クリフェイ同棲編@校門前のアバンチュール 



夕暮れ時も迫るキャンパス。紋章科学実験室の片隅で、数人の男子学生が集まって何やら噂話に花を咲かせている。

「知ってるか?フェイトに彼氏ができたんだって」

「えっ……フェイトって……『あの』フェイトに、か?」

一人の学生が『あの』と評したのには、限りなく深い意味があった。



ここバークタイン科学大学に所属するフェイト・ラインゴッドという学生は、二十歳前の男とは思えぬその細身と、女性も顔負けの可愛らしい顔立ちから、男女問わず、よくモテた。

当然言い寄られる事もしばしばあるようなのだったが、おおよそ本人は素知らぬ顔でさらりとかわすのが常らしく、何人の学生が玉砕したのか、もはや定かでない程だ。

おまけにかの高名なラインゴッド博士の一人息子であり、成績優秀でスポーツ万能。

まさに、学内では『高嶺の花』。

最近では、「近くで観賞出来るだけで有り難いと思わないとな」などと言い出す学生まで現れる始末で、フェイトの心をものにしようなどという無謀な輩は、とんと現れていないはずだった。



「彼氏って……このガッコの奴?」

「いや、違うな。相手は30過ぎだって聞いたぞ」

「あー、だろうなぁ。あのフェイトをその気にさせるなんて、それくらい大人じゃないと無理なんだろうな。やっぱりこないだの事件で知り合ったのかな?」



保養惑星ハイダに滞在中のフェイトが、襲撃に巻き込まれて行方不明になったというニュースは、未だ記憶に新しい。

学内でも、職員や生徒一同、しばし騒然となっていたものだ。

しかし、先日無事帰還したフェイトは至って元気そうで、いつものようにほんわりとした笑顔で時間通りに講義室に現れ、緊迫状態だった皆を脱力させた。

当然、行方不明中の彼の身の上に起こった出来事を聞きたがる学生は多く、心配や興味半分で色々と問い質してみたりもしたのだが、やはりフェイトは常と変わらずさらりと受け流しただけで、別段何事も無かったかのように、再び平常の学生生活に戻ったのだった。


それから暫く経った現在、こうしてフェイトに関する噂話が持ち上がっているという訳だ。



「どんな相手なんだろうな?」

「何だか、既に同棲してるって話も……」

「おいおい、そりゃいくらなんでも話に尾ヒレが付きすぎだろ」

その時、不意に実験室の扉がガラリと開いた。

一同がぎょっとして振り返ると、開いた戸口から細身の少年が顔を覗かせている。

「あれ、みんなまだ残ってたの?」

蒼い髪と緑眼の美少年――――いや、『少年』と表するにはいささか微妙な年齢ではあるが、彼のその外見上、特に問題はないだろう――――は、実験室の片隅に集まった面々を不思議そうに見つめ、軽く首を傾げた。

その仕草の一つ一つが、いちいち可愛らしい。

「あ……フェイト」

噂をすれば何とやら、である。

直前まで話していた内容が内容なので、実験室の一同は落ち着かない様子で愛想笑いなどを浮かべてみる。

フェイトの方もつられたように微笑って口を開いた。

「あのさ、僕、実験室の戸締まり頼まれたんだけど、みんなまだいる?」

容姿に反することのないその幾分高いトーンの穏やかな声が、教室内に響き渡る。

「あ、いや、もう帰るよ」

無粋な噂話などもうお開きにしてしまおうと、学生達は帰り支度に取りかかった。

フェイトという少年の、その翳りのない様子は、いつも彼らにそこはかとない懺悔の心を抱かせるのだった。

――――天使のようだ。

以前、誰かがそんな風に表したこともあった。

「それじゃあ、一緒に帰ろうか?」

『高嶺の花』は、そう言ってにっこりと笑った。






時同じくして、バークタイン大学の校門前。

黒い服に身を包んだ長身の男が、煉瓦造りの壁に凭れるようにして立っていた。

落ちかけた夕日に照らされてその金髪が朱に染まり、高尚な色合いを呈している。

2メートルはあろうかという屈強な大男で、おおよそどうして大学の校門前などに佇んでいるのか、その理由は容易には想像できなかった。

下校途中の学生達は通り過ぎざま、皆一様に彼に視線を向けていく。

不審そうな眼差しが大半だったが、女子学生の中には好意的な視線を投げる者も少なからず存在するようで、彼の精悍で若々しい容姿は、彼女たちにとっては充分に興味を惹かれる対象なのだろうことを窺わせた。

それを分かっているのかいないのか。男は何かを待っているように、じっと校門前を動かない。

随分と長い間そうしているようだったが、苛立った様子は微塵も見せず、落ち行く夕日、空を流れる鱗雲、それらを時折眺めつつ、むしろゆっくりと時間が流れるのを楽しんでいるかのようだった。





「あれ、誰だろうな?」

校門に差し掛かった男子学生一行の内一人が、その『怪しい男』に気付いた様子だ。

「ん?あ―――何か随分と体格のいい兄ちゃんだな……。ウチのガッコに何か用なのかな?」

前を歩いていた二人の会話に、フェイトもひょいと視線をそちらに向けた。

「あっ……」

視界に飛び込んできた余りに見知ったその姿に、一瞬唖然とする。

柄にもなく少々上擦った声を上げてしまったことを後悔しつつ、フェイトは目に見えて狼狽えだした。

「何だフェイト?知ってるのか?」

滅多に感情を表に出すことのないフェイトの異変を訝り、友人達が不思議そうに振り返る。

「いや、あの――――」

どうしよう?ここはひとまず、皆と別れた方がいいだろうか?

この状態であいつと遭遇するなんていくらなんでも―――――

いや、だからって、もうどうしようも―――――

大体何であいつが校門前にいるんだよ!?


マニュアルに無い緊急事態に陥ると、フェイトは形無しだ。

どんなに思考を巡らせても、全く対応できない。

いつもならこういう時は『彼』がサポートしてくれるのだが、その『彼』が、今は緊急事態の元凶となっている。

――――最悪だ。


そうこうする内に、『彼』の方もこちらに気付いてしまったようだ。

ジ・エンド。

「よっ、フェイト♪」

いつものように楽しげに、彼はフェイトの名を呼んだ。

その低音が、フェイトは大好きだったが、今はそれどころではない。

白い頬が、みるみる紅く染まっていく。

「フェイト、あの人と知り合いなのか?」

いよいよもってフェイトの異変に驚いたのか、友人達が一様に視線を向けてくる。

「――――っ」

あまりの事態にたまりかね、フェイトは皆を振り切るように、一息に校門へと駆け出した。

当の大男は、揚々として少年を待ち構えている。

「クリフ!」

彼の目前で立ち止まり、フェイトは肩で息をしながら、語調も荒くその名を呼んだ。

「おう、待ったぜ」

悪びれる様子もなく、クリフはにこにこと応える。フェイトは頭が痛い。


こいつはいつだって、人目を気にしないんだから!!


「学校には来るなって、あれほど言っておいたじゃないか!!」

「ああ、そうだったか?まあいいじゃねぇか。今日は真っ先に、お前に逢いたかったんだ」

「…………っ」

こういう恥ずかしいことを、この男は平然と言ってのけるのだ。

フェイトは益々、頬を染める。

「家に帰れば、いつだって逢えるだろ!?」

小声で言い返したつもりだったが、動揺のため、上手くいったかは分からない。

クリフはやれやれと髪を掻き上げる。

「わかんねぇかな。仕事も早く終わって、丁度お前の下校時間。ここで待っていたいっていう俺の心境が」

「分からない!!」

本当は分からなくもないけど……。とりあえず、ここは怒っておくべきだ。

肩を怒らせ、華奢な身体なりに、精一杯の反抗心を表明してみる。

しかしクリフは、フェイトのそんな様子が可愛くて仕方ないといった風で、青い双眸に暖かな光を宿して微笑した。


クリフのそんな表情が、フェイトは好きだった。

愛されているのだと、今なら疑うことなくそう思えて。

しかしそうかと言って、今この場所で彼の腕の中に大人しく収まる事なんて、絶対に出来ないのだ。

だって校門前。皆見てる。

フェイトは、不意にこちらへと伸びてきたクリフの手を巧みにかわし、改めて周囲を見回した。

気付くと、一緒だった友人達だけでなく、通りすがりの学生達全ての視線が、自分とクリフとに注がれている。

「…………」

聡いフェイトは、今までの自分達の会話全て、彼らには痴話喧嘩のようにしか聞こえなかったであろうことに、容易に思い至ってしまった。

どんどん顔が熱くなる。

体中の血液が逆流していくみたいだった。羞恥で気が遠くなるような気がする。

「あの、これは――――」

上手い言い訳を探すけれど、動揺した頭では到底そんなものは出てこない。穴があったら入りたい。

――――全部クリフのせいだ………


「あー、騒がせてすまねぇな」

不意にクリフが皆に向かってそう声を掛けたので、フェイトはぎょっとして彼を振り仰いだ。ここで彼に喋らせてしまっては、更に墓穴を掘るような気がする。

制止しようと慌てて口を開きかけたフェイトだったが、自分を見つめ返してきたクリフの視線とぶつかると、何も言えなくなってしまった。

(大丈夫だ、俺に任せとけ)

穏やかだが力強い瞳が、フェイトにそう語りかける。

クリフの十八番。

彼のそれはいつも、勢い任せで全く根拠のない自信からくるものに違いないのだったが、何故か、こういう時の彼は頼もしいと、フェイトは思ってしまう。


―――――本当に、僕は馬鹿だ。


「いつもフェイトが世話になってるな」

フェイトと一緒に校舎から出てきた男子学生一行に向かい、クリフは保護者然として話し掛ける。

「え……あ、はぁ……」

話し掛けられた方は、唖然とするやらきょとんとするやらで、惚けたように返事をするのが精一杯の様子だ。

クリフは軽く笑って言葉を続ける。

「ま、これからもよろしくしてやってくれ」

そう言うと、彼は今度こそフェイトにかわす隙を与えず、その大きな腕で少年の肩を抱き寄せた。

「ちょっ……」

突然のことにフェイトはバランスを崩し、クリフのされるがままになってしまう。

「俺の大事な恋人なんでな」

「………!」


言っちゃったよ、この馬鹿!!



フェイトは怒鳴りつけたいような心境に駆られたが、こんな状態では、自分が何か言えばますます墓穴にハマってしまう気がする。

友人達はどんな顔をしているだろう?

もはやフェイトは羞恥で顔を上げることが出来ない。


「つーことで、皆で仲良く下校中悪いんだが、フェイトは俺が連れて帰らせてもらうぜ。いいよな?」

何が『いいよな?』だ!!恥ずかしくて逃げ出したい。

クリフに抱き寄せられたままの状態で、フェイトは手のひらで額を覆う。

「あ……はい、どうぞ……」

そりゃあ、友人達にしてみれば、そう応える他ないだろう。

「ほら、いいってよ、フェイト。帰ろうぜ」

クリフは一人で楽しげだ。

本当に、この男ときたら!!

フェイトは何一つ活路を見いだせないまま、クリフに引きずられるように、その場を後にした。






「どういうつもりなんだよ、クリフ!!」

校門から死角になる所まで歩いてくると、フェイトは隣を歩く男に思い切り怒りをぶつけた。

フェイトがこれ程感情を露わにしてぶつかっていく相手など、恐らくこの銀河にクリフひとりきりだろう。

それだけ、彼はフェイトにとって特別な存在であると言えた。

恐らく、彼なしでは生きて行けぬほどに。

「どうって、本当の事を言ってやっただけだろうが」

クリフは心外とばかりにフェイトを見下ろす。

「大体なぁ、今時恋人の存在を隠すなんて古いんだっつーの。隠し立てされてる俺の身にもなって欲しいもんだぜ」

「………別に、隠してるつもりは無かったんだけど……」

フェイトは急に歯切れが悪くなる。


クリフという恋人の存在を、友人達に隠しているつもりなど、本当に無かったのだ。

ただ、皆に知られるのは避けたいという意志が働いていたことも、また確かだった。

かといって別に、クリフと同棲していること自体を恥じている訳ではない。

彼が地球でフェイトと一緒に暮らすと言ってくれた時は泣きたくなるほど嬉しかったし、自分は宇宙一、幸せ者だとさえ感じたくらいだ。

それでも大学の友人達に知られたくないと思ったのは、自分が学内で皆にどう思われているか、フェイトは薄々知っていたから。

だから言い出しづらかったというか、言えなかったというか。

『高嶺の花』も、色々と大変なのだ。



黙って俯いてしまったフェイトに、クリフは今度は暖かな視線を向けた。

「しかしまあ、明日からは大手を振って「恋人います」って顔してろよな」

そう言う彼は、ひどく楽しそうだ。

「恥ずかしくて登校できない、ってんなら、俺が付いて行ってやってもいいけどよ」

「―――バカ。益々恥ずかしいよ」

フェイトはちらりとクリフを睨む。

だが確かに、明日学校へ行くのはかなり勇気が要りそうだ。どういう顔をして行けばいいだろう?いささか気が重い。

「いつもみたいに、ほんわり笑って行けばいいんじゃねぇか?」

クリフは至って軽い口調でそう言い、手を伸ばしてフェイトの蒼い髪を梳いた。

「お前は何でも重大に考えすぎなんだよ。別に熱愛発覚したくらいで、何が変わる訳でもねぇだろ?」

「………」

そうかもしれない。

「俺と暮らしてるってことが、大学でもフェイトの日常になってくれたら、俺は嬉しい」

「何か、よくわからない、その言い分」

少し微笑ってフェイトはそう言い返したが、クリフの言わんとするところは何となく分かる気がした。



大学でも、自分の殻を破って。

『高嶺の花』でいることは、そろそろ卒業するべきなのだ。



「ん、何だよ」

不意に甘えるように自分に凭れてきた少年を愛おしげに見つめ、クリフはそっとその肩を抱いた。







クリフとフェイトが仲良く(?)立ち去った後、校門前に残された面々はしばし呆然と立ちつくしていた。

ややあって、一人が呟くように口を開く。

「なぁ、フェイトって、あんな可愛い表情するんだな」

「……だな」

「狼狽えたり、赤くなったり」

「うん」

「何か、前より好きだなぁ」

「うんうん」


………どうやらクリフの言うとおり、フェイトが明日身構えて登校する必要はないようだ。

めでたし、めでたし。


「ただ………」

「うん?」

「フェイトの彼氏が30過ぎって言ったの誰だ?ありゃどう見ても20代じゃねぇか?」

「だなぁ。それだけはガセだったみたいだ」


これはクリフにとって良い誤解だと言うべきか(笑)


やがてその場にいた一同は、パラパラとそれぞれの帰路についた。

もう大分落ちてきた夕日が、まるで祝杯をあげるかのように、町全体を煌々と赤く照らし出していた。



END




以上、『同棲編・プロローグ』でございましたv
大学でのフェイトって、こんな感じなのでは・・・などと思いつつ書いた話です(笑)
『高嶺の花』って、何かすごくらしい気がするのv
そんなフェイトちゃんを手に入れることが出来たクリフは幸せ者ですね〜vv
皆の前では澄まし顔のフェイトも、クリフといる時は、恋する男の子(笑)vv
今後ラブラブな同棲生活でも送って貰いたいものです♪
同棲編Aもお楽しみに(笑)
クリフがしている仕事とは何なのか(笑)おいおいその辺も書けたらいいなと^^



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