【中小企業診断士受験の動機】

  技術士の会合に参加しているとき、ある講演者が技術士・中小企業診断士の両資格
をもち、次のような趣旨のことをいわれたことがあります。
  「中小企業診断士は毎年、資格の更新のための講習があり、よく勉強している。技
術者のように専門馬鹿に陥らず、頭も固くなくて、話をしていて豊かな気分になる。」
  もっとも、中小企業診断士では報酬をあまり多く請求できないため、大企業では技
術士の名刺を、中小企業には中小企業診断士の名刺を出すといった裏話もありました。
  いつか、この資格に挑戦してみようと思い立ちました。(昭和48年頃)
  勤務先(電機会社)の通信教育奨励対象の中に、この「中小企業診断士」を見つけ、
費用の半額程度が補助されるという恩典もあって応募しました。
  これを機に受験を決意しました。

【受験と対策など】
  通信教育は、基礎的な内容が多く、比較的わかりやすいものでした。
        通信教育「中小企業診断士」            日本マンパワー
  この期間中『コンサルピア』というパンフレットが配布され、受験に必要な知識な
どが要領良くまとめられていました。
  また、試験が行われると翌月号にその試験問題が掲載される等、キメの細かい配慮
がなされていました。
 合格体験記なども大変参考になりました。  
 しかし、大体において優秀な受験者の体験記が多く、落第回数の多い私などとはか
なりの隔たりが感じられました。

  次の刊行物も、毎年でなく何度か購入しました。
          『中小企業白書』
          『図でみる中小企業白書』
  後者は、合格後の更新講習でよく配布されます。
  なお、次の本も2次試験向きながら、概要把握の意味で1次試験の時に一度購入し
たことがあります。
          『中小企業の施策100問100答』

  試験科目は、次のようになっています。
《工鉱業部門第1次試験》
     1. 工鉱業に関する経済的知識、   2. 経営基本管理、  3. 財務管理、
     4. 生産管理、 5. 資材及び購買管理、  6.販売管理、  7. 労務管理、
     8. 工鉱業技術に関する基礎知識

《工鉱業部門第2次試験》
     1. 中小企業対策、    2. 中小企業診断実務の事例
  このように、企業活動全般にわたる広い範囲がカバーされています。
  
  生産管理、品質管理等は、現場の管理でそれなりにマスターしていました。
 
  資材管理は、多少目新しい内容がありましたが、あまり苦にならずについていけま
した。ダブル瓶システム、経済的発注量(EOQ)の考え方は、ずいぶん参考になり
ました。                        
 
  労務管理も、現場の係長を体験し、人事考課等で勤労部門と激しくやりあったり、
管理者研修でがんじがらめの枠組みにクレームをつけたりしていた
経験があり、開発部門に移って、ライン&スタッフ、タスクフォースなども身近な問
題でしたので、違和感はありませんでした。
  ただし、ある年には「まるで社会保険労務士の問題だ」という声が聞こえたほど偏
った出題があり、苦労しました。

  経営基本管理は、これより約10年前、現場の係長を命ぜられてから、『こんな幹
部は辞表を書け』(畠山芳雄著  日本能率協会)など、マネージメント関係の本を読
み漁っていたこともあり、ホーソン実験やマズローの欲求の5段階など、ほぼ完全と
いえるほど理解できていたように思います。

  販売管理も、目新しい内容がやや多かったですが、世の中の商業関係者の考え方や
苦労についての認識を新たにすることができて有意義でした。
  例えば、全く人手による散髪代は、昭和40年代初めには 300円でしたが、
   (散髪=3発が3百円、イッパツ百円などという人がいました。)
平成に入って約10倍の3千円になりました。食堂街ではとても10倍にはならず、
経営努力が感じられました。
 
  なお、「技術士」の資格を取得していたので、「工鉱業技術に関する基礎知識」は
免除されていました。2日間の試験の最後の時間に当たっていたので、一足先に帰れ
るのはありがたかったといえます。
(何回も落第すると、平均点を上げる意味から科目免除を返上することも考えました
が、結局、他の科目全体の総合力の不足が原因でした。)

  財務管理は、最も苦労した科目です。
  通信教育が終わった昭和50年夏の第1次試験から受験しましたが、見事に落ちま
した。
  結局、財務管理がウィーク・ポイントであることに気付いて、新たに財務管理の通
信教育を受け、そのような考え方がようやくわかりかけてきました。

  この資格試験での落第続きへの対策と、会社で一時、必須とされていた「ミドルマ
ネージメントコース」に自主的にトライする意味で、この通信教育も受けました。
  さらに、労務管理のひねった問題に苦労させられたことから、「労務管理」の通信
教育も受けました。
  幸い、第1次試験に合格できたのは、いろいろな科目がたまたま得意な範囲に重な
ったようでもありますが、やはりある程度の実力が備わったからといえそうです。

  第2次試験は、内容が中小企業施策に変わっているだけです。
  第1次試験に受かると、第2次試験は受かったようなものと言われながら、私の場
合は2回目でようやく合格となりました。(第1次は4度目)

  その次は、中小企業診断士実習、いわゆる第3次試験でした。
  ちょうど、セラミックス開発の仕事が一段落する直前で非常に忙しいときでしたが、
上長、部下によろしく頼み、実習先から、あるいは帰りがけに度々電話を入れたりし
て、無事修了することができました。

  実習の最初は、荷札の製造を本業とする小企業でした。
  経営者は立派な方で、いろいろ勉強させていただきました。我々の実習を受け入れ
て、合理化に着手しようとのねらいもあったようです。
  次はアルミニウムの再生を行う企業であり、ちょうど地金の価格が高騰している時
で、得意満面の経営者から「買い」のタイミングや決断力についての講釈を承ること
になりました。
  感想として、人手やエネルギー等のインプットに見合った成果、つまりアウトプッ
トがどれだけ期待できるかの見極めが不十分のように思えました。

  実習グループで、レポートを仕上げるべく、休日に実習指導の先生(中小企業診断
士)が所属される事務所に集まって、議論しながら最後のまとめをやり遂げました。
  メンバーは、大企業に勤める人、税理士として自営している人、商工会議所で経営
相談に携わる人など、多彩な顔触れで、人も環境も自らの勤務先とは随分異なったこ
とにぶつかって、大いに視野がひらけた気がしました。
  その後、私が神奈川県に単身赴任するまで、更新講習で顔を会わせると、近くの店
に立ち寄り、ビールやコーヒーで旧交を暖めていました。

 【登  録】
  かなりのボリュームの実習レポートを提出し、登録申請書を提出するように指導を
受け、翌1月に一式揃えて申請すると、4月に登録証が届きました。
  技術士の登録証のように立派なものをイメージしていましたが、こちらは免許証サ
イズでした。
  この資格を取得しても、3年後の更新登録(以前は2年ごと)までに、通常は毎年
2日の更新講習を受けねばならず、その負担とメリットを勘案して、この資格を放棄
される方も多いと聞いています。

【中小企業診断士のグループ活動など】
  中小企業診断士の登録ができ、中小企業診断協会に加入しました。
  協会に入らなければ、資格更新ができないようなイメージでしたが、資格保有者の
約半数が、とくに協会に所属せず、更新講習だけを受講して、資格の維持に努められ
ていることを後に知りました。
 
  中小企業診断協会本部会費、支部会費、および更新講習費を合わせると年5万円程
度になります。決して少なくない額で、漫然と年1回の更新講習を受けているだけで
は、ほとんどメリットがないように思えました。
  業務独占資格の恩典があればともかく、名称独占だけなので、「中小企業診断士」
を名乗らない「経営コンサルタント」なら誰でもやれるからです。
 
  中小企業診断士は、これだけ広い知識が要求される資格なら、それだけ恩典も収入
も大きいと考えられがちですが、一般論としては、さにあらずといえるでしょう。
  協会関係の方でも「こんな儲からん商売知らんワ」とコボされたことがあります。
  大阪中小企業診断士会の『診断士』昭和62年夏期号に、ある会員の方が次の随想
を寄せられています。
  「中小企業診断士は、経営コンサルタントの唯一の国家資格である。しかし、診断
士を職業として生計を立てている人はわずかである。近年、企業診断に対する潜在的
需要は増大しているのに、何故診断士では飯がくえないのか。(以下略)」
 
  例外として、前記の通信教育のスクーリングに講師をつとめられた中小企業診断士
は、税金対策に苦慮されるほどの収入を得ておられると、ある人から聞きました。
  別に、中小企業診断士として大活躍しておられる方も、中小企業診断士更新講習の
講師として招かれ、「たくさん貰っている」とことわりながら、その講習会としては
珍しく(?)魅力的な話をされました。
  実力のある人は、活動も話ぶりも違うものだと思いました。一握りの人が大変な高
額所得者というのは、プロ野球、プロゴルフ等々多くの世界に共通といえそうです。
 
  中小企業診断士に限らず、プロのコンサルタントをコーディネートするコンサルタ
ント会社の説明会に参加して、何ら公的資格をもたずにコンサルタントとしてバリバ
リやっている方の話を聞きました。
  「飛行場に着くと、下にも置かないもてなしで当夜はご馳走攻め。翌日は、財務諸
表等を見て社長以下、経営者を指導していく。臨時の問題が発生したら、また飛んで
いって午前様までも指導する。こんなことをやっていると、月のうち半分以上は家に
帰れない。たまに帰ると『あなた、どこの人?』と妻がいう。」

  主催者、時、所を変えたこの種の説明会によく参加しましたが、
      「定年になりました。
        明日から、コンサルタントを開業しますのでよろしく」
というようなダイレクトメールを送っても、まず反応はゼロである、それなりの準備
を、もっと若いうちからやらなければ、というような趣旨で、主催者によって
「商品」、つまり、提供ノウハウとその対価が異なっていました。

  さて、昭和62年度後半に大阪中小企業診断士会で、二つの実践研究会がスタート
しました。
  かねて、会費負担と提供されるメリットに疑義を抱いていましたので、何かを得る
べく「中小企業の人材育成とその具体例」(Bチーム)に参加しました。
  中小企業診断士として自営されている8名を含む21名の参加があり、当時50歳
を迎えたばかりの私は若い方から3、4番目でした。
  リーダは大阪に本社がある大手化学メーカの監査役を務められ、博識かつ行動力抜
群の方でした。
  ほぼ月1回の会合が予定されていましたが、それだけでは不十分として翌2月には
合宿研究が行われました。

  「人材育成とは」、「人材の具備すべき条件」、「人材育成のニーズ」、「人材調
達」、「人材育成計画」、「組織・人材活性化」、「評価と処遇・配置」等について
の熱心な討議が行われ、後日の分担研究のメンバーも決められました。
  さらに、事例研究としての会社訪問のやり方なども決定されました。
  夜にはアルコール入の懇親となり、ベテラン中小企業診断士の体験談をはじめ人生
論まで発展しました。
  高齢の方が、専業の中小企業診断士として、たくましく生きておられる姿に勇気づ
けられました。
  話題は延々と続きましたが、午前さまになり先に失礼して相部屋の方と引き上げま
した。

  この方は、大手電器メーカからサービス会社に出向しておられる専務さんで、後継
者育成に腐心しておられること、出向前は強い権限をもって精力的に営業活動を展開
しておられたこと、体に自信があったので宴席でも仲居さんにアルコール負担を軽減
させる策を弄せず、とうとう肝臓をこわしたこと等を眠りにつく前に話していただき、
また、後に受験することになる「販売士」のことも紹介していただきました。
  そして合格後、大阪販売士会の新年会に初めて出席したとき、理事長をはじめ、会
員諸氏に紹介していただきました。

  さて、事例研究は3人1組で実際に中小企業を訪問して行うことになり、私たちは
1人のメンバーが以前に関与しておられた大手洋酒メーカの関連会社である食品会社
に出かけました。
  店長経験のある教育担当課長さんはフランクに答えた下さり、大いに勉強になりま
した。また、外食産業の店長さんの勤務のきびしさも、実感として伝わってきました。
  テレビなどでも、ドーナツ店やハンバーグ店の店長さんの研修風景などが放映され
ますが、実際の対話で得た感触がベースにあると、さらに身近に感じられます。
  本題の人材育成もさることながら、異分野の事業の一端を肌で感じたのは初めてで
あり、先輩中小企業診断士に感謝しました。

  さて、この研究会は全く任意の参加でありながら高い出席率でした。最終的に、中
小企業主に活用していただけるような資料として、まとまりのある結論に到達しまし
た。
  こんなご縁で、昭和63年度には大阪中小企業診断士会で「材料開発の最近の動向」
というテーマで講演させていただき、同じタイトルの小文を会報『診断士』に掲載し
ていただきました。
  さらに、2、3の市の商工会議所で、同様の講演をさせていただきました。

  平成3年度の中小企業診断士更新講習は、単身赴任先の神奈川県で受けました。
  ずっと大阪では、マンネリ気味のところもありましたが、横浜市中小企業指導セン
ター所長殿の「地域経済の課題」は、横浜市のビッグプロジェクト(「神戸市株式会
社」と対比)、大型店の進出、とくにデパートの激しい進出競争、製造業の合理化等
々、巨大な時の流れを感知させてくれました。
  バブル最盛期で、こんなにデパートが進出して大丈夫?  との懸念を抱きましたが、
当時は自らのセンスの変容と洗脳が必要か?とも思ったものです。

  その後、勤務の関係で平成4年度から京都支部に所属するようになりました。
  月例の経営研究会で有益な講演を聞き、直後に商業・工業専門部会に分かれて事業
を模索・研究するものでした。
  その後、後者は合体して一つの事業部会となり、その中でグループ別に選んだテー
マで調査・討議・まとめを行うようになりました。 
  私は最初、「創業支援」のテーマに参加し、パソコン通信で「中小企業」、「京
都」、「創業」で検索して原稿に活かしたりしました。 
  グループでまとめたものが、機関誌『診断京都』に掲載されました。
  この作業に関連して、大先輩の事務所(税理士事務所)に集まり、本題以外に、資
料・情報の収集・整理・活用、事務所運営、クライアント様々の一端に触れさせてい
ただき、大いに勉強になりました。

  ごく最近、中小企業の設備の近代化と経営の合理化を目的として行う国および京都
府の制度に関連した企業診断について、中小企業経営診断・指導実績が 1,000 社を
超える大ベテラン中小企業診断士から懇切な指導を受けることができました。
  ご多用の中、財務諸表の基礎から、生産性・収益性・安全性・成長性の診断までの
内容についてご教示・ご指導いただき、心から感謝しています。

  また、私の現住所のある兵庫県支部の特別例会・見学会、通常例会・講演会に飛び
入りで参加させていただきました。定年後は、ここに所属すること
になります。                                    
  京都支部、兵庫支部でも、貴重な人脈が得られたことに感謝しています。

  「中小企業が国民経済において果たすべき重要な使命」に鑑み、中小企業診断士の
活躍の場がひろがることを念じつつ、今できるかぎりの貢献をし、将来に備えそれな
りの準備も進めようと思っています。


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