パサージュ−17

 

「夢の中で眠ると,帰れなくなるよ。」

 

十字路に立つ僕にそう言うと,赤いランドセルの少女は,鳥の死骸で埋まった道路をまっすぐに走った。ぱりぱりと骨の砕ける音が響き,駆け抜けた後を羽が舞い上がる。

 

 僕は通りを右に見る。

 

 西に真っ直ぐに伸びる広いアスファルトには,体を無くした影が立ち上がろうと地表を蠢いている。一瞬頭が地面から起き上がるが,すぐに子供たちが走り寄り蹴り倒していく。その向こうをまだ腐肉をぶら下げた骸骨たちが,通りに沿い頭上を飛ぶ頭のない鶴の真っ直ぐに伸ばされた首から吹き出る赤い血を受けようと,口を開きカタカタ音をたて追いかけていく。

 

僕は左側の,男や老婆や少女や赤ん坊の生えた並木道を歩くことにした。木々は幹をぬたぬたを震わせ叫び声を上げ,赤く黄色い樹液を道に垂れ流している。気の狂った馬の群れが足を取られ,歯を剥き出し目をむき,腹を樹液で濡らしながら四肢で宙を蹴る。

 

 広場に出た。子供達が声を上げている。

 

少年が両腕を左右から2人の少年に引っ張られている。

長く細い青白く光る刃物を持った少女が思い切りよく刃物を振り降ろした。左腕が落ち血が吹き出,少年は大声を上げよだれを垂らしながらしゃがみ込む。すぐに体を震わせながら立ち上がり,目をむき刃物の自分の血を舐めようと舌を出し,体を痙攣させながら首を伸ばす。すぐさま右腕が引っ張られ,付け根に刃物が真っ直ぐに当たり,右腕が落ちる。

 少女は少年の胸を蹴った。

仰向けに倒れた両足が引き上げられ,斜め右に刃物が振り下ろされた。すぐに少女は体勢を入れ替え左に素早く振り下ろす。

 

それぞれの血の吹き出る足を持った2人の少年は大声をあげ足を高く掲げ駈けて行った。

 

4つの付け根からは意外なほど長く血が吹き出ている。

 

仰向けの少年は呼吸と共にハッハッと大声を出し,首を左右に激しく振り続けている。

 

 少女は股間を蹴った。

くるくると仰向けのまま回りながら少年は広場の端まで滑った。ひっくひっくと音を立て胸がそのたび大きく膨らみ,最後に胴は大きく反り,後転し,うつむけになり静かになった。

 

少女はその横に刃物を投げ捨てると,空を見上げた。

血がいく筋も顔を流れる。少し首を傾けた。

 

 首筋に何かが降りかかる。雨だ。

見上げると雨は糸を引いている。

黄色くくねくねと赤い筋が入り,生温かく,臭く,空から腐りきった膿の糸が流れ落ちる。あっという間に体が膿に包み込まれ歩きづらい。

 

広場の中央に立つ5,60mほどの円柱の塔の屋上から,次々と子供達が飛び降りていく。だが子供たちは地上に激突する前に,幾本もの膿の糸にからめとられ,くるくると繭になり,バウンドし,やがてゆらゆらと円柱の周囲を上下左右に揺れ始める。子供たちは屋上を右往左往し,あちらこちらから地面に向け頭から突っ込む。しかし膿の糸は瞬時に子供たちを捕らえ地面に届かせない。

 

よく見ると最初に絡みつく膿の糸は,カメレオンの舌のように正確に子供たちの喉を絞め殺していて,繭の中は子供たちの死体で一杯だ。

 

 

 ぼくは広場のベンチに横になった。

 

広場の中央に巨大な垂れ柳ができていく。

 

 

眠い。