【情報処理技術者受験の動機】

  コンピュータには、以前から強い関心を持っていました。昭和40年代前半の「N
HKコンピュータ講座」は、なかなか良い内容を提供してくれたと思います。
  電機会社の一事業所で、約30年前の昭和40年頃に「工程管理の近代化」が打ち
出されました。

 私の所属する熱処理係は、比較的後工程に属し、前工程のシワヨセをうけることが
多かったので、工程を計画通りにスムースに流す、つまり工程管理の合理化という趣
旨なのか、それともコンピュータを利用するなど文字どおり近代化をいうのか、直属
上長の係長に確かめたところ、後者だと教えていただきました。

  プロジェクトが発足し、工程管理担当のベテランが、我が熱処理係からも参画され
ました。その状況を漏れ聞くと、試行錯誤、悪くいうと堂々巡りの様子で、多少とも
コンピュータのわかる人が一つの構想を提示するが、工程はそのようにはならないと
の反論があり、コンピュータ側でも誤りに気がつくとまた逆戻り、という状態がやや
長く続いたようです。                              
  システム構築の初期は、大体こんなものしょう。        

  昭和42年に、30歳直前で、前任者の後を受けて、熱処理係長を拝命しました。
 工程管理については、帳票の流れ、品物のチェック等々に改善を加えました。
 関係者で事業所内のコンピュータ施設を見学したりして、理解を深める努力をしま
した。

  そんな中で、「情報処理技術者」試験が登場しましたので、関心を持ち、第2回の
昭和45年に初めて挑戦しました。

【受験と対策など】
  最初は、NHKコンピュータ講座のテキストを復習して、試験に臨みましたが、問
題をみて解法に随分うまい工夫がなされているのに感心するようでは、落第が当然と
いえました。

  当時のニュースによると、かなりの高齢者がNHKコンピュータ講座の勉強だけで
合格されとか、私などとはアタマの構造が違うのではないかと思われました。
 その後も、先の勉強の復習、さらに通信教育「電算機・基礎コース」の受講等の努
力を重ね、この試験にさらに1、2度挑戦したように思いますが、訓練していないと
時間不足が切実で、合格には程遠いのが実態でした。

  結局、パーソナルコンピュータ、いわゆるパソコンの活用を通じて、ミニコンにも
アプローチし、FORTRAN で職務に必要なプログラムをかなりの時間をかけて作成する
体験をしてから、やっと第2種情報処理技術者試験に合格できたわけです。
  さて、情報処理技術者試験への勉強は、次の参考書によりました。
        『JISに準拠したFORTRAN』大泉  充郎監修        オーム社
                (―基本コース―および―拡充コース)
        『第2種情報処理受験シリーズ』                          オーム社
                (1.ハードウエアの基礎知識、
         2.ソフトウエアの基礎知識、
                  3.FORTRANプログラムの作成)
      『CAP―X入門』              赤松  徹著              工学社
      『第二種情報処理試験』          受験振興会             啓学出版
            (ハードウエア・ソフトウエア・関連知識編、プログラム編)

  既述のように、当初NHKコンピュータ講座で勉強したが、受験に失敗しました。
  パソコンに触ってみて、実際にプログラムを作成する苦労をし、少し届きそうな実
感をもちましたが、それでも何回か落第し、パソコン誌でアセンブリ言語の方がやさ
しいというのを見て、二股をかけてみました。

  そのパソコン誌に掲載されていた練習ソフトを実際に  PC-8801 に打ち込み、さら
に別途購入した『CAP―X入門』の参考書で勉強して、試験に臨みました。
  合格できた年には、午前の問題は抜群に良い成績でしたが、
午後の問題は CAP―XとFORTRANの間をウロウロして時間切れとなり、
あぶない状況でした。

【パソコン・ワープロ雑感】
  私のパソコンとの出会いも、NHK教育テレビからでした。
 昭和55年頃で、女性デザイナーがCRT画面上にカラーグラフィックのデモをや
ったり、かの有名な安田寿明氏の解説があったりして、大いに興味をそそられました。
  早速、書店に出かけ、次の本を見つけてきました。
  『だれにでもわかるマイコンの作り方・使い方』  河内  洋二  著    啓学出版

  6800系CPU、4 k RAMで、約10万円などの内容が示されていました。
 この本をバラして、回路図を1枚につなぎあわせたりして理解に努めました。
 ICの働きなどもわかりやく説明されていました。
 RAM、ROM、CPUなど、私には新しい知識でしたが、こんなところで理解が
深まりました。

  別の本によると「作るより使え」とありました。
  『マイコン』、『RAM』などの雑誌を知り、予備知識を得て電気品の安売りで知
られる大阪・日本橋をうろつきました。作ろうとしたのと同じもの(ベーシックマス
ター・レベル2.)がRAM増設サービスで8倍のRAM(32kB)になり、しかも作
ろうとしていた価格(10万円)まで値下げされていました。
 作ればそれだけ勉強になりますが、完成に漕ぎつけられるかが懸念されるました。
  「作るより使え」、そんなことを考えると魅力的な商品でした。

  丁度、PC-8001 が出始めた頃で  168,000 円、申し込んで2週間かかります。
ベーシックマスター・レベル2.は、今持ち帰って10万円、結局これを衝動買いして
しまいました。昭和56年2月のことでした。
 その後、パソコン雑誌に掲載されるソフトは、大半がPC用で、ベーシック・マス
ター用はまれにしか載りませんでした。

 それでも、パソコン誌と首っ引きで、ゲームソフトをキーボードから打ち込んで、
何とか走るようになると、小学校高学年の長男は結構喜んだものです。
  最初の海外出張からの帰国後、礼状書き等にワープロ機能が欲しかったのですが、
衝動買いのわがパソコンは小文字が打てず、また新しい機種は使いこなすまで時間が
かかると諦め、普通の電子タイプライターを入手しました。

 その後、投稿論文の作成に何回もタイプの打ち直しをやると、やはりワープロ機能
の登載できる機種を確保しておくべきだったと悔やまれました。
  この年、何とかカーチャンを説得して PC-8801を、カラーCRT、プリンター、フ
ロッピーディスク(当時は、随分高価でしたが)のフルセットで購入しました。
  直後に PC-9801が発売され、「裏切り者」の印象は、私にも非常に強く残っていま
す。
  ゲームもカラーになるとさらに面白くなり、長男は毎月1本と約束したゲームソフ
トを首を長くして待つようになりました。
 買えば、当時で1本  3,000 円程度となるため、パソコン雑誌を毎月五誌ほど買い
こんで、打ち込み作業を続けました。
 長男も LIST をとり、PACKMAN のゲームでカベをとっぱらたりして、変わった遊び
を楽しんでいました。

  ワープロソフトも買い込んで活用しました。
 ゲームやビジネス用のソフトの内容を理解するため、ハード、ソフトに関する本を
数十冊読んだりしました。しかし、また8ビット機の限界を感じて、新たに、16ビッ
ト機 MULTI-16 (CPUは 8086)を購入しました。
  論文作成には、これらのワープロ機能を活用してきました。
  なお、パソコン通信を応用するため、RS-232C 端子の接続を、長男に手伝ってもら
ってハンダ付けをして完成し、アスキー・コードのデータはごく簡単な通信ソフトで、
PC-8801 から MULTI-16 にコピーすることができました。

  その後、格安の社内分譲で、CPUが 80286にグレードアップされたAXパソコン
「MAXY」を高速演算素子 80287付き、ハードディスク付きで購入しました。
 さらに、ワープロ機能でば、ワープロ専用機が勝れているため、CanoWord  α  シ
リーズを購入し、単身赴任の往復にノートワープロ、MAXYのハードディスク故障
時に、ノートワープロのプリンター変わりに、またα40と書い足し、単身赴任が解
けると、狭い我が家がパソコン・ワープロで埋まる始末でした。

  実際のプログラミングでは、少し勉強した FORTRAN  をもとに、BASIC も理解でき
るようになり、簡単な統計手法である分散分析のプログラムを自作したりしました。
  材料開発の手法として、やや大きな実験計画法による実験の結果のグラフ化、解析、
さらに多くの実験結果のデータベース化等々には、ミニコンと FORTRAN  を活用しま
した。
 このレベルには、簡単な自習では対応できず、コンピュータに散々叱られれながら、
エラー・メッセージだらけのプリンター出力を持って、その道の専門家に、それこそ
ベッタリで教えてもらったりしました。

  まず、パソコンで覚え、ミニコン活用のキッカケとすることができたわけです。
  さて、このレベルでは、それほど高度でない、自分用のプログラムをやっと作成で
きる程度で、依頼を受けてプログラム開発などとても考えられません。大分時間を食
ったので、専門家に頼んだ方が早かったといえるのですが、使っているうちにいろい
ろ改良したくなり、その点で自作はそれなりに意義があるでしょう。

  この分野は、CPUやメモリー素子、コンピュータ本体と周辺装置のハードウエア、
さらにソフトウエアとも関連して、CG(コンピュータ・グラフィックス)、VR
(仮想現実)、AI(人工知能)あるいは EXPERT SYSTEM  等々驚くべき進展ぶりと
いえます。
  CAE(Computer Aided Engineering)の効用も非常に大きいといえます。
 私が深く係わってきた材料分析の分野で、例えばX線マイクロアナライザ―やX線
回折でも、昔はチャートを読み取るためにスケールを工夫して作ったりしてインクで
手を汚しながら、解析してきたものですが、最近の新鋭装置では、ほとんど自動的に
アウトプットされます。
  そのアウトプットが正しいか否か、慎重に判断しながらやらないと大事なところで
とんでもないミスを犯すおそれがあるような気がします。電卓で計算すると少数点以
下いくらでも出せますよというセンスだと、このおそれが現実になる確率が高いとい
わざるを得ません。
  OA(Office Automation)  にも大変な進展があります。
私もワープロやデータベースの活用を心掛けていますが、まだまだ十分とはいえませ
ん。ワープロは入力が大変ですが、添削・推敲には格段の威力を発揮してくれます。
  パソコン誌は『日経パソコン』だけにしていますが、32ビットが当たり前、さら
に Windows  や DOS/Vなど、どんどん進んで、価格破壊もありがたいのですが、
そろそろ追いかけるのがシンドイというありさまです。
 それでも、こうやってインターネットに挑戦しているわけで、逆にもうすぐ定年を
迎えると「毎日が日曜日!」、充実した時間のためにプラスになると信じています。
  
 第2種情報処理技術者では、まだまだレベルが低くですが、コンピュータ関連技術
の恩恵を受け、あるいは、そのための働きかけをするときに相手のことも多少はわか
るようになり、適切な仕様設定ができるようになったという点で、この資格取得の意
義が大きかったと考えています。


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