PICNIC         2003.5.28

◇人殺しの過去を持つ心優しい精神病者。

彼らがある日病院の塀を越える.

世界の終わりを見に行くためだ.

 

黒い羽の天使たち.

彼らはそう呼ばれる.

彼らは汚れた地上には降りられない.

彼らは狭い塀をつたいながら世界の終わりへとピクニックを続ける.

 

◇塀を走るカメラの疾走感が素敵だ.

塀の上を疾走するCHARAを地上から見上げるシーンは,しかし舞うような感じがなく辛かった.

人との会話や泣き方,怒り方,歩き方や笑い方が,ずれていたり越えていたりするから彼女は天使としての存在感をかもし出せるのだが,体が引力を超えていないのが辛かった.

ラストシーンの「私があなたの罪を流してあげる」と言った直後にこめかみに銃を打ち込む速さには心躍るものがあったのだが,その後崩れ落ちる姿に,天へと舞い上がっていく飛翔感のなかった事が,残念だったのだ.

これはもうしょうがないことなのだろう.ぼくの感覚でしかない事だ.

だが引力と無縁の立ち居振舞いというものはあるのだ.それが天使の必須条件だ.

 

◇それに対して,第3の天使.橋爪浩一の死のシーンは美しかった.

誤って彼は塀を踏み外す.

彼は地上に触れてしまう.地上は不浄だ.

彼は地上の毒に感染し,あっという間に死んでしまう.

壊れたおもちゃのように折れ曲がった胴と足と手.

そして首.

彼には信じられない.

自分が死んでしまう事が.

慎重に慎重に彼は飛んでいたのだ.何が彼を汚れた地上に突き落としたのか.彼にはわからない.自分の罰の意味がわからない.

自分は何を死ぬ事で償えばいいのだ.自分は自分の中のどんな悪に対し呵責を覚えればいいのか.

彼には理解できない.自分の顔に流れ落ちる血の意味がわからない.

今まさに死んで行こうとする自分の運命がわからない.

 

そんな死の不条理を橋爪浩一は見事に演じた.

怒り,恐怖,諦め.それが彼の無垢な表情の上を疾走していく.

美しい草の緑と服の白と空の青.

遠くに聞こえる少年野球の音.

 

無垢は悲しくあっという間に人知れず消えていくのだ.

微かに聞こえる金属バットのカーンという音に,無垢の折れるぽきんという音は飛ばされていった.

 

悲しく美しいシーンだった.