透明なカキ氷 |
しゃりしゃりしゃりと涼しげな音をさせながら、八戒は復讐を遂げていく。どこで購入したのかやたらとでかく、鏡のように磨かれた包丁で、どうみても天然らしきこれまた大きな氷を、見事な手捌きで斜めに削っていく八戒の姿は鬼気迫るものがある。八つ当たりで粉砕された氷は白く透明になって、先程見た入道雲のように堆く積まれていく。ガラスの器に盛られていた、結構な量の餡はもう見えない。見事な氷山を築き上げた八戒は、仕上げに茶筅で泡立てた抹茶シロップをかけて、透明な氷を緑に染め上げる。復讐を成し遂げ実に満足そうに微笑んだ八戒は、三蔵の前に変わり果てた氷を置いた。 「さぁ三蔵、貴方も痛かったでしょう?存分に召し上がって下さいね」 見ただけで頭が痛くなりそうなカキ氷だが、三蔵は黙ってスプーンを持つ。大迫力の微笑が、先程の姿と相俟って昔光明から聞かされた昔話を思い出して怖いんじゃない。単に宇治金時が好きなだけだと心の中で唱える。意を決っした三蔵は、先ずは小豆を救出し、それから氷とのバランスを考えながら攻略するしかない、とスプーンを握り締める。これから襲ってくるであろう頭痛を覚悟して、巨大カキ氷にスプーンを入れて挑み始めた。 三蔵が食べ始めたのを見て八戒はにっこり微笑むと、自分用のカキ氷を削り始める。再び聞こえてきたしゃりしゃりという音が、氷が上げる悲鳴のように聞こえて、悪寒を感じずにはいられない三蔵だった。 しゃくしゃくと着実にカキ氷を攻略しつつ、三蔵は不思議な事に気付く。この氷はあまり冷たくなく、キーンとした頭痛が襲ってこないのだ。やっと餡の頭が見えて一口齧っただけなので、恐らくバランスの問題ではないと思われる。しかも手で削っているため荒い筈の氷が口当たりは柔らかく、口の中で雪のように溶ける。手を止めて、この不思議なカキ氷を作った八戒を見れば、自分用に築き上げたカキ氷にレモンシロップをかけて黄色に染め上げ、嬉しそうにスプーンを差し入れたところだった。 「美味しいですねぇ」 「……………」 一口食べて復讐を果たした八戒は、実に晴れ晴れとした笑みを浮かべる。レモンの爽やかな香りが広がり、シロップも自家製である事を三蔵に教える。黄色に染められた氷を八戒は次々と口に運んでいく。頭痛知らずの不思議なカキ氷だから当然なのだが、その食べる速さに三蔵は見ていて頭痛がしてくる。 「あれ、三蔵美味しくありませんでした?」 「……… いや」 「この氷は天然氷なので頭痛はしてこない筈なんですけどねぇ。普通に売ってる氷は−20℃くらいで天然氷は−2℃くらいなんだそうですよ。だから体に優しい筈なんですが」 冷たさの問題ではなく速さの問題なのだが、なんとなく口に出せず、三蔵は美味しいはずのカキ氷を仏頂面で再び食べ始める。そんな姿を見ながら八戒はこっそりと笑いを零す。 本当はいつもの顔にほっとしている。 道端で会った三蔵は光そのものだった。夏の強い陽射しを受けて光り輝く金色の髪に、光を弾く整った容貌は崇高に見え、真っ白い法衣はまぶしくて思わず目を細めた。光を具現化した美しい姿は陽炎の中に立つと、まるで神のごとしで以前見た三仏神よりも、余程それらしく映った。まるで真夏の蜃気楼に思えて、逃げ水のように消えたりしないか声を掛けて確かめてみれば、いつもの声に安心する。会いたいと思って見た白昼夢ではなかったらしい。それでも足元の影法師を見つめて確認してしまう。現実味が欲しくて法衣に似合いそうな被り物を提案してみたが、却下されてしまった。綺麗な顔に染みやそばかすを付けず、更には顔グロも防げる素晴らしいアイデアだと思ったのだが、三蔵はお気に召さなかったらしい。けれど金冠だけは勧められない。それは髪の毛のためでもあるけれど、それ以上完全な姿になって欲しくないから。 三蔵からお前はどうなんだ、と言われても困るしかない。貴方ほど守るに値するとは思えないし、どうせならこのまま暑さに溶けてしまいたいと思っているくらいなのだ。勿論そんな事は言わずに麦藁帽子の不要だけを告げた。 いつの間にか三蔵の氷山が半分程になっている。どうも氷が水になるのが許せないらしく、一生懸命になって食べている。いつもの不機嫌な顔で。 その姿が愛しくて、だから自分も氷を食べてしまう。 熱によって溶け出したり、蒸発したりしないよう、しっかりと冷やして自分という形を保つ。貴方色した氷は雪になって自分の中に溶けていく。それが体中に染み渡り八戒という自分を形成するから。 そうすれば氷雨の中でも又掴んでもらえる。 そして自分から触れる事が出来るまで、待ってもらうために。 「三蔵、お茶でも淹れましょうか?」 「……あぁ」 相変わらず眉間に皺を寄せて食べている三蔵だが、八戒はこのまま冷えて皺が固まったら大変だろうと訊いてみた。すると三蔵の手が止まる。どうやら意地になっていたらしい。 「じゃあお湯を沸かしますから、少し待って下さい」 「熱いのにしろ」 「はい」 それほど冷たくないといはいえ、この量だ。流石に冷え切ってしまったのだろう、三蔵の顔がほっとした表情になる。それに気付いて八戒が笑みを零すと睨まれてしまった。 「すぐに沸きますから少し我慢して下さい」 誤魔化すように微笑み、立ち上がると手を掴まれる。 「お前、自分も冷えてるのが判ってないだろう」 そう言って手首を引かれてキスをされた。流石に驚いて何度か瞬きをすると、三蔵の瞳が目を開けているのを非難して又唇を塞がれる。 「お湯が沸くまで俺が温めてやる」 「氷が溶けちゃいますよ」 苦笑しながらも回される腕に身を委ねる。 結局お湯が沸くまで戯れのようなキスをした。 それでも紫暗の瞳に見つめられたまま、 このまま雷に打たれてしまいたいと 思わなかったといえば嘘になる 原作設定:旅に出る前の2人 三蔵様はよく見てます |
2006/08/28