パサージュ71

 

今日の夜,競技場でModoki狩りがある。

Modokiを4人解き放つというのだ。久々のイベントだ。

好きな奴がこの5年間育ててきた。

いるのだ,そういうことの好きな奴が。実は私の友人,親友なのだが。

私は狩を見るのは好きだが,そのために時間をかけて獲物をわざわざ育てたり,実際に槍や弓や刀を持って追いまわすのは好みではない。観客席から眺めるのがいい。

 

Hitomodokiは外見は人と変わらない。

だが言葉を話すことやものを考える事はできない。ウシや,馬や,ウサギ,あるいは虫と変わらない。

成長も早く,寿命は10年前後だ。

3,4年で我々の大人と同じ体になる。そして交尾し子供を産み,育て,死ぬ。

森の奥に住み決してそこからは出てこない。

森の中で一生を過ごすのだが,ほかの獣たちより,親子関係や夫婦,兄弟,同族関係はとても密で,親は子供を育てるのに熱心で,子は老いた親の面倒を見,夫婦は互いをかばい合い,兄弟はお互い助け合う。

 

Modokiの家族を追い立てたことのある友だちから聞いた所によると,彼らは誰もが自分の身を犠牲にして勇敢に戦い,死んでいったという。

そして彼らは死ぬ間際,とても美しく光るのだ。

 

彼らは人間と同じだから,体毛はない。

すべすべとした肌をし,何かを着たり,体を覆ったりすることもない。

つるんとした白い肌が,怒りや死の恐怖,死の苦しみを感じ出すにつれ,ぼっと薄い紫にまず点火し,さらにそうした苦痛が増すに連れ今度は一瞬黄色になり,すぐ白くなり,その白が熱を帯び輝きだし,膨らみ,心臓の鼓動と共にその輝きが小さな太陽のように辺りを照らし出すというのだ。

 

だから友だちはまず子供をなぶり殺しにするという。

親の見ている前でぶり殺しにし,親の怒りをかき立てるという。

また逆に親を子供の前でなぶり殺しにし,子供の恐怖をかき立てるのもいいという。

彼らの怒りと恐怖と苦痛をかき立てればかきたてるほど,彼らの輝きは美しさを増すのだ。

 

命の残りのエネルギーがあとわずかというところになると,膨らみ鼓動していた輝きは次第に小さくなり,体のあちこちで薄く小さな渦が浮き上がり,その渦が弱まるにつれ,体は透明になっていく。

そして体の輪郭線だけが細く浮き上がり,苦痛にのたうち回るその交錯した線の動きで,彼らの苦しみを楽しむのだという。

 

そしていよいよ最後,あと2,30秒で死んでしまうという時,もう一度体全体に白い輝きが今度は一気に戻り,膨れ上がり,弾ける。

それはあっという間に訪れ,弾け散った白い輝きの破片も最後の心臓の鼓動に合わせ,1回,2回と光ったあと,完全に消える。

あとには何もない。

真っ暗な闇が静かに横たわっているだけなのだ。

 

それは生々しく,激しく,駆け抜ける,一瞬の,怒りや恐怖の輝きだ。

あとには何もない。

肉片も血も何かの液もない。

残像として白い輝きが目には残っているのだが,それが一体何の輝きだったのかを思い出すこともすぐにはできないらしい。

呆然と,陶然としばらくの間,闇の中に立ちすくんでいるのだという。

 

今夜この5年間飼っていた4人のmodokiたちを競技場の中に放ち,そこで追い立て,殺す。

私たちのように実際に殺すのが嫌いな連中は,観客席から観戦するのだ。

競技は真夜中の12時。新月の今日だ。

 

競技場は満員だ。

両脇に4つの袋を下げた馬に乗り,友人がゲートから出てきた。

西洋の騎士を真似ている。

ゆっくりと中央に進み出ると,少し顎を上げ無表情のまま馬を1回転させた。

会場から拍手が起きる。

静かな押し殺したような拍手だ。

ナイフで袋を吊るしている綱を切った。

ごろりと袋が落ち,次々とmodokiたちが出てきた。

最後の小さな袋からは,丸いつるつるした小さな塊がくるりと転がり出た。

細い首が伸び,びっくりした丸い目が観客席を見回す。

 

家族だ。

夫婦と子供2人

父親は人間にすると,30前後,母親も同じ感じだ。

子供は1人は女の子,もう一人は男。

女の子はまだ12,3歳くらい,男の子は17,8というところか。

もっとも父親の正式の年齢は7歳,母親が6歳,兄が3歳で,妹が1歳と半年だという。父親が2歳,母親が1歳の時森から草原に迷い出ているのを捕まえたらしい。それから交尾させ,子供が2人生まれ5年育てた。

4人はまったく友人には慣れなかったらしい。

 

父親は3人を背にし目を真っ赤にして馬の上の男をにらんだ。

 

友人とは長い付き合いだ。30年になる。息子の就職の時には世話になったし,彼の妻の病気は私が治した。胃に腫瘍があったのだ。

 

長い槍を持ちじっと男たちを見下ろしている。いかに彼らを美しく輝かせるか,それを彼は前日私に熱く語った。

まず親から殺すという。

最後は少女だ。恐怖と憎しみに少女を膨らませるという。

 

父親は両手を広げ,体を低くし,歯をむき出し,妻と子供たちを守る。

父親よりさらにすらりと背の高い少年がその手を押しのけ前へ出ようとした。それを父親が止める。

友人はそれを見て笑った。

私はその笑いが下品で彼が卑しく思えたが,彼がショパンを弾く時の陶然と美しい顔を思い出し,それを打ち消した。

それにそのような資格は私にはない。こうして客席で見ているのだから。

いや,しかし,こうしたModoki殺しが特別悪いわけではない。確かに法には触れているが,犬や猫への虐待と変わらない。もちろんだから捕まる事もある。だが今回の我々のこのイベントは事前に根回しもあり,問題は無い。

見物にはそこそこの料金がかかっていて,その金が警察にまわっているからだ。

 

友人が馬上から剣を2本投げた。

すぐさま父親と少年がそれを拾い,甲高い声を張り上げながら下から友人を続けざまに何度も突き上げた。

素早く友人は手綱を引き馬を10mほど走らせ,馬から飛び降りる。

そして槍を投げ捨てると,自分は木刀を持ち二人に向かった。

観客席からお〜というどよめきが起きた。

 

親子はいたずらに剣を振り回すだけだった。

友人は父親に一度,息子に1度,真っ向から振り下ろした。まばたきを1度する間にだ。コン,コンと乾いた音が続けてし,殆ど同時に血が細く勢いよく二筋並んで吹き上がった。二人はまだ剣を振り回していたが,すぐに膝が同時にガクッと折れ,そのことに二人とも驚いた表情をしたまま,前のめりになった。

少年はそのまま地面に突っ込んだが,父親は堪え,前よりも激しく剣を振り回しながら友人に向かっていった。吹き上げる血の高さがさらに高くなる。

 

母親と少女とが少年を抱き起こしている。

少年は死んではいない。致命傷にはしていないようだ。

だが顔面は真っ赤に光り,目はうつろだ。

父親とよく似ている。

あごの線がしっかりとしていて,目は切れ長で,細い。その目が大きくうつろに開かれている。だがすぐに焦点は合い,父親の加勢にと母親の腕から飛び出していった。

少女も兄に続いた。

 

細い体だ。髪は長くきれいに梳かれている。走る少女の背中で別の生き物のようにゆったりと左右に揺れている。

少女は母親似で,顎の線は細く,目は切れ長で大きい。だが兄よりも黒々とし,その目が涙なのか潤んでいる。歯を食いしばり,きっと目を見開き,細い顎を上げ,兄のあとに続く。

母親も続いた。

4人ともまったく恐れていない。ただひたすら全力で父親のあとに続く。

唸り声を上げ,叫び,剣を持った父親と兄は休むことなく打ち続け,槍を拾った少女は不器用にそれを振り上げ,重そうに2度3度と振り下ろした。

すぐに母親がそれを少女から奪い取ると,まっすぐ尖端を友人に向け,一気に突っ走った。体ごと友人にぶつけていく。見事な突きだ。

友人はあわてて後ろに下がった。一瞬友人の顔にふざけるな,という表情が浮かんだ。

素早く槍を母親の手から叩き落とすと,返す刀で父親と兄の2本の剣も叩き落した。

3人が一瞬棒立ちになった。

コン,コン,コン、とまた乾いた小さな音が響く。

続いて軽く友人の木刀が3方向に動いた。何をしたのかわからなかったが,少女以外の3人が顔を抑えてうめき声を上げた。目を潰したらしい。

3人の片目が潰れ,また細い血が頭から吹き出ている。

少女が3人に駆け寄ろうとした時,友人は馬に駆け戻り,馬の横腹に挿していた刀をさっと引きぬくと,また戻った。素早い動きだ。

少女が3人に着くより早く,友人の細身の日本刀が3回振られた。彼の自慢の日本刀だった。

 

風を切る音がわずかにし,続けて3度,物の地面に落ちる音が鈍く響いた。

少女の目の前に3本の腕がぼたぼたと落ちる。

血が吹き出る。

最初少女は唇をわずかに開け,目を丸くし不思議そうに首を傾けた。長い髪が唇にかかる。

だがすぐに叫び声が響いた。高く細く長く響いた。

続けて3回風を切る音がする。

もう一方の腕が,ぼとぼとと落ちた。

3人ともがくりと両膝を地面につく。

腕は肩から切られている。

それぞれの体から,頭からは空へ向けて,肩からは左右地面に平行に,血が吹き出ている。

少女は大きく目を見開くだけで声も出せない。細い体が凍りついている。髪の毛だけがゆらゆらと背中で揺れている。

父親がよろよろと立ち上がった。

母親の右腕の傷口を舐めた。顔が真っ赤に染まる。

ふらふらと息子の方へ歩いた。

息子も立ち上がった。だが仰向けに倒れそうになる。少女の体がびくっと動き兄に向かった。ぐにゃと折れそうになる兄の体を支え,抱きかかえ,母親のそばに引き寄せた。母親は血を噴きだしながらも息子の頬に自分の頬を何度も擦りつけている。血溜りが広がっていく。

 

少女の目は吊り上っている。それでも目は深々と黒く,潤んでいる。歯は食いしばっているが唇はぷくっと赤く小さく膨らんでいる。全身がぶるぶると震えている。

 

 

血は止まらない。

3人とも上体ががくがくと痙攣している。

それでも父親は体を友人に向けた。そして友人に突進していく。体をぶつけていくしか攻撃の方法は無い。

 

友人はやや体を低くし,今度は水平に大きく素早く刃を払った。

猛然と走る父親の左足だけが体から取り残され,勢いよく前のめりに父親は地面に突っ込んでいった。太い血柱が立つ。

少女の叫び声が響き上がった。

友人はうつ伏せになっている父親を足でひっくり返すとまっすぐに心臓に刀を突き刺した。びくっと父親の体が反り上がるとすっと刀を引き抜き,母親と兄の側に走り寄り,まな板の上のマグロでも真っ二つにするように,二人の二つの太腿に向け4回切り下ろした。

きれいに4本の足は切れ二人は胴体だけになった。

少女の両目がこぼれ落ちそうに見開かれる。

 

父親の体は既に白く光り始めている。

兄と母親は胴だけでぶるぶると震え,血を噴き出し続けている。

少女に手を差し伸べることもできない。

少女は自分の細い体を両手で抱き込み,何度も何度も何度も,体を上下に動かしながら体中の力を振り絞り,叫び続けている。

高く細い声は同じ音程と強さと間隔で,夜の闇の中に吸い込まれていく。

長い髪からぽたぽたと赤い血が落ちる。

白く細い足に沿って赤い血の筋が延びていく。

 

兄と母親も紫に点火し,黄色くなり,すぐに白く輝きだす。

3人が光りだす。

3つの白い輝きが細かく震え夜の闇に浮かび上がる。観客席からため息が起きた。

 

闇の中胴体だけの体が血を噴き出しながら白く震え輝き,心臓の鼓動に合わせ,輝きを強める。

その時真っ赤になった少女の体が白く輝きだした。それは一気に輝きを強め,友人の体がわずかに後ろに揺れた。

 

3人の体に小さな渦巻きが幾つも現れ,やがて消え,体が透明になり始め,輪郭だけになっていく。

それを少女は抱きしめようとした。

だが輪郭は細かく揺れだし,少女の両腕からこぼれていく。

少女の細い指が伸ばされ虚しく空を切る。

 

消えた。

 

少女の真っ赤な髪がいきなり逆立つ。黒々とした目は澄んでいる。

白い輝きが増す。

少女の体が浮いた。

地面に平行にぐっと移動する。

そのまま友人の体に当たる。

じゅっという小さな音がして友人の体がのけぞった。

友人の体からぽっと小さな炎が上がり,みるみる黒くこげ,赤い肉が溶け,骨が崩れた。

 

輝きが2度3度と膨らみ,急速に縮まり,幾つもの渦ができ,それも消え,細い少女の体の輪郭だけが残った。

私の指が伸びた。虚しく空を切る。

輪郭はさらに縮まり,蝶の形になり,ふわりと上昇した。

白く輝く細い蝶の輪郭線。

羽は夜の闇。黒い4枚の羽に無数の星が透けて輝く。

蝶は左右に揺れながら上昇を続けていく。

 

星だけが残った。

 

 

目を下ろした。

確かに,何も残っていない。血だまりも消えている。

馬が,ゲートに向かっていく。

 

 

私は何を見たのかを思い出そうとした。

だが何を見たのかを思い出すことはできなかった。

きっとこれからも思い出すことはできないのだ。

見たことだけは覚えている。

何を見たのは思い出せない。

どれほど思い出そうとしても思い出せないのだ。

 

私は席を立った。

少しめまいがした。

このめまいだけが,私には確かなものになるのだ。

            

                2004.8.31