを明示しておくことが無駄な紛争を回避するために必要でしょう。
(3)著作権管理について
(4)著作権に関する指導

4 消費者保護(ネットねずみ講、詐欺商法など)

5 今後の課題と方向

1)著作権の方向、デジタル化権について
2)トラブルの増加と対策
3)自主規制と法的規制
4)消費者教育と啓蒙