a windy hill



 「お帰り皆、無事で良かった。疲れたじゃろ」
 「何だよ。もう少し待ってくれたら俺と008も一緒に行けたのに」
 黄金都市プカラより戻った007、004、005、003、009を出迎えたのはギルモア博士の労いの言葉と、置いてけぼりをくらった002の抗議だった。勿論連絡は入れたのだがタイミング悪く集合に遅れ、本来なら最も効率よく遠距離を移動出来る002は口を尖らせている。
 「…急ぎだったからな」
 それをいつものように004が軽く往なしてソファに座る。荷物もそこそこに皆口数少なくリビングの椅子に座り込む姿を見て、同じ様に置いていかれた008は文句よりも空気を読んだ。
 (……やっぱり、だめだったのか)
 バン・アレン卿の友人だという007の肩の落ちようは分かるが、それにしても皆の空気が重い。
 「どうしたんだよ皆。一体何があったんだ?」
 005が無口なのは分かるが、それにしても皆口を開きたがらない空気を流石に察して、002は008の気持ちを代弁した。
 「あぁ、まぁな。実は……」
 004が口を開きかけると勢いよくリビングの扉が開く。
 「アイヤー皆良く帰ったのことアルよ。皆のために点心作ったアルよ。午点ね、飲茶するヨロシ。これで皆の疲れも吹っ飛ぶヨ〜」
 その場の空気を見事にぶち壊した006が、威勢の良い明るい声で両手に堆く積まれた蒸籠を持って入って来る。
 「餃子に焼売、粽に包子、大根餅と豆腐脳。それから八宝飯に桃包に芝麻球や豆腐花、芒果布丁もアルネ。さぁどんどん食べるヨロシ。って、あれ?もしかして何か空気悪かったアルか〜?」
 手際よく蒸籠をテーブルの上に並べ終えてから、006は今更辺りをきょろきょろと見回した。006はよくこういった深刻過ぎる空気を変えてしまう。年の功も然る事ながら、それ以上に美味なる食事の効能を良く知っているからだろう。巧みな話術の裏側にあるのは皆への気遣いだ。それを知っている皆は一様に006の顔を見てから点心に視線を落とした。
 「そうだな、先ずは腹ごしらえしてからにするか」
 「そうね。凄く美味しそうだわ」
 「あぁ、いい匂いだ」
 「ありがとう006、いただくよ」
 「……何はなくても腹は減る、か」
 出来たての点心から漂う美味しそうな匂いに誘われて、皆それぞれ箸を取る。006の中華料理のお陰で、009以外馴染みのなかったチョップスティックが皆それぞれ使えるようになっていた。ただ一人、002だけは今一つ不得手だったが意地になり皆に合わせて使っている。それを承知しているので006も敢えてフォークを用意しない。一人不器用にチョップスティックを持ちながら小籠包と格闘する002の姿は、美味しい点心と一緒に皆に和やかな空気をもたらしていた。




 「ふ〜ん、成る程ね。そんな事があったんじゃあの空気も分かるぜ」
 飲茶と説明が済んで002は004の部屋へと来ていた。007の友人バン・アレン卿と探検隊の最悪の結果、それをもたらした黄金のピラミッドにそれらを守護する王女イシュキック、カブラカンという巨大ロボット、その消失。更には今は無き創造主の存在と、何ともやりきれない話だった。居残り組はその説明で納得したのだが、003と009の間に特に重い空気を感じた002は、部屋に戻る004を追って更に詳細を聞いて補完したのだった。
 「で、それを知ってお前はどうするんだ?」
 「ん〜、こうする」
 仲間の動向に敏感な002ではあるが如何せん、彼のフォローは裏目に出る事が多い。それを知る004は先走らないよう言ったのだが、002の行動はまったく予想外のものだった。
 「意味が分からん…」
 ベッドに座っていた004は002に抱き締められて思わず呻く。
 「009が自分の意志でその王女を選んで一緒に行きたいと思ったら、俺達に止める権利はねぇしあんただって制止しなかったろ?でもその王女は黄金のピラミッドと共に消えて二度とこっちの世界に来れない。で009はここに戻って来た。そしたら後は俺が出来る事なんてこれしかねぇじゃねぇか」
 002は膝に乗り上げるようにして004を深く抱き込み目を閉じる。だがそのままベッドに押し倒すでもなく、ただ腕に力を込めただけだ。004は真意が見えず、成り行きを見ようとされるがままになっていた。
 「ずっと孤独だった王女に009が同情した部分もあったと思う。だが時に置き去りにされた実感を持ってるのは俺達第一世代だけだ。その事にあんたが一番ダメージを受けてるように見えたんだ。俺には」
 002は仲間の動向に敏感である。004は舌打ちをすると肩に手を置いて002を引き剥がそうとした。同情なら御免である。すると拍子抜けするほどやけにあっさりと離れた002は顔を近付けてきた。
 「一人じゃないって実感出来る一番手っ取り早い方法。だってあんた、ここに帰ってきたし」
 笑みを確認すると同時に唇を塞がれて、004は仕方なく目を閉じる。自分が第一世代なら002も第一世代である。時に残されているのは自分だけではない。
 (成る程、俺を口実に使ったわけか…)
 教会育ちの009にスラム育ちの002、共に孤独がどんなものかよく知っている。その上第一世代の002は自分よりも長い時間を同じ姿でいるのだ。
 (まぁ、今回は一緒に行動出来なかったからな)
 皆でいることで受けるダメージを分散出来る事が多々あるが、今回は一緒に行動出来ず、何も出来なかったので余計に歯痒かったのだろう。今回は甘んじて八つ当たりを受けてやるかと、004はなぞられた唇を開けた。舌を絡めて応えていると、もう一度抱き締められる腕を感じる。
 お互いの手が背中に回り2人の体がベッドに沈むまで、キスは長く続いた。





 (こういう時って絶対あんた優しいんだよな)
 アルベルトからのキスを受けながらジェットは唇の端を上げる。息を絡めて互いの熱を掘り起こしていくと、髪から頬、肩から背中へと辿る手は存在を確かめるように優しい。深く繋がって熱を分け合い快楽に浸り思考を焼き切ると、無防備な一瞬にアイスブルーの瞳がやっと安心した顔を見せた。
 「………本当、あんたって…」
 「…何だ?」
 銀の髪に白皙の膚で冴えわたる氷の月のように冷たい表情を晒すアルベルトが、熱に頬をシェルピンクに染めてこの上なく優しい顔をするなんて、死神という異名からは想像出来ないだろう。こんな時、ほんの一瞬素顔を晒す。
 「誘ってるとしか思えねぇ」
 「何言って…待てジェット。もう少し休んで…」
 「今度はもう少し、ゆっくりするから…」
 人の話など聞き流してジェットが、まだ荒い息を吐き出すアルベルトの唇を塞ごうとする。それを防ごうとアルベルトは右手で肩を掴んで押し留めた。阻まれたジェットは鋼鉄の右手を取って口付ける。舌を這わせて指の一本一本を舐ると鉄の味が広がる。
 この右手に何度助けられただろう。兵器である自分を忘れることのないよう戒めるように、スキン手袋も付けずに皆でいる時は、鉄の手は晒したままだ。それを贖罪のように感じる事もある。
 繰り返される愛撫に耐え切れず、音をあげたのはアルベルトの方だった。左手でジェットの首に腕を絡めて自分からキスをする。とジェットは憎らしいくらいの笑みを見せた。
 「すぐに入れたいけど、平気?」
 「……いちいち訊くな」
 大腿に手をかけて開くのにも従順で、ジェットは言葉通り、すぐに一度解れたアルベルトの中にゆっくりと押し入った。戦闘時に見せる冷酷さの裏側に仲間を守ろうとする優しさがあるのは知っていた。がその優しさの内に入ると、どこまで自分の我儘を許容するのだろうという頭がもたげる。特にこんな夜は。中に入り直にアルベルトの熱に包まれると、余計に守られているという錯覚に陥る。性欲処理だけで相手をするほど低くないプライドを持ち合わせ、体を開いてこんな風に抱き合って、命がけで仲間を守ろうとする優しさを今だけは独り占め出来る。アイスブルーの瞳に自分だけを映して。
 「ジェット…」
 「きつい?」
 「…ぁ…ちが……」
 動きを止めて深く入り込んできた熱にアルベルトの躯が震える。右の手の平がシーツの上に縫いとめられて開かされ、指を絡めて握り合う。今は必要がないからと封じられているようで、アルベルトは安心したように目を閉じ、躯の力を抜いて息を吐いた。
 たとえ刹那でもこんな時が持てると思っていなかった。目の前にその熱をもたらした炎が見える。火のように赤い髪に指を入れて抱き締める。
 「…ジェット……」
 名前を。人としての名を呼ぶ。ジェットに灯された熱が内から焼かれるように巡り、息に混じる。
 「…は…アル…、俺も…限か……」
 同様に熱のこもった息を吐いたジェットが、その言葉を合図に堰を切ったように激しく動き出した。炙られるような熱が急速に高められて、アルベルトは内心ほくそ笑む。もどかしいような熱に長く晒されれば何を口走るか分からない。嬌声の方が遥かにましだと、堪えきれない声を洩らしてアルベルトは高すぎる熱に身を委ねた。





 墜落するように眠ったアルベルトの寝顔をジェットは頬杖をついて見つめる。久し振りの戦闘に長旅の疲れ、休む間もなくSexをすれば流石にこうなるだろう。
 (考え過ぎると眠れなくなるし、アンタの場合は特にそうだよな)
 うなされている姿を見たのは一度や二度じゃない。今は穏やかな寝顔で規則正しい寝息をたてるアルベルトに、ジェットはヘーゼルの瞳を細めてそっと指で触れる。夜の闇にも明るい銀の髪はふわりと羽根のように柔らかく、指を絡めて前髪を整える。以前はこれだけで目を覚ましてしまったが、今は起きる気配もなく深い眠りに落ちている。

 その事にジェットはほっとする
 眠りの中はせめて休息であって欲しいから
 そしてアルベルトが気を許していると分かるから

 小さな欠伸をするとジェットも枕に頭を沈める。
 「Good night」
 額の上の髪にキスをして小さく囁いて隣に潜り込む。温もりに安心してジェットも目を閉じる。


 いつの間にか抱き合うようにして2人は安らかな寝顔で眠っていた。



back

2007/09/01