66若林の一里塚 浜松市森田町・東若林町・増楽町・高塚町 (下にウォーキングMAP) |
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ふらっと旧東海道 | |
浜松宿を南下すると,まもなく 東海道本線と新幹線のガードをくぐる。 |
写真は鎧橋。平安時代末期, 比叡山の僧兵がこの地方の鴨江寺を攻め た際,鴨江寺側の軍兵は,この辺一帯の 水田に水を張り,よろいを着て,この橋を 守ったという。 |
若林の一里塚跡 説明板には「ここは江戸より66里, 昔は土手のある松並木が続いて(八丁畷) 榎は街道を行く旅人の道標(みちしるべ) でした。」とある。 |
東若林町の交差点から 浜松宿(北東)方向を見る。 若林の一里塚跡は, 右手のガソリンスタンドの脇にある。 |
二つ御堂 | |
東若林町に国道をはさんで,二つのお堂がある。 北堂は,1125年頃, 奥州藤原秀衡のおめかけさんが, 秀衡が京都で死んだとの誤報を聞いて, この地に建てたものである。 現在のお堂は,昭和30年に改築したもので 阿弥陀如来他がまつられている。 |
南堂は,病気が治って平泉に帰る途中, 北堂建立の話を聞いた秀衡が, 感謝のために建てたものである。 現在の建物は,昭和12年に新築したもので, 明治天皇の立ち寄り地の碑もある。 |
浜松市と可美村が合併した記念碑 平成3年に合併した。 諏訪神社の東側にある。 右側の標柱には,みたらし池とある。 |
若林町付近の松並木 立派な松が残っている。 |
国道257号沿いにある熊野神社。 高札場跡の標柱がある。 この付近は, 近年まで浜名郡高塚村だったところで まわりを浜松市に囲まれた珍しい村であった。 |
堀江領境界石 ここより西の旧高塚村は堀江領。 東の旧増楽村は浜松藩領。 浜松藩領界石は,見つからなかった。 |
若林一里塚ウォーキングMAP |
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★1回目の取材(13,1,6) 自動車による取材 ★2回目のルート(13,7,29) 舞阪駅から篠原・若林一里塚 を経て,梅屋本陣まで歩いた。 約10km,2時間40分 ◎紫色のルートは歩いたところ 篠原一里塚からガードまで (約4km,徒歩1時間20分) ※若林一里塚より東のmapは, 浜松宿のページへ |