塾日記 200231日.〜331

 

3月4日.月曜日.

夢を見たぞ.

母親からの合格を知らせる電話を携帯で受けている.

 

はっきりと合格を告げている.

正夢か.

 

36.火曜日.

 

自動販売機でデカビタを買った.お釣りを取ろうとかがんだら頭から先生受かりましたと上ずった声が聞こえた.

びっくりして顔を上げると、中3の女の子の母親だった.

正夢だった.

 

2年前経済的な理由でやめた子、「合格しました」とメール.その子からの初めてのメールだ.

今度教室に来るという.

 

どかどか誰かが入ってきた.中途半端な時間だ.

「先生受かりました.

続いて母親が入ってきて、深深と頭を下げた.

小学生のとき通塾し、中学で進学塾に移り、国語がどうしても上がらないので2年の秋から国語だけできていた子だ.

 

「先生のおかげで国語たぶん95点はいった.

 

3の女の子も、小学生の間通い、やる気がないのでやめ、中2でもうどうしようもないので、また入ってきた子だ.

 

醍醐味醍醐味.ありがとうございましたと感謝される.

こんな嬉しいことはない.

自分が人の役に立ったのだ.

人の役に立つというのはなんとも嬉しいことだ.

ここにいても良いということを感じさせてくれる.

少なくとも感謝された時ぼくはここにいてもいい存在で在りえたのだ.

 

嬉しい嬉しい.喜んでいる顔を見るのは嬉しい.

ホッとする.

 

それにしても、この2人は小学生の時はほとんど、どこまでものんきで甘えた、どうしようもない2人だった.

それがまぁ、男の子は厳しい顔つきが自然と生まれた.

母親べったりは変わらないが、しかし優しい子なのだ.これから徐々に一人立ちしていくだろう.

 

女の子は実に真面目に勉強に取り組んだのは、公立推薦、私立を落ちてから一般受験までの3週間ちょっと.

しかしその間、後のないギリギリの所で、こらえて勉強した.そのこらえ方にいい肝の座り方を見て、この子の本質を見たような気がした。

この子は最後まで自分のペースでゆっくりとやっていけるのでは、他人の助力など必要とせず生きていけるのでは、と思わされた.強い子なのだ.

 

ああ、これで今年の受験は終わった.

これまでで一番人数は少なかったが、一番最後まで気をもまされた.

良かった.良かった.

 

それを見て来年か.と呟いた2年生の女の子.

ちょっと神経質. ファックス授業で英検4級、3級と取り頑張っている.

3級の面接の結果はまだだが、真面目に数学も国語も頑張っている.数学など1年前は何でこんなに同じ計算のミスを続けるのか不思議なくらいだったが、今日復習で連立方程式をやったが満点.言った事をちゃんとやるので着実にステップアップしている.

 

「おっきく構えろよ.

 

3歩進んで2歩下がるのもしゃくだから、3歩進んで1歩下がる.3歩で2歩進む.

 これで行こう.ドンドコ前に進んでいかなくていいからな.

 

やっぱこの仕事は人の人生背負えるから恐ろしく、ビビルけど、やりがいのある良い仕事なのだ.

 

39.土曜日.

 

怒らない怒らない.

 

自分が高いから怒る.自分がえらぶっているから怒る.

相手を見ていないから怒る.

相手の人間を見ていないから怒る.

こうして今2人、ここでこんな勉強を間にして向き合っているという場の不思議を感じていないから怒る.

 

311日。月曜日。

 

2年前に経済的に、家庭の事情でやめた男の子2人が教室に受験の結果を知らせにきた。

一人はトップの私立校、もう一人は俺、差がついちゃったよと照れながら、しかし中堅以上の所を言った。

 

一人はえらく顔が変わった。大人の顔になった。そうとう勉強で苦労、頑張ったのだろう。

もう一人は変わらず。

ニコニコしたのほほんとしたキャラがそのままで、それもよかった。

 

突然でびっくりした。

こういうのは困る。照れる。上がってしまって何をしゃべっていいのかわからなくなる。

とにかく、英語と日本の文化伝統をまず勉強しろ。それと中国語か韓国語、アジアとアメリカの歴史も勉強しろと語る。。

 

いずれにしても日本は変わる。どんどん変わる。これからは勉強したことが、そのまま実生活、実社会に役立つから面白い、ガンガン勉強しろと語った。

 

私立トップの子はアメリカで映画の勉強をしたいと言った。2年になったらアメリカに行くといった。本気の顔だった。

もう一人ののほほんはそれを聞いて、もうそんな事を考えてる、と感心して、俺なんも考えてないよと言ったが、それもまた良かった。

こいつはしかし毎日をしっかり感じながら生きている。

相変わらず目がきれいで視線が強い。こいつは周りの評価とは別に自分の人生をそのつど選んで生きていくはずだ。

 

合格祝いで1000円渡した。

何か形に残るもの買ってと言った。

 

授業中だったので、しばらく話は中断した。

その間2人は教室をぐるぐる回り始めた。

「変わってね〜〜」

2人が言い合っている

 

時計の傾きも同じ。本の並び方も。俺これいつもこれ読んでた。俺はこれ。この公式の表今なら良くわかる。俺も。カセットデッキのアンテナの傾きも同じ。俺たちの写真まだある。

タイムスリップしたみたいだ。ほんとだよ。全然前とおんなじ。

 

そうか変わってないのか。

 

ここは変わってないのだ。

 

そんな所でいいのだろうここは。

ただ、ぼくは何か疲れているように見えると2人とも言った。

 

意外だった。

自分こそ変わっていないはずなのに。

 

まぁ先週の佐倉での疲れ、おとといの研修で日曜日が2回続けてないことが原因だろう。

と思いはしたが。

 

315日。金曜日。

驚いた。

3年前卒業の子からオペラの誘い。

武蔵野音大に入り、今オペラ科所属。

日曜日に発表会。

 

ガラッパチで、受けないギャグを連発し、その場の雰囲気を盛り上げることを命とし、けっこうはずしていた。

小学校のときはイジメに会い、かなりボロボロになっていた。

思い出すのはぼさぼさの髪の毛を逆立て、どすどす廊下を音を立て入ってくる姿だ。

 

学校で気に入らないことがあったのだ。

その事を聞くが言わない。

しばらく一人で、ウ〜〜!とかガ〜〜!とか、チクショウ!とか、ホントニッ!とか言い続ける。

やかましいし、みんな何なのかと気になるのだが、置いておくしかない。

そしてやがて一息つくと、自分で作ったギャグを連発する。

それがまた受けない。でも続ける。

 

そしていつもどこか切羽詰っていた。

まともで、繊細で、自分にも人にも嘘がつけない。

素直で真っ直ぐで、馬鹿正直で、で、そういうのがイジメにあいやすい。

 

中学生になってからはかなり落ち着き、地域の活動でリーダにもなっていた。

小さな子の世話も良くした。

確かにオペラという言葉は時々話の中で聞いたが、まさかホントにやってるとは思わなかった。

 

堂々とした体だったから、きっと大きな声は出るのだろう。

大勢に向かって自分をしっかり見せるだろう。

全体の中にもうまく溶け込めるのだろう。

 

しかしちょっと驚いた。ああいう子がオペラ歌手になるのだろうか。

 

318日。月曜日。

 

転校するという。

 

しかし家族は今のまま。自分だけ学校を変える。

イジメだ。

もう我慢できないと言う。

 

小学校のときからだ。学校の先生はあと1年だから我慢しなさいと言った。

中学になっても同じメンバーに付きまとわれた。

形だけ先生は当事者の話し合いを持った。

虐めている子に嘘でもいいから謝れと言った。

虐めている子は嘘でいいのなら謝ると、謝った。

 

すれ違いざま、死ね、臭い、帰れと言う。

ありもしない事をさもあったように言いふらす。

丁寧に学年全体に言い触らしていく。

 

陰湿な、本当に陰湿ないじめだ。

反吐が出る。

その子に問題はあるのか。

無い。

正しさと責任をきちっとわきまえた、素直で優しい良い子だ。

そしてだからこそ虐められる。

なぜなら正しさと責任が今の世の中に無いものだからだ。

 

今から30年前からそうだった。

ぼくは正しさと責任を大事だと考えた。

世の中から正しい事と正しくない事とが消え、価値の相対化が始まった。

良いも悪いもなく、やってしまったモン勝ちのエネルギーのある奴や、正しさと責任を演じられる嘘八百の奴が堂々と道の真中を歩き出した。

だから正しい事や善き事、する事した事の責任を真っ先に考える人間は、疎んぜられた。

 

「何カッコつけてんだ。」

「偉そうにしてんじゃねえよ。」

 

そしてそれが年を追って強くなっていった。

 

社会から夢とか希望が消え、将来の自分自身のイメージ作りが困難になってきた時、未来という時間は、楽しく、わくわくする時間から重苦しく、退屈で窮屈な時間の堆積でしかなくなった。

その時から弱い者への虐めを自分の支えとする子たちが増え始めた。

 

未来を信じられない子は、人の善意を信じられない子だ。

人の善意を信じられない子は、自分自身の善意と未来を信じられない子だ。

その子はそんな自分を葬り去ろうとする。できるなら自分を抹殺したい。

自殺できるなら自殺したい。

 

だがその強さは無い。

だから人を葬り去ろうとする。

ましてやその子に正しさや、正しさを求めようとする心を垣間見ることができたなら、その子は憎悪の対象になる。

喜んで虐め始める。

苦痛の入り混じった喜びだ。

 

だがだからと言って、虐められる子は、その子の毎日は、当たり前だが、虐める子以上の地獄となる。

 

濁った水が流れ込んでくるのだ。

静かに自分を謙虚に低くしている分だけ、濁った水が流れ込んでくる。

延々と流れ込んでくる。

 

宿命とでもいうのか。

試練と受け止めるのか。

 

だが、あまりに理不尽だろう。

時代の濁りを誰かが受け、その苦しみで濁りを浄化する。

その誰かに選ばれてしまったのか。

 

しかし子供にそんなことはわからない。

ただ辛いだけだ。

地獄の毎日が続くだけだ。地獄の毎日とは、地獄の毎日ということだ。

 

 

土曜日と日曜日に家に戻るらしい。

その時塾に来る。

勉強は毎日のファックスのやりとりを密に。

塾ではこれまで通り色々と話を聞いてやろう。

 

正しさと責任が責められる時代はもう終わりにしたい。

 

3月19日。火曜日。

両親と面談をした。

学校との面談を終えたあとだ。

 

「悔しい限りですね。」

思わずそう言った。

母親は泣いていた。

 

学校には転校を告げてきた。校長先生は改善を約束すると言ったが担任の先生は淡々と事実関係を話すだけで、2人ともここでは希望は持てないと思ったと言う。

 

これからの事を考える。

明日のことを考える。

そして今を一杯に膨らませる。

 

まず6月の英検で5級をとる事から始めましょう。

そして勉強だけなく、もっともっと自分の興味のあることを探しましょう。

その為の時間を取りましょう。

それを優先させましょう。

 

その為のお手伝いをします、と言った。

 

わざわざ教室に来ると言うのだ。

報いなければならない。

高校入試まで責任を持って見ていくと言った。

当然の事だ。

頼りにされたのだから。

必要とされたのだから。

全力を尽くす。ありがたい事だ。

 

その子には自分が夢中になれることを探させる。

ただその事で内に篭っていくのではなく、外へ出て行くように持っていく。

辛い思いをしたことを逆に武器にして、人に優しくしてほしい。その為に人の中に入っていき、人の役に立てるような人間になる。

 

辛い思いをした人間はだからこそそうなるべきだと思う。

そう思う。

330日。日曜日。

323日〜46日までは春期特別集中講座。

2時から9時までの授業だ。

ここで復習をしっかりやり次学年の予習に入る。

 

6年の男の子。

ようやくやる気を見せてきた。

この前友だちに言っていた。

「俺ここに入った時アホだった。でも最近だいぶわかってきた。中学になったら見てな。」

 

大変な子。

親も大変だった。

ちょっと強めにすると泣く。親が出てくる。

弱めにするとこのままじゃ不安。もっとガンガンやってほしい。

堪えて堪えての3年間だった。ようやくタフにもなりやる気も出てきた。

春期講座に一番に申込み早く予習やりたいと言ってきた。

11学期は計算だけなので何とかやれる。

 

最近随分となついてきた。構えが取れ何かと話し掛けてくる。

いつやめるかと思ってたが先見えてきた。

3年かかった。

長かった。