新美南吉のふるさと | |
南吉の生家 | |
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新美南吉は,1913(大正2)年7月30日, 愛知県知多郡半田町(現半田市岩滑【やなべ】 中町一丁目)に生まれました。 南吉の生家横には,新美南吉生い立ちの地 という記念碑が建っています。 |
父は渡辺多蔵,母はりゑの二男で, 本名は正八といいました。 家業は,畳屋(写真の右側の戸口)でした。 実母のりゑとは, 南吉が4才のとき死別しました。 |
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南吉が6才の時に継母となった志んは, 畳屋のとなりで下駄屋を営んでいました。 |
生家の一室には, 南吉の写真が展示されています。 |
南吉の養家 | |
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南吉は8才の時,新美家(実母りゑの生家)の 養子になっています。 |
南吉はこの養家で数か月暮らしています。 裏の土蔵は資料館となっています。 (かみや美術館0569−29−2626) |
新美南吉記念館 |
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南吉は18才で半田中学校を卒業後, 小学校の代用教員を勤めるかたわら, 雑誌『赤い鳥』に,南吉というペンネームで 童話を投稿するようになりました。 『ごん狐』は,この頃の作品です。 ★矢勝川のヒガンバナへ |
南吉は25才の時, 愛知県立安城高等女学校の教諭となりました。 しかし,1943(昭和18)年,29才の若さで なくなりました。 平成6年,新美南吉記念館が開館しました。 新美南吉記念館 半田市岩滑西町1−10−1 (0569−26−4888) |
このページは,『南吉のふるさと半田』(半田市発行パンフレット)を参考にしました。 |
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