黄金の夏休みU |
つまみ食いを終えた三蔵に八戒は 「こんなにキスばかりしてたら唇が腫れちゃいます」 と言って赤い顔のまま、空になった器を持って部屋を出て行った。しっかりと栄養補給を終えた三蔵が寝台の上で満足そうに食後の一服をしていると、八戒が堆く詰まれた本を持って戻ってきた。 「何だ?」 「仏典ですよ。夕食まで時間がありますから、これで時間を潰そうと思いまして。さすが東方随一の大寺院ですよね。数といい質といいすごい蔵書です」 一般には閲覧出来ない筈の書だが、八戒はしっかりと相当な数を持ち出してきている。その手腕は今更なので三蔵は黙殺する。何よりも八戒の好奇心に満ちた瞳を曇らせる理由などない。もしも文句を言う輩がいれば、それを理由に休暇を延長してやろうと三蔵は密かに計画する。 (そういえば大学院で宗教学も専攻していたんだったな) 悟能から八戒へと変わる時、目を通した履歴を三蔵は思い出す。窓辺の椅子に座った八戒は嬉々として本を開き読み始めた。 暫らく読み耽っていた八戒は、何となく息苦しくなって顔を上げた。見ると部屋は紫煙で白く霞み、三蔵は蒸気機関車並に煙を吐き出している。 「三蔵、まだ桃を食べられただけなんですから…。食後の昼寝でもされたらどうですか?最適な時間ですよ」 立ち上がり窓を開けて換気をすると不機嫌な紫暗の瞳に睨まれる。 (おかしいですね。さっきまでは機嫌が良かったんですけど) 機嫌を悪くさせた心当たりがなく、内心困って八戒が本を閉じると三蔵は、半分ほどしか吸っていない煙草を灰皿で揉み消した。 「新聞でもお持ちしますか?」 「いや、いい」 「じゃあコーヒーでも淹れましょうか?」 「さっき茶を飲んだばかりだろ」 視線を逸らせたまま、三蔵の返事は素っ気ない。 (困りましたねぇ、これは夕食まで放っておいた方がいいですかね) そっと溜息を吐いて椅子に座り直すともう一度目が合った。不貞腐れたような瞳に八戒はふと思いつく。まさかと思いつつ、思いついた事を確認してみる。 「三蔵、僕子守唄は歌えないんですけど」 「だからと言ってそれを読み上げるなよ」 (本当に、困っちゃいましたね…) そう思いながらも八戒は嬉しそうな笑み浮かべ、本を持って立ち上がる。そして三蔵の座る寝台に上がり隣に座った。 「お昼寝して下さい」 「仕方ねぇな」 そう言いながら三蔵は横になると、足を崩して座る八戒の膝上に頭を乗せた。八戒は乗せられた金髪に指を通して梳くようにして撫でる。 「これなら寝てくれます?」 「あぁ」 気持ちよさそうに目を閉じた三蔵は、まるで甘える猫のようで八戒は目を細める。そしてもう一度金髪を撫でると、さらさらと音がするほど指通りもよく金糸の髪が流れて気持ちがいい。 「お前は何しにここへ来た?」 「三蔵の食事を作るためです」 「それだけか?」 「いいえ、貴方に会いに来ました」 「だったら傍にいろ」 「…はい」 偉そうに甘える猫に八戒は笑みを零す。どうやら放っておかれてご機嫌を損ねたと思いついたのは当たりだったらしい。斜めになったご機嫌を麗しくするため八戒は何度も髪を撫でているとやがて寝息が聞こえてくる。その間本を読もうと持ってきたのだが、規則正しい寝息を聞いているうちに瞼が重くなり、全力速歩の疲れが出てきていつの間にか八戒も眠ってしまった。 暫らくすると猫ならぬ狸がうっすらと片目を開ける。そして三蔵を気遣い苦しそうな姿勢で眠る八戒を、三蔵はそっと抱きかかえて楽な姿勢にしてやった。すると八戒は一度身じろぎをしたが、大きく息を吸い込んだだけで寝息が乱れる事はなかった。 (顔色が悪いんだよ) 暫らく会わないうちに八戒が痩せているのを三蔵は一瞥しただけで気付き、今抱いた事で再確認した。暑さのせいで食欲がないのか眠れないのかは判らなかったが、心配させてしまった事も一因しているかもしれない。自分の場合は自覚があったが、八戒の場合は倒れるまで気付かない可能性が高い。 (ったく世話が焼ける) 安心しきった顔で眠る八戒の髪を撫でて整えてやると、胸元に顔を埋めてきた。三蔵はあやすように背中を叩いて抱き込み、今度こそ本格的に昼寝を決め込んだ。 その後食事中うっかり間違って部屋に入ってしまった小坊主が、八戒特製おじやをふぅふぅして食べさせてもらっている三蔵を見てしまい、二度とその姿を見なかったとか 原作設定:旅に出る前の2人 イチャバカップル |
2006/09/21