81岡崎宿 岡崎市大平町〜根石町〜若宮町〜両町〜 伝馬通〜連尺通〜本町通〜材木町〜魚町 〜田町〜板屋町〜中岡崎町 (下にウォーキングMAPがあります。) |
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ふらっと旧東海道 | ||
大平の一里塚を北東に進むと, 旧東海道はほどなく国道1号に合流し, 東名高速道路岡崎インターチェンジをすぎると 筋違橋東の信号付近から 再び旧道となる。 |
しばらく行くと,岡崎二十七曲碑解説板がある。 東海道を岡崎の城下町を通すにあたり, 城の防衛上27の屈曲をつくったという。 その曲がり角に建てられた二十七曲碑の 位置を示す説明がかかれている。 この交差点を北に行き,2つ目の角に 岡崎城東入口の標柱石がある。 若宮町から両町までは,わかりにくい。 |
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両町で伝馬通りに出て西に進む。 伝馬通一丁目周辺には,本陣や問屋場があり, にぎわいを見せた場所である。 |
伝馬通りには,旧東海道と岡崎宿を説明する 説明板と関連したかわいいオブジェが たくさん見られる。 しかし,説明板と場所の関係は皆無である。 |
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岡崎には,はじめ中根甚太郎,浜島久右衛門の 2軒の本陣があった。 後,中根甚太郎,服部小八郎,大津屋勘助の 3軒が本陣で,鍵屋定七,山本屋丑五郎, 桔梗屋半三郎の3軒が脇本陣となった。 写真は,中根甚太郎本陣跡 |
岡崎信用金庫資料館(旧商工会議所) 大正6年,岡崎銀行本店として建てられた, 赤レンガと花崗岩の組み合わせによる ルネッサンス風の建物。 |
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1798年に,籠田総門付近に建てられた常夜灯。 現在は,籠田公園内に移設されている。 旧東海道は, 籠田公園を南北に突っ切っている。 籠田公園の北角を西に(左に)曲がると, 連尺通りである。 |
★連尺通に交差する本町通 岡崎中心街は 東海道400年「岡崎」なる旗で飾られて いるが,旧東海道を表す表示がわかりにくい。 |
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三清橋付近 旧東海道は,写真の右の方(北)から来て, この三清橋を渡り, 2本目の角を左(南)に曲がる。 しばらく行くと,岡崎城だ。 ガードレールの向こうに,二十七曲碑が見える。 |
★三清橋を西に渡り,すぐ南(左)に折れると 国道1号にぶつかる。 近くの歩道橋から,東(豊橋方向)を写す。 国道1号を越すと,岡崎城はすぐ近くだ。 ※この2枚のみ,平成13年10月の取材です。 |
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岡崎宿ウォーキングMAP | ||
★今回(2回目)のルート 藤川一里塚から大平一里塚を経て 岡崎宿まで歩いた。 約7km,2時間半 平成13年10月28日ウォーキング 【紫色のルートは歩いたところ】 ★1回目自動車による取材 平成12年11月 ※このページは, 大平一里塚から中岡崎駅まで (この区間約3km 1時間30分) 時間のロスは二十七曲で・・・ |
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岡崎宿は江戸日本橋から80里?81里? 下地一里塚の「江戸日本橋から74里」の標記を採用すると, 岡崎宿の東にある大平一里塚は80里となる。 したがって,岡崎宿は「江戸日本橋から80里と○○町」となるはず。 だが,池鯉鮒宿には84里17町とある。 岡崎宿と池鯉鮒宿の間には,矢作,尾崎,来迎寺の3一里塚がある。 とすると,岡崎宿の西に接する矢作が82里,尾崎が83里,来迎寺が84里のはずである。 では,江戸日本橋から81里目の一里塚はどこにあるのか? 岡崎宿内に,81番目の一里塚があったのだろうか。 |