志香須賀の渡し(柏木濱)と鉄道
りちぎ155 豊川河口付近MAP
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柏木濱の石碑
鉄橋を渡る東海道本線の電車
 平安時代の頃,豊川河口付近の川幅は今よりも広く,
往来する人々は船でこの川を渡った。
この渡しを志香須賀の渡しといい,右岸の船着き場とされるのが,
柏木濱(かしわぎのはま)である。
左岸の船着き場は,豊橋市牟呂町坂津あたりとされているが,
時代によって場所がかわっていたようで,
花田町の城海津(しろかいづ)付近であったとも言われる。
 柏木濱の石碑は,JR東海道本線とJR飯田線にはさまれて,
ひっそりとたたずんでいる。
かつて旅人は,志香須賀の渡しを難儀して渡ったが,
今では,豊川と豊川放水路をまたいでも,電車で3分で渡ってしまう。

平成11年8月取材    (宝飯郡小坂井町平井にて) 
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志香須賀の渡しの説明板と柏木濱の石碑
名古屋鉄道名古屋本線の特急列車


取材に行って 
                           

 本当は,「柏木濱の石碑とパターゴルフ場」というテーマで取材をしようとしたのだが,
パターゴルフをしている人の姿を撮すのは気が引ける。ゴルフ場の人気のないところを撮していると,
「ゴーッ,ゴーッ,ゴーッ」
名鉄電車が通っていった。ついでに写真を撮っておこうとしばらく待っていると,今度は,
JR東海道本線の下り電車(写真:下の段左)が勢いよく豊川放水路の鉄橋を渡ってきた。
あっという間だった。また,しばらく待っていると,
名鉄特急(写真:下の段右)がゆっくりと同じ鉄橋を渡ってくる。今度は,アップで撮れた。
 名鉄電車は,豊橋駅から豊川放水路を渡るところまでは,JR飯田線の線路を使っているのだ。
飯田線と名鉄電車の下りは,柏木濱の石碑のすぐそばで分岐している。
それで,スピードを落としているのだろう。
 柏木濱の石碑を撮っているとき,踏切の警報機が鳴った。
JR飯田線の電車が1輌,のんびりと豊川(とよかわ)方面へ走っていった。

 柏木濱の石碑のそばを県道平井・牟呂・大岩線が通る。
コースがくねくねと曲がったへんな県道だなあと感じる。
でも,柏木濱のある平井と,牟呂の坂津は志香須賀の渡しである。
大岩は,東海道の二川宿の加宿であった。
途中,高師山を通ったとしたら,これは,古代の道だったのかもしれないと感心した。

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