パサージュ−6

 

 海は次第に波を立て始め、やや粘りつくように小さくうねり始めている。

 空は青く濃く満月が大きく白く輝き、無数の星を背後に、既に流星が3つ、突然宙空に現れては消え、去って行った。丸く曲線を描く水平線のかなたから起き上がった波は、長い時間をかけ、時に高まり、時に消え、しかし巨大な生き物のかすかな身震いのように悲しげな余韻を後に残しながら、陸地へと向かってくる。

 浜辺には100人近くの子供たちが集まっている。ある者は立ち、またある者は座り、歩く者もいれば立ったまま動かない者もいる。ほっそりとした腕や足や首や手の指や耳が、満月の月の光に、静脈のように浮き上がっている。

 髪の短い少女のまっすぐな視線が、海の動きの全体に、刺すように投げかけられている。うつむいたままかなりの大声で砂浜に叩きつけるように呟き、直径3メートルほどの円を何回も回っている少年がいる。

ぺたんと座り込み、風で頬にかかる長い髪をそのままにぼんやり星を見つめている少女がいる。砂を手のひらにすくいそれ以上は大きくはならない砂山に、幾度も幾度も砂をかける少女がいる。自分の周りに既に直径30センチほどの穴を6つ、7つ目に黙々と取りかかっている少年がいる。

 だれも一言も話さない。隣の子供たちにも関心はないようだ。

波は大きく横に広がり、潮騒は低く低く鳴り渡る。子供たちは時々思い出したようにふと顔を海へ向ける。

最初はばらばらだったその動きが次第にそろい始め、満月が頭上高くに輝きを増し始めた頃、海へ向く小さな彫像が浜辺に幾つも立ち並び始めた。

 

 髪の短い少女が海へ一歩踏み出した。

他の子供たちも海へ向かい歩き始める。

 穴を掘っていた少年が髪の長い星を見つめていた少女の手を取り、それが周囲に伝わり、やがて全員が手を結び合い、歩調をそろえ海へと進み始めた。100人の細長い糸。

海に濡れる浜辺に小さな足跡が並び、それを波が消していく。

 満月が低く大きくなる。月の音。

先頭の少女の頭が消え、膝から腰、腰から胸、胸から首と子供たちは揺れながら海に溶けていく。

一斉に子供たちはつなぎあう両手を上げ、うねる波間に絡み合う細い幾本もの指が小さなしぶきとともに見え、

月の光に輝き、小さな爪が青く点々と光り、消えた。

 

 潮が満ち少年の掘った穴が消え、満月が空に戻る。