パサージュ-3

 

 右から2本目の木、あれが枯れかけているのは、70近いばあさんだったからさ。

まだ植林を始めたばかりの頃で、十分に準備も覚悟もできていなかったから、ただ大慌てで、穴も浅く犬が掘り起こしちまった。ばあさんにも木にも悪いことをしちまったよ。

 その左の大きな木は、30前の女さ。妊娠してたよ。でかい腹だった。見事だろ。30年になる。まだまだ伸びていこうとしている。緑は濃くて、厚く、艶やかで、風に揺れる葉の音が幾つにも重なり響き合い、夜眠る時その音が頭の奥に蘇ってきて、その日はぐっすり眠れるんだ。その夜は決まって、母親と野球をする夢を見る。おふくろが慣れないフォームでボールを投げる。おやじがキャッチャーさ。

俺は長いバットに振り回されながらも、確かな手応えと共に、ボールを打つ。ボールは青い空の中に小さくなっていく。

 左端の木はまだ小さいけど、素敵だろ。華奢だけど、精一杯大きくなろうとしている。小学生さ。6年生だった。片手で十分だった。ちょうど5年程前には、幹が首と同じぐらいで、よく撫でてたもんさ。つるつるした幹を撫でていると、涙で何も見えなくなってしまう。そんな夜俺は、終点も乗客もいない草原の地下鉄の運転手になり、大声で指差し点呼をしながら、定刻どおりに夜明けまで走りつづけるんだ。その右、枯れてるやつ。俺の恋人さ。すぐに枯れた。

大きな木を育てたい。

美しく、誰の心をも和ませ、平和にし、力を与え、まっすぐに物事を感じ、生きていることに静かな喜びを感じられるような気持ちになる、そんな木を育てていきたい。

 真ん中の木を見てくれ。

戻る